期待と落胆
突然現れた、とてつもないオーラを放つ老人。
周りに騎士みたいな人がいるのできっと偉い人なのだろう。ズン、と重いプレッシャーがのしかかる。
それでもできる限りの冷静をよそおい、気になった言葉には好奇心を押し出して答える。
「伝説の……能力?」
「そうだ。その【神理魔法】は……」
興味深そうな目線を隠そうともしない白髪の老人。まるで美丈夫を上から潰したかのような体形をしていておでこはツルツルだ。
次いで思い出したかのように老人は腕輪をかかげながら言った。その紋章は権威を示しているもの、
「おっと、興奮のあまりに紹介が遅れて失礼だったな。私はドワーフ族のゴライアスだ。ここの支部長を務めている」
齢70はとうに越しているだろうか、この支部長ゴライアスから感じられるオーラは年の功というべきすさまじいもの。
そしてこの場の最高権力なだけはある。ロビーにいる人を含め、誰もが彼を前にかしこまっている。
その状況を確めたゴライアスは、さっそく話を切り出す。
「更にお前はステータスボードをまだ見てなかったな。急な話題に困惑させてしまって申し訳ない。サミラ、ステータスボードを彼へ」
「分かりました。侑希君、これよ」
そういうとサミラは侑希にステータスボードを手渡した。金属板に未知の文字が浮かび上がっている。
読むことのできるそれはきっと侑希のステータスを表しているのだろう。
さて、侑希のステータスはこうだった。
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長星 侑希 Lv5
【能力値】
[HP 45/45]
[MP 80/80]
[POW 35]
[DEF 40]
[SPE 55]
※レベル5のステータス基本値はオール50
【属性適正】
[風属性]
【技能】
[描画 Lv3]
[魔力操作 Lv1]
[言語理解 Lv.--]
【神理魔法】
[サイコキネシス Lv1]
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なるほど、分からない。
このパラメーターの値は、下に分かりやすくも載せてあった基本値の文字と比べるとノーマルな値のように思えるが……
【属性適正】と書かれた欄にはただ”風属性”とのみ書かれていた。さっきサミラが放った魔法は風だったから、それに関しているのかもしれない。
【技能】と書かれた欄は【描画】という謎の項目が書かれている。描画はそのままの意味だと絵を描くことだけど、それが技能に表示されてるとどういう意味になるのかは分からない。
それ以外には【言語理解】ともう一つ、【魔力操作】がある。これも詳しくは分からないが、ここが魔法の使えるファンタジーな世界だということを考えると割とベーシックなのかもしれない。
最後の一つ【神理魔法】、これは名前からしてすごそうだ。真理ならぬ神理、神の理。そしてこの爺さん、いやゴライアスが言ってたのはこのことだ。
侑希が確認し終えたのを確認するとゴライアスは侑希の質問を待たずに言葉を続ける。
「【神理魔法】の話は後にする。さて……早速だが、お前は”異世界人”と呼ばれる人だな」
「っ!?」
いきなり図星を突かれたことに侑希は驚く。
確かに後から焼き付けた感じが隠せていない記憶喪失の騙りだったとはいえ、こうも簡単に見破られて正体まで暴露されてしまった。
「図星だな。何、心配するな。別にお前が”異世界人”だから捨てるみたいなそんなことはしない。異世界人は歴史上で生活した記録があるからな」
「多くはこの世界の人と同じような生活をして、天寿を全うした。それだけじゃなく技術や文化をもたらしてくれ、この世界の発展に一役を買ってくれた貢献者だから評価も高いぞ」
グリフィスからも補足が入る。
どうやらこの世界では侑希はイレギュラーではあっても追い出されるということはないらしい。ひとまず身の安全が保障されたことでホッと一息を吐く。
「そしてお前は、誰かに召喚された人物だな」
「え……? どうしてそう推測を……」
「確かめること一つ、お前はこの世界に来たときに魔法陣とかに巻き込まれたりしなかったか?」
「そういえば……」
思い出すのは転移の際の光景。
突然、教室の床が輝いたと思うと魔方陣が出現し、そのまま光に飲み込まれて気づいたらこの世界にいた。
それはまた、かげがえの無い存在と別れてしまったことを思い出す。トラウマを思い出してしまい、侑希の顔に影が落ちる。
「変な話を失礼したな。そう思ったのは【言語理解】という技能を持っていたことが理由だ。普通の異世界人はまずこの世界の人との意思疎通が難しい。やがて言語を習得していくのだ。しかしお前は、デフォルトで言語を理解できている。ただこの世界に落ちただけならありえないことだ」
「確かに……話せることを不思議に思っていませんでした」
召喚ということは、第三者の関わりがあるということ。その目的は分からないが、きっと何らかの意図は隠れていることだろう。それを頭にしっかり置いておくことにする。
「さて”異世界人”であることも大事だが…… それ以上に大事なことがある」
ただゴライアスは不安を更に重ねてくる。「まだ何かあるんです?」と侑希の目線が語っている。
ゴライアスはそれに対して「まあ焦るな」と一言いれてから言葉をつなげる。
「さっきも言ったが、お前は【神理魔法】という”伝説の能力”を顕現している」
「……どういうことですか?」
いきなりのパワーワードに侑希も受け入れられない。受け入れるには、ちゃんとした説明が必要。
それをゴライアスは分かっているので、しっかりと説明する。
「【神理魔法】……『神の理を知る魔法』だ。名前からも分かるだろう? その強大さを」
「そしてそれは顕現したことがある人は今までに一人しかいないのよ」
当然の話だ。そんな強大な力がはびこるのならこの世界の力の均衡は保たれない。
そしてそんな強大な力を操っていた存在は誰かというと、
「その能力を持っていたのは遥か昔に世界を災厄におとしいれた”大魔王”を討伐し、今は”伝説の勇者”と呼ばれる存在だ」
”勇者”、救世の英雄。彼の残した数々の逸話は世界中で語り継がれ、今もなお”伝説”と呼ばれ褒められる存在。
「彼が持っていた能力、それが【神理魔法】だよ」
「【神理魔法】は少なからず種類があったらしい。お前の顕現した【サイコキネシス】はそのうちの一つだろうな」
まさかの事態だ。侑希は伝説の勇者が持っていた能力のかけらを顕現させたということになる。
つまり、ゴライアスが何を言いたいのか。
「お前は”勇者”かもしれないということだ。これから起こるなにか由々しき事態に先駆けて召喚されたかもしれない」
「……そういうことですか」
それは侑希が”伝説の勇者”の再来ということ。
彼の者と同じく、世界を揺るがす災厄を解決して多くの者を救う使命があるかも知れないということだ。
周囲はその言葉を聞いて大いに湧き立つ。もしかしたら歴史的瞬間に立ち会っている。ここから始まる英雄譚の一ページをその眼で眺めている。そんな興奮がありありと伝わってくる。
英雄譚の中心に、自分がいる。
ありえないような事実に直面している。今まで物語で傍観者としてみることができなかった位置に自分が立っている。信じられなさと受け入れたくなさが入り混じった複雑な感情を抱く。
困惑している間にも次々と人が集まって来る。誰もが一目"勇者"と称された少年の姿を見たいのだろう。中にはサインを頼んでくる人もいれば質問攻めを仕掛ける人もいる。
その様子を見かねたサミラは観衆達を制する。
「こらこら、侑希君が困っているでしょう。とりあえず落ち着きなさい」
「とはいえども勇者さんだぞ? これから伝説が始まるんだぞ? サミラの姉ちゃんは最初から関われて幸栄だなー アプローチするなら今のうちだぞ?」
「そんなことしません」
はぁ、と溜息を吐く。彼女もこのお調子者達の扱いに大分疲れているようだ。侑希は心の中で静かにサミラを労う。
ゴライアスはそんな様子を見かねて話題を変える。正確には話の続きだ。
「そして召喚をした者についてだが、まず”世界を跳躍する魔法”は人智では行使する技術が無いのだ。だからもし召喚する者がいるとするならばだ」
「それは天上から私達を見守る存在……」
人智の範囲内では不可能。ならば人の智慧を遥かに凌駕した超常の存在であるということ。
「ア……」
「それは絶対にして最高神アブソ様だろ? ゴライアスよ」
しかしゴライアスの言葉をさまたげるように、厳かな声がこの部屋に響き渡る。グリフィスのでも侑希の声でも観衆でも無い、この場にいなかった第三者の声。
その声がした方角に目線を向けると、そこには白衣に身を包んで古木に金糸を巻き付けたような杖を構えた初老の男がいた。
側には二人ほど似たような服装の男もいる。きっと彼らも護衛なのだろう。
その初老の男は侑希の方に近づくと、見下すような笑みを浮かべて言葉を放った。
「やあ初めまして、『神に捨てられた勇者』殿」
「っ!」
思わず侑希はムッとする。この世界は初対面に失礼なことを言う人しかいないのか、と思う。中々のブーメランではあるが……
そこに同じく気を悪くしながら言葉をはさむのはゴライアスだ。
「失礼では無いですか、バーンザック大司教殿」
「大司教……?」
「そうだ。世界に名高い教会こと”光輪教会”の大司教の一人、バーンザックとは私のことだ」
「うへぇ……」
思わず漏れてしまう本音。ゴライアスに続き権力者の登場。迂闊な発言をしたらすぐに首が飛びそうで恐ろしい。それに加え最初の失礼な一言により悪い印象を持っているのもある。
その気に食わなさそうな呟きを耳に止めた大司教は嫌味混じりに続ける。
「何、私が気にくわないのは精神が幼くて神の偉大さが分からぬことなだけだから気にしない。それはさておき失礼だって? ゴライアスよ。私はただ事実を述べたまでだ」
「”神に捨てられた”が事実ですと? 召喚に加え、【神理魔法】という能力まで賜ってなお、そうおっしゃるので?」
「そうだ。まあ彼が召喚された身であることは否定しないし”勇者”の可能性もあるだろう。しかし、このステータスをもう一度確認してみよ」
きっと大司教の方がギルド支部長より身分が上なのだろう。それでも対等に意見を言い合えるくらいには関係が深いと見える。侑希は人徳も性格もゴライアスの方が上と判断してるが。
その大司教の言葉に従い、侑希とゴライアスは改めてテーブルの上に置かれたステータスボードをのぞき込む。
映っているのはさっきと変わらないパラメーター値と【技能】、【神理魔法】。
「さてこの【サイコキネシス】の詳細はどうだ」
そしてさっきは急にステータスボードを手渡されたこともありよく確認できなかったが、【神理魔法】の欄に表示されている【サイコキネシス】の詳細を改めて確認する。
方法は簡単、【サイコキネシス】の欄をタップするだけだ。まるでタブレット端末みたいである。
さて詳細はこうだった。
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【サイコキネシス】 Lv1
■術者が接触することなく物体を動かす事が出来る。魔力の消費量は動かす物体の質量に比例する。
========================
(これってつまりは念力だよな? サイコキネシスだしそりゃそうか。それで、これが勇者に備えられた超常能力?)
能力の説明からそう推測する。確かにそう言われれば、バーンザックの言うことが納得出来ないこともない。
ゴライアスやグリフィス達も微妙な表情を浮かべて唸っていることがその内心を何よりも表している。
「だろう? 更にステータスは平凡中の平凡。属性適正は一つしかない」
「問題は無いでしょう? 今まで数人の異世界人のを見て来ましたが、皆こんなものです。少年として妥当な値で何が問題あるのです」
確かにこのステータスは一般人としては申し訳ない、ごく平均的なもの。とりわけ低いということもなく問題はないように思える。
しかし普通ではダメなのだ、と大司教は言う。
「大有りだ。ゴライアス、お主は勇者の使命を軽く見ていないか?」
「使命……」
それは世界とは限らず、何かしらの危機を救うということ。
伝説の勇者の先例なら、魔王を討伐するということ。その偉大な目的を達成するために必要なものは……
「そう、力だ。勇者には圧倒的な力が無ければならない。そうじゃなければこの世界の一般人でも事足りる。しかし彼からはパラメーターはしかり、他の人と差別化される【神理魔法】ですら魅力を感じられない」
「何を言います、汎用性に長けた立派な【神理魔法】では……」
「ならそれで、どうやって魔王のような存在に相手する? まさかこの力で吹き飛ばそうとでも思ってはあるまいな? それに必要なのは、圧倒的な
理論は筋通っている。ただの野暮な批判というわけでは無くて明確だ。ゴライアスが論破されていくのはこれ以上その意見に反論するための情報が足りないだけ。
残ってる反論の種のは現状況では分からない、将来の可能性に限る。
「まだ、彼が”原石”の可能性が残っていますのでは? 成長すれば、どんな強大な存在になるかは分かったものでは」
「ハッ、賢明なお主がまさか将来に期待する他に意見が無いとは。だがそれは全人類に言えることだ。まさかお主は一人一人に期待して、将来のために尽くすというのか?」
「ぐっ……」
将来はまるで木の枝のようにいくつものに枝分かれしている。それは人の身では決して見ることは出来ない知られざる未来。
その中には侑希が文字通り”目覚める”未来もあれば、変わらないままの未来もある。だからあくまで”可能性”に賭けるゴライアスを、大司教は許しとしなかった。
「追い打ちと行こう。史実に残されている勇者は”空間転移”や”生体変成”などの多彩で超常的な能力を使っていた。それらが本来偉大と称されるべきの【神理魔法】だ。だが彼の【サイコキネシス】がそれらの能力と肩を並べられるとでも思うのか?」
「ぐぐっ……」
「だとするならば、召喚なさった神アブソ様が彼、いやもしかしたら彼達に【神理魔法】を授ける際、彼だけ弱い能力を授けたと考えるのが適当。そうだとしたら、彼だけ捨てられた……”神に捨てられた勇者”という評価は妥当では?」
「……」
もう、言葉も無かった。完璧に言いくるめられてしまった。
大司教バーンザックは狡猾だった。そして大司教の座に付いているだけあり相手の心理や置かれてる立場を把握し、その意識に付けこむのがとてもうまい。
ゴライアスは賢明だがどうも感情に流されやすい、だからどうしても大司教のことが苦手だった。
侑希も押し黙っている。詳しくは理解できなかったが、断片的にでもつかみ取れた情報はどれも侑希の劣等さを表していた。
そしてそれはロビーにいる人達が皆同じ。大司教の理路整然とした説明と彼の威厳による説得力はこの場にいる人に意見を理解させるには十分だった。
彼が『神に捨てられた勇者』である。単純明快で、なんて蔑むには恐ろしい言動力を持った言葉だろうか。それに大司教という教会のお偉いさんの発言だ。
その罵称はストンとこの場にいる人の心に落ちた。
無言が場を支配する中、呆れたように一息吐いた大司教は踵を返し、肩越しに言った。
「そういうことだ。まあせいぜい、勇者ならばその使命を全う出来るくらいに強くなれ。それがお前のアブソ様に対する贖罪だからな。まあ少なくとも……」
「……っ!?」
と思うと再びターンし、杖を天にかかげる。同時に、杖に集まる不可視の力。
それは一瞬で白光となり、一直線に侑希の方角へと放たれ、彼のすぐ横を通り去り命中した壁を焦がした。
その正体を見破ったサミラは目を大きく見開きながら言葉を漏らす。
「光魔法【セイントブライト】……」
「そうだ、緋髪の淑女よ。このくらい出来るようにならなければいけないな。まあこの魔法をこの練度で放つには、お前には信仰心が足りないだろうがな」
サミラも魔法を操る者だからこそ分かる。大司教がこの魔法を瞬時に放ったということがどれだけ尊敬するべきことなのかを。
その称賛を浴びるのは慣れてる大司教は、特に意にも介さず、言葉だけ残してこの場を去っていった。
再び場は静かになる。誰もが言葉を押し黙る中、ただ侑希はもう一度ステータスボードに視線を移した。
そこに映ってる表示はさっきと変わらない。だけど見え方は大きく変わった。
思わずため息混じりに言葉がこぼれた。
「ダメ、かぁ……」
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