銀の妖精




「すいません。その発言は流石に酷いと思いますよ?」


 どこまでも響き渡る、澄み切った声。


 鈴を転がしたよう、という表現が似合う声の主の方を向いて、思わず息を呑んだ。


 銀色の髪を優雅に伸ばしていて、小ぶりなその顔は見事なパーツの配置がされている。

 ちょっととがった耳に蒼穹のように澄んだ瞳。白磁の陶器のようなその肌は美しく、胸こそ貧相だが、多少なりの欠点こそも彼女の魅力。


 彼女を形容するなら"妖精"といったところだろう。


 絶世の美少女の降臨に、しかし美貌を拝んだとはまた違う意味で会話していた二人の言葉が止まった。そしてすぐに嫌そうな顔をすると言葉を続けた。


「チッ、聞こえていたのか。まーた説教かよ」

「フン、イズちゃんも騙されないように気をつけろよ? 新手の詐欺師かも知れないからな。この程度で勇者を騙ろうとしたのも笑える話だがな」


 イズ・ミレイム、それこそが彼女の名前だ。


 この宿屋の看板娘であり、妖精みたいに可愛い顔立ちをしている。そして、


(エルフ……?)


 そのとがった耳が何よりの特徴とされる通り、彼女は森の妖精ことエルフ族だ。エルフ族は神の祝福を賜った一族と言われてる。


 グラスに注いだビールを豪快に飲み干しながら答える二人。どうやらこの様子だと普段からこの宿の常連で、いつもこうしてイズに説教されているのだろう。


 それでも侑希はイズの一言で完全にスカッとすることができなかった。

 何せ周りの他の客もみんな荒くれ者と同じようなことを思っていたのだろうか、侑希への目線が憎むようなものなのだ。


 イズの注意も焼け石に水、それどころかイズすらこの言葉も便宜上のものにすぎないのではないか?と不安になる。それも初対面なのだし、仕方の無いことだろう。


 しかしそんな心配もイズの可憐さによって吹き飛ばされた。


「すみません。気性上で思わず怒ってしまいました。貴方が侑希さんですね。はじめまして。私はイズ、ここで働いています。よろしくお願いします」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 その美貌はニホンで言うなら陽奈に匹敵するかそれ以上。未だかつてないレベルの美少女の登場にまだ戸惑っているが、持ち前の適応スキルでしっかり応じる。


 彼女は侑希が呼び鈴で注文したから来たのだろうが、それでも周りがスルーする中でハッキリと指摘をした。

 彼女は気性上と言っていたから、堅物とか風紀委員のような性格なのだろう。とはいえ助かったのも事実だし、彼女に生々しい意図を感じることもない。信用には十分に値するだろう。


「さて注文ですね。何に致しますか?」

「えーと、このルーン貝のパスタでお願いします」

「はい、承りました」


 切り替えの速さは一流である。てきぱきと仕事をこなす有能従業員でもあるのだろう。そのスペックの高さに侑希は目眩すら覚えるほどだった。


 ~~


「はい、こちらがルーン貝のパスタとなります。これで以上ですね」

「そうです。ありがとうございます」

「いえいえお礼だなんて」


 数分して、侑希の机上に料理が運ばれてきた。その料理はニホンでいうならペスカトーレだろう。赤いソースに絡めてあるが、匂いからするとトマトソースに近い。

 懐かしさを覚えながら一口頂く。そして口腔に広がった味に記憶との異様な重なりを覚えた。


「本当にトマトソースみたいだ……それにこの麺の味も」

「やっぱり侑希さんは異世界人ですね。あの方と同郷です」

「あの方?」


 侍るようにそばに待機していたイズが侑希の言葉に返した。その中の気になったワードに思わず問い返す。


「ええ、『伝説の勇者』ことキヨシ様です。このレシピ、及び似た食材などはキヨシ様が伝授したと言われてるんですよ。今では半ばミシェルタの伝統料理扱いです」

「キヨシ……ニホン風の名前だな。同郷で間違いないみたい」


 キヨシというありふれた名前、確か侑希に近い人にも同じ名前の人がいたはずだ。芸能人にも政界にもいるし、某レスラーだってそうだ。

 彼がレシピをもたらしたおかげで故郷の味に再び巡りあえた。侑希は深い感謝を心で伝える。


「他にも様々な異世界人の方が修正を加えて現在の形に至ってるんですがね。それにしても異文化ならでは、てところですね」

「イズさんは異世界人の方とお話したことがあるんですか?」

「いえ、侑希さんがはじめてです。だからちょっと興味が湧いて、今は客足も少ないのでお話とかさせていただけないでしょうか?」

「俺としては構いませんよ」

「ありがとうございます」


 ニホンからこの世界への文化や知識はかなり流れているらしい。探したら、そこそこにニホンらしさを実感出来るのだろう、と希望を抱く。

 そして侑希も、また文化の伝え手の一人としてイズと色々な知識を共有するのだ。


 そうしてはじまった話は様々な分野に渡った。環境、食文化、生活様式などでイズでも理解できる範囲を縫って話した。


 ネットワークによって世界が繋がった、科学技術によって成り立つ世界ということも掻い摘んで説明したらイズの目が輝いた。

 侑希達が魔法に憧れ目を輝かせるように未知の技術に対しては相応の憧れがあるものなのだろう。


 そして説明するなら侑希の周囲の環境も語ることになる。それは侑希の暮らしていた地区、そしてクラスのことだ。

 でもそれは決して一般にいう高校生活とはかけ離れていただろう。


「でもまあ、俺のいた環境はとりわけ特殊だった。今振り返って改めてそう思うよ」


  そう言って話し出したのはクラスメイトのこと。


 俊樹や陽奈を始めとして美男美女が揃い踏み。更には異才と呼ばれしプログラマー、インターハイ出場のサッカー部、コンクール連続金賞のピアニスト、雑誌表紙を飾る新人女優…… といったスポーツや芸術で賞を取る者も沢山いる。

  もしくは不思議な人脈を持っていたりありえない事件に巻き込まれる者達。誰もが一言で語ろうにも語り尽くせないほどの日々を送ってる。


 一人でもクラスにいたら全校の注目の的になるような存在。

 それがこのクラスメイトのほぼ全員に当てはまるというのが馬鹿げてると以外に何と言えるのだろうか。


――――通称、『非現実の教室』


 その名の通り、この教室のクラスメイトは過ごす毎日がいちいち漫画やアニメの主人公と間違えるくらい波乱万丈なのだ。そして大体の人が何らかの才能に目覚めている。


  一言で表すなら、”ありえない”を体現したクラス

 天文学的な確率を通り越したレベルの奇跡。こんなことが、本当に偶然なのだろうか?

 そう何度か思ったことはあるが、そのたび答えは分からなかった。


 そんなクラスももう一周年。もうクラスメイト達は非現実的なことが起こっても「またかー」と軽く対応してしまうほどになっていた。それは侑希でも例外ではなかった。


 といったことを侑希は説明した。


「成程……後で思い返して整理してみます。じゃあ今度は私の番ですね」


  侑希の語った話は現実と非現実の境界スレスレのものも交じってる。でもそのことを知らないイズには全てを聞き入れた。彼女が彼の異常性をしっかり理解するのはまだ先のお話。


 さてそれに返すようにイズも色々な話をした。それ曰くどうやらこの街ミシェルタは数百年前までトラウム王国の首都が置かれていた古都らしい。

 遺跡風な町並みに発達した各自施設や機関、整った行政システムはその名残らしい。


「……っと、思わず話し込んでしまいました」

「そうだね、えーと時間は……八時三十分か。ここに来たのが八時だから、軽く半時間だな」

「侑希さん、それなんですか?」

「あー、これはスマホ……スマートフォンっていうんだ」


 気づけば周囲の客は目減りしていた。ポケットから慣れた手際でスマホを取り出し時間を確認するとイズの興味をひきつけた。そういえばいまだ文明の象徴の紹介をしてなかったな、と思い出す。


「色々な機能が使えて、さっき行ったネットワークって奴にも繋げられるんだが……やっぱり世界を超えてネットワークに接続は出来ないらしく、時間確認や写真撮影くらいしか役が立たなくなってるな」

「それでも時間を確認出来るのは便利ですよ。私達にとって時計は高価な品ですから、この宿屋にも時計はそこの壁に立てかかってる一つのみです。街の住民は普通、教会が一日に三回鳴らす鐘の音で時間を知ってるんですよ」

「なるほどね…… あ、そうだ」


 イズの説明を一通り聞いて納得する。そしてどうせならその機能の一つをお披露目しようと思い立った。


「イズさん、ちょっとこっち見て」

「え、どうしたんです『パシャ』……え?」


 スマホを眼前に掲げ、イズが近寄ったのを合図にボタンをポチっとな。フラッシュとカメラ音が響き渡り、イズは何が起こったか分からず困惑を隠しきれない。その様子を確認して自慢気に紹介する。


「これはカメラて言ってな、さっきいった写真撮影機能だ。ホラ、こうして撮った写真はデータとしてスマホに保存され……」

「よ、よく分からないです」

「まあ掻い摘むと、その時の景色を保存出来るということだな。この通り、イズさんの顔が映ってるだろ?」

「す、凄い……」


 普通なら勝手に美少女の写真を取るだけで事案に近いのだが、写真を知らない少女の前に抵抗なんてものはない。「何か言われたらその時かぁ」くらいの心構えなのは、さすが侑希と言うべきか。

 少なくともこの場にニホン人がいるなら「夜道には気をつけろよなぁ!!」とか血走った目で怒鳴りそうだ。


「イズちゃん、そろそろ戻ってきて」

「あ、モリンさん! すみません、長らく」

「良いのよ。侑希君ももう終わり?」

「はい、ご馳走様でした」


 そこで厨房の方からお声がかかる。タイムリミットを確認し、イズは侑希の食器を持って厨房の方へ向かう。声の主はさっきのモリンさんらしい。ニコニコと笑顔を浮かべていて、雰囲気は変わらず柔らかい。


 歩くイズに侑希は思い出した頼みごとをする。


「あ、イズさん。明日は早くにここを出発するので悪いけれどモーニングコールを頼めますか? 自分一人だと起きれる自信が無いので」

「分かりました、侑希さん。それくらいは任せて下さい」


 自信一杯のイズの声を聞き遂げ、侑希は再び自室へ戻った。


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