これから暮らしていく地
「ダメ、かぁ……」
複雑な感情が織りまざったその嘆き。
侑希自身を否定する言葉にグリフィスとサミラはフォローにかかる。
「まあ侑希君、そう気を落とさない」
「そ、そうよ! 属性適正は風”だけ”だけどまだまだ将来に期待が……」
「サミラ、それを言うな」
「あ」
慰めようとした二人だったがサミラは更なる墓穴を掘った。
属性適正、それは各魔法に存在する”属性”というものに対する受け入れやすさみたいなものだ。持っている適正属性の魔法ならば、努力次第で使うことができる。
当然それは数が多いほど色々な魔法が使えるというわけだ。だから一種類だけというのは、どうしても能力として劣ってしまう。
「……ハァ」
「「あっ」」
思わず漏れてしまった溜息。二人はやらかしたと思うがもう手遅れである。
しかし別に侑希が気を落としてるわけではあまり無い。こんな展開だって予想済み。
もしそうなればスローライフでもしようかな、ただ平和に日常を過ごすだけの、以上でも以下でも無い生活をすれば良い。
「と、取り敢えず侑希君が泊まるための宿屋を手配して来るから、しばらく待ってろな」
逃げるようにそそくさとこの場を離れるグリフィス。「あ、ちょっと待って!」とサミラが声を上げるがグリフィスの行動の方が勝っていた。この場の片付けはサミラに任せる、との本心が分かる。
ぐぬぬ、と唸るが諦めるサミラ。自分がしてしまったことの責任は取らないとと思い直した。
そんな様子にサミラ達を困らせてると気づいた侑希は適当に話でもすることにした。
「サミラさん、この世界についてザッとで良いので教えてくださいませんか?」
「えっ、うん。それで良いのなら」
「地理的な情報が欲しいですね。そしてそれぞれの国の特徴とかも……」
「オーダーが多めね。分かった、善処する」
新たなフィールドを理解することは何よりも先駆けて行うべきことの一つ。
そう思いいざ聞いてみると相手もギルド職員、説明などはお手のものなのだろう。すぐに頭の中で話すことをまとめ、説明を始めた。
「まずこの世界はグラファスハイと呼ばれてるわ。でも基本的に使うことは無いわね。だって普通、ここで生きる人はこの世界が全てなのだからわざわざ自分の世界を名称呼びする必要ないもの」
世界に名前がつけられた経緯は異世界人がやってきたことから始まる。
数百年前に”伝説の勇者”が降臨して以来、各地に異世界人が現れるようになった。その異世界人が地球と区別してこの世界全体をことをグラファスハイと呼ぶようになったのだ。
「確かに……言われればニホンは世界として称するなら何だろう……」
「ね? 次にこの街”ミシェルタ”のある国家は”トラウム王国”というの。王族を頂点に貴族から一般市民までピラミッドになっている中央集権国家。そして取り分け、神への信仰が強い国家よ」
「さっきも大司教様がいましたしね」
「そう。信仰するのは『光輪教会』の拝める絶対神アブソ様よ」
その言葉に中世ヨーロッパの世界観を思い浮かべる。確かに中央集権、そして教会の権威という面では非常に似通っているだろう。
「そしてトラウム王国の他にも国があるの」
そうしてサミラが紹介した国は三つ。
まず、東北に存在する『フィーカーテン連盟国』。ここは様々な種族が連盟を結んでいる国家で自然がとても豊かだ。そして”世界樹シルフィドラ”という大樹が存在している。
次に、西部に存在する『ダモン帝国』。ここは鬼族をはじめとした戦闘民族が徒党を組んだことでできた国家で強さ至上主義だ。”ダンジョン”と呼ばれる階層型の遺跡が多く見られる。
その通り、強さがカーストを決めるので能力自慢の荒くれ者が帝国には多く見られる。治安も経済も四国中では最低だが、武力に物を言わせることで得て来た資源地が経済源になっている。
そして南部に存在する『テウフル王国』だが……
「ここは魔物なのに理性がある上級アンデット族も含め、あらゆる種族が共生している国家よ。ただ入国するには厳しい審査を何重に潜り抜ける必要があり、王国内の警備システムがピカイチなのと排他的な所はあるわね」
「魔物……?」
「魔物とはね、詳しくは分かってないけど魔力を過剰に摂取してしまい理性を失った生命体のこと。暴走のままに人を襲う厄介者。侑希君もさっきオーガに襲われたでしょ? アレも魔物よ」
つまるところ、RPGでお馴染みモンスターである。侑希が何もしてないのにオーガに殺されそうになったことからその理不尽さと厄介さは分かるというものだ。
「そしてテウフル王国は名の通り、一人の王を中心に統治されているのよ。その王を含んだ種族は、人間の見た目をしてながら全体的に色が褐色や黒かったりするの。魔法を使える人の割合も高く、身体能力も高いが平均寿命は六十年前後と短いの」
「もしかして……彼らも魔物の類ですか?」
「詳しくは分からない。けど彼らは”魔人”と呼ばれているわ。当然彼らの王は”魔王”と呼ばれていて、このテウフル王国の俗称は”魔王国”なのよ。由来を話そうとすると、数百年前の勇者との戦いにまでさかのぼっちゃうから省くけど……」
魔王、それは勇者が倒すべき存在…… もし勇者が魔王を倒す使命を抱えて降臨したというのなら、
「ということは、彼の者が何かしらの災厄を……」
「それが不明なのよ。最近、何かしらの動きがあるとの噂はあるんだけど真偽は不明だし、魔王一族はここ数百年は静かに統治に励んでいるから違うと思うけれど…… 侑希君が召喚されたことを考えると何かあると考えられるかも」
侑希が勇者召喚された理由を考えるとするなら、第一は数百年前の再来だ。
問ってみた所、曖昧な返事をされたということはそれだけ可能性は高い。断定では無いので、頭の隅にとらえておくことにする。
「ちなみに、伝説の勇者でなきゃダメなほど魔王は強かったんですよね。現存の魔王様はどのくらい強いんですか?」
「えーと…… 実は魔王一族にはある秘儀が代々伝承されていて、それにより戦闘能力は大幅に昇華されてるらしいの。だから魔王は国の中の誰よりも強いと言われてる。実戦での実績が残されてないからこれも真偽は不明だけど……」
「要するに、謎多き一族ということなんですね。ますます怪しい……」
ただそうだとするなら侑希のこの能力で十分なのか。怪しい点はまだまだある。
とそこでタイミングよく戻ってきた紺髪のナイスガイ。
「侑希君、宿屋を予約しておいたよ」
「あ、グリフィスさんありがとうございます」
「はい、これ地図」
どうやらこの短時間で宿屋を手配してきたらしい。仕事の速い有能な人である。
その地図を受け取るなり、軽く方角と経路を確認する。そこまで複雑な道を通るわけでは無いようだ。
「私の友達の妻が経営している宿屋だ。サービスも、そしてアレも評判だぞ」
「アレ?」
「それは行ってからのお楽しみだ。さて僕達も仕事があるので、取りあえず今日はお開きだな」
「あ、一日色々とありがとうございました」
彼らもギルド職員だから、まだするべき仕事があるのだろう。わざわざ侑希のために時間を割いてたのだから。
「例には及ばないわ。それよりも明日の朝、このギルドにある鍛錬施設にやってきて。そこで魔法の使い方を教えるから」
「そういえば『風読の魔導師』と呼ばれてるて言ってましたね」
魔導師、その響きに侑希の心のどこかが反応した。二つ名の『風読の魔導師』も彼にはクリティカルだった。
そして何んとなしに名言を言いたくなったので、サミラにぶつけてみる。
「では……魔導師サミラさん、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
侑希だって強くなりたいし、色々な魔法を使いたい。だが今の彼が使えるのは風の属性のみ。
ただ風の属性については、二つ名がついてるほどにプロな人が目の前にいる。そしてその人の教育も受けられるのだ。これほどの絶好の機会はない。
「ふふ、任せなさいっ。これでも後輩教育には自信があるのよ。侑希君もいずれは立派な一流ギルド職員に……」
「引き込むな馬鹿野郎」
「いだいっ!?」
落ちるグリフィスのげんこつ。まるで鋼鉄がぶつかり合ったような音がしたのは幻聴ではなかっただろう。思わず侑希は戦慄する。
「と、とにかく、さようならっ」
「はい侑希君、さようならー」
「……復活速くないか?」
グリフィスの呆れた呟きをバックに、そそくさと逃げるようにギルドの外へと出た。
◇◆◇◆◇◆
ギルドから徒歩十分、ほどほどの場所に位置する宿屋『水鳥の泊り木』。
この宿屋も見た目は石材でゴツゴツしている。しかし中に入ればオークの木材をふんだんに使用していて薫る自然の匂いが心地よい。
床を踏むと時々鳴るコツコツとした音も響きが良い。ちなみにネーミングはこの世界の童話の一つから来てるらしい。
「えーと侑希様ですね。二階の四号室に予約が入ってます。こちらが鍵です、ごゆっくりしていって下さいね」
「はい、ありがとうございます」
そのエントランスにて、明るい碧髪をした女性がてきぱきと仕事をこなしていた。名をモリンと言い、この宿屋の主人の妻である。
モリンから部屋の鍵を受け取り、そのまま自分の部屋へ。特に荷物は無い中、貴重品だがほぼ無意味と化した財布とスマホを机の上におく。
そしてギルドから臨時に支給された荷物一式の入ったカバンをベットの脇にかける。
「……ふぅ」
思わず一息つく。異世界に来てからようやく安全な場所で一人になれた。緊張から解き放たれ、安心から思わず眠気が湧き上がってくる。
(とりあえず仮眠しよう。休めるうちにゆっくり休まないと……)
急ぐことは今はない、その眠気になすがままにされることにした。
~~
そうして数時間ほどして、
(ん……)
ふと目が覚めたのでむくりと体を起こす。まだまどろみつつある意識の中、視界に映るのは黒色の星空。
どうやらかなりの時間寝ていたらしくもう夜になったらしい。
グゥゥゥゥ
そんなかわいらしい音が聞こえてきて、思わず目線を下ろす侑希。その先には自分のおなかがある。
(腹、減ったなぁ。もうそんな時間か……)
もう夕食の時間。道も知らない異世界でどうやって食事をしようか考えたが、少したってこの宿屋のことを思い出した。
(確かこの時間帯は一階で酒場も営んでいるんだっけな。そこで軽く食事を済ませれば良いか……)
そう思い、机の上に置きっぱなしにしていたスマホと財布をポケットにつっこんで部屋を後にした。貴重品はないとは言え部屋に鍵をかけることは忘れない。
木材を踏みしめる音に耳を傾けながら階下へ。
酒場となってる一階だが今は人は少ない。この世界のことはよく知らないが、今日はパーッとする日では無いのだろう。
酒場の空いてる席に座り、メニュー表をながめる。書いてあるメニューは多種多様ながらどれも美味しそうである。エールなど異世界ならではのお酒もあるが、今日は自重だ。
(ん……ルーン貝のパスタ? ここにもパスタがあるんだな……それとも似ている料理だから【言語理解】が自動翻訳してるだけ? まあいいか、これにしよう)
ふとあるメニューに目線を奪われた。異世界ならではの料理を堪能するのもアリだが、まずは徐々に異世界に適応するためにニホンに近いものから慣らしていくべきだろう。
それを注文することにする。方法は簡単で、テーブルに置いてある呼び鈴を鳴らしてやって来た店員にメニューを伝えるだけだ。
早速鈴を鳴らしてみると、チンッと小気味良い金属音が響く。
(あぁ、なんか落ち着くなぁ)
「なあ、この少年が『勇者』とかと呼ばれてる人だってな」
その余韻に浸っていたら、ふと他の客の会話が耳に入った。
「あー? シャキッとしないな。本当か?」
「一応本当みたいだぞ。勇者の証拠である【神理魔法】を持っているから」
「一応……とは?」
「それがね、彼の持っているそれが『術者が触れることなく物体を動かす事が出来る』程度なんだよな。明らかに実践的じゃないだろ」
ただしその内容は決して耳に入ってほしいものでは無かった。思わず侑希の顔がしかむ。
「確かに……『戦えない勇者』だな。魔王を倒すとか絶対に無理だし、俺は彼が勇者だなんて認められないな」
「大司教様にいたっては『神に捨てられた勇者』ともおっしゃっていたぞ」
「大司教様がそういうということは、神様に背いたりしたのかな? だったら相当な重罪者だな。クソ野郎じゃんか」
そんな事らしい。確かに事実だ。能力が地味なのは言い逃れようがない。だけど悪い方向に間違った方向にデマとして拡散している。
しかし分かる。一度広まったデマはよほどのことが無い限り収まらない事を、身をもって知っている。
その時の対処法と言えば何もしない事に他無いだろう。我関せず、を貫こうと一人瞑想に浸ろうとしていた、
しかしその時、予想外の方角から救援の光が差し込んだ。
「すいません。その発言は流石に酷いと思いますよ?」
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