投げ出されたのは新天地
「……ん?」
光に呑み込まれてからどれほどの時が経ったのだろうか。
急に意識が浮かび上がる感覚がまるで夢から覚めるような感覚で、思わずそんなあどけない声を上げる。
(どこなんだ、ここは?)
目覚めた直後は視界がボヤけていた。
しばらくして視界一杯に光がもたらされると、おぼろげな視界は青空を映した。空が見えるということはおそらく外だろう。
どうやら岩場の隙間で寝ていたらしい。岩を支えにまだふらつく身体を起こし、その岩に登ってみる。
そしてそこに広がっていた景色に、度肝を抜かされた。
(なんなんだ一体…… これは大パノラマか!?)
眼前に広がるのは若緑色の海。
この場所は見慣れない草花が咲きほこる大草原だった。岩がところどころに転がっていてるだけで、一面草だらけだ。
更に遠くの方を見ると、巨木の生い茂った森や、雲にまで届くのではというほどの高山が連なった山脈も見えた。
(えっ…… どうしてこんな自然豊かな場所にいるんだ? 山奥に来てしまったのか?)
そう考えてみるがそもそもありえない。屋久杉のような樹と、アルプス山脈クラスの山を一度に拝めるスポットが世界にあるとは思えない。
説明できない状況に頭痛がおこる。誰か教えて欲しい、と願うがあいにく周りには誰もいない。自分で考えるのには情報が足りない。
だから素直にここまでの経緯を思い出してみることにする。脳も覚醒したので冷静さを取り戻そう。
(えーと気絶する前は、確か教室にいたときに魔法陣っぽいのが…… クラスメイトが驚いて……)
そこまで思い返して強い焦りにおそわれた。
「っ、トシキ! 陽奈! どこにいるんだ!?」
俊樹も陽奈も、あの時に同じ教室にいた以上はまだ周囲にいると思って声を上げる。
しかし返事は帰って来ない。そもそもこれだけ気絶していたのに存在を示さなかった方がおかしい。
(いや、いないはずが無い。いないはず……ないよな?)
しかしそれを示す手段が無い。
(……考えるのはよそう。今考えても始まらない)
それは言い訳だって分かってた。本当は考えたくなかっただけなのに、そう思いつつも知らないフリをした。
(えーと魔法陣っぽいのが…… 魔法陣? その後は光に巻き込まれて…… いやおかしいだろ。なんだ、なんなんだ? これはなんですか?)
魔法陣だなんてファンタジーの象徴と言えるものが存在するはずがない。非化学現象を前に侑希の想像が追いつかない。
そもそもこれ自体が夢かはたまた幻か、そう思って自身を叩いたりつねったりしたが痛みはいつもどおり。
(ならばドッキリか。マスコミの迷惑な嫌がらせなんだな。ヘマすると全国のお茶の間に恥をさらすことになるし、ジェントルたる態度を取らないと)
と思うがそれもありえないこと。
今の技術では、魔法陣のエフェクトを演出すること、ましてや転移だなんてことはできないだろう。
次々と考えが思い浮かんでは、おかしいので潰される。
その繰り返しの果て、最後に至った考えはとても簡単なものだった。
(それなら本物の魔法陣? ということはもしかして……)
それはとても信じがたいもの。
だがそれを証明するように、地面を見下ろしてみるとそこには虹色の体色のミミズだったり大きさが数倍になったテントウムシなどが……
生物が現実離れした見た目をしていた。これらは突然変異なんかで証明できる現象ではない。
つまり世界が明白に違う。これが証拠になった。
(異世界……転移)
異世界転移
ファンタジーなノベルではおなじみ、今までいた世界とは全く異なる世界に飛ばされる現象。
魔法陣が出現して、そのまま光に呑み込まれたという現象が読んだことのあるラノベの展開と重なっていたからそのことを早く理解できた。
(……ありえないでしょう?)
とは言えこれが幻だとしても、取りあえずは受け入れないことにはいかない。侑希は受け入れることにした。
さてポケットにはスマホが入っていた。それによると現在時刻が午後二時をまわったあたり。電波は入ってないがまあ当然だろう。
現状をある程度把握したところで、さてこれからどうするか。草原にただ一人、ロクなアイテムも無いのに放り出されているなんて異世界では致命傷のようなもの。
だからまずは歩くしかない。自慢のメガネを整え直して周りを見回す。街らしき建築物が見えれば大収穫、無ければ安全な寝床を探して動くのみ。
そしてとてもラッキーなことに、街らしき建築物を見つけた。ここからかなり距離はあるが、とても歩けない距離ではない。大自然を感じながら歩いても夜までには間に合うだろう。
「よっと」
岩場を軽快に渡って草地へ着地。草を踏みしめながら普段と変わらないペースで歩く。一歩歩くごとに草が肌に触れてくすぐったい。
空気がおいしい。侑希の住んでいた場所は先進国の市街地。大自然の広がる異世界とでは空気の質で比べるまでもない。
更に数分歩いたところで、ふと侑希の足が止まった。
目線が移った先では、銀羽をもった蝶が花の周りで優雅に飛んでいた。
時々散る銀色の粉はおそらく蝶の鱗粉だろう。それも太陽の光を反射させ、キラキラと輝く。
(綺麗……)
まるで演劇を見ているかのよう。思わず拍手を送りたくなるが、蝶が逃げてしまうかもしれないので離れた場所から眺める。
しかしこの景色をぜひ誰かと共有したい。
(そうだ、こういう時こそ文明の利器だな)
そこで侑希が思いついたのがスマホのカメラで撮ること。まだ時間に余裕もあることだし、このくらいの寄り道は許される。そう思い侑希を取り出してカメラを起動する。
ピントがブレないよう調節して、蝶の飛んでいる位置と銀粉の散り具合を考えたベストショットを狙う。完全にプロのカメラマンのそれであるのも侑希の『綺麗な作品』に対する並々ならぬ情熱によるもの。
まずは一枚、パシャリ。
(うーん、悪くはないけど、リトライかな)
普通の人が見たら十人に九人は「ベストだろ!」というような写真である。こだわりが深い。
もう一回構えて、もっと良いベストショットを狙う。蝶と花、銀粉の位置関係から誰もが絶賛するような一枚を狙って……パシャリ!
(よし! ……あれ、何か映り込んでるな。何この緑色のブヨブヨしてそうな奴は)
撮った写真を見て、侑希がそう思ったときだった。
突然侑希の視界が暗くなった。
何事かと原因を突き止めるよりも早く
「「ゴガァァァァァァァァ!!!!」」
「……へ?」
身の毛がよだつようなおぞましい声が聞こえてきた。気の抜けた声で返す侑希だが、すぐにその表情は真っ青になった。
暗くなったのは単に影が原因だったのだが、その影は体長は三メートルはある棍棒を持った巨人によって作られたものだった。しかも二体…… 撮影している間に近づかれたのだろう。
「お、おお……お……」
侑希にはその正体が検討ついた。それと共に異世界転移が確信に変わった。
ワナワナ震える間にその巨人の目が怪しく光った。それと同時に二人は棍棒を持つ手を振りかぶった。
それは一瞬の出来事、
棍棒が直前まで侑希がいた場所を粉々にして激しい地響きを起こした。
「オーガじゃねえかあああーっ!! うわああああああ!?」
半泣きになりながらも察知が功を奏し、なんとか棍棒の一撃をよける事ができた。やけくそになりながら叫び声をあげ、必死に逃げる。
この巨人はオーガ。ファンタジーではおなじみな生物で、一言でいえば”巨鬼”だろう。
膨大な膂力で棍棒をたたきつけで攻撃するモンスターで、紙装甲の一般人からしたらオーバーキルも良いところ。
叫び声を上げたがその先を考えている余裕がない。今も後ろからは巨大な化け物が砂埃を上げて追いかけてきてるのだ。
「「グゥゥ ガァァァァァ!!」」
(こんなの無理無理ぃ! 頭のキャパシティーをオーバーしすぎぃ!)
先手必勝とばかりに放たれた攻撃をスカにされた怒りのせいか咆哮がよりけたましくなる。
それを聞いた侑希は、内心が大雨の中この広い草原を右も左も分からず逃げ惑う。
「ガァァァッッ!!」
「えっ? うっ、わぁぁぁぁぁ!?」
しかし逃がさない! とばかりにオーガの片方がジャンプ。そのまま侑希に向かってダイビングを決行。一瞬で影に呑み込まれた侑希は時間の流れが遅くなるのを感じる。
(あ、ここで俺は死ぬんか…… あれ、走馬灯が……)
一瞬でその理由を悟った侑希は瞳がうつろになる。
思い返すのは地球での日々。幼い頃から現在までの自分史。辛いこともたくさんあったけど、楽しいこともあった日々……
(ってバッキャロー! 死んでたまるかぁぁぁ畜生畜生畜生!)
みたいなことを考えた心の中の自分を叱ってビンタすると目に光を戻す。何か、何かこの頭上のオーガを退ける方法はないかと模索する。
しかし攻撃に使えそうな武器が手元に一つもない。
(ぐぅぅっ、一か八か!)
だったら、とどこかで見た格闘技の動きを見習い、最後まで本気の抗戦をすることにした。
「これでも食らえ!」
オーガが降り注いでくる。だから照準は合わせやすい。かけ声と共にオーガの心臓付近を狙い、本気のアッパーを繰り出した。
侑希の右腕は、綺麗に空へ向かって振り抜かれて、
「グァッ!?」
そしてそのまま、バコッ!という破裂音を響かせてオーガを草原の彼方にまで吹き飛ばした。
まるで爆発したかのように、オーガの心臓付近の筋肉を爆ぜさせて…… その反動で肉塊と血が侑希に降り注ぐ。
「……え?」
想像外の結果。ここで一切通じるはずも無く、むしろ腕を折られてそのまま組み伏せられると思っていたのに。
しかし通じた、どころか致命傷をたたき出した。
生々しい臭いがもたらす強い吐き気も置き去りにしてしまうほどの驚き。しかしその余裕もすぐになくなった。
「ギィギャァァォォォォ!!!!」
(まだいたんだった!)
飛ばずに待っていたもう一方のオーガがイノシシのように突進をしてきたのだ。まさしく猪突猛進、ぶつかったら一たまりもない。
それを第六感を頼りに横っ飛びをすることで間一髪で回避。中々に神がかっているがこれの感傷に浸ってる暇は無い。
「ギュゥゥ」
「ググ、ゴガ」
「「グガァァァァァァァァ!!!!」」
さっき侑希のパンチを受けたものの辛うじて復帰したオーガが侑希の下に戻ってきた。
呻き声のような音を上げるのに対し、もう片方のオーガも同じような声で返す。意思疎通でもしたのだろうか、二人のオーガがそう同時に咆哮を上げる。
そうして展開されるのはダブルラリアット。怒涛の勢いで二体の巨鬼が侑希に迫ってくる。
(いやこれは無理! 首の骨が何本あっても足りない!)
思わず侑希は涙目になりながら引きつった笑みを浮かべる。
死神が耳元で囁く。怖い、怖い、怖い、だからこそどんな反応を取って良いのか分からなくて、取りあえず笑う。
期待していたファンタジー世界の現実性を知って、夢見てた自分自身に呆れて嘲笑う。
こればかりは回避不能。脳内でアラートが響き渡る。視界一杯が死のビジョンで埋まってる。
目線を合わせることが出来ない。怖くて、ただ怖くて目を瞑る。
ドドドドドッ!とオーガが迫る。
さっきの目測だと後3秒、
2秒、
1秒、
「【エアーボム】!」
その瞬間、戦場に高らかな声が響き渡った。
それと同時に風が横凪ぎにオーガに襲い掛かる。そして爆発すると二体はまとめて空中へ打ち上げられるハメに。
そこに何かが視るのもやっとの速さで飛び出して来て、二つの綺麗な金属音を共に、空中でまるで花火のように紅の華を咲かした。
「……え?」
奇妙な音が響き渡ったことに侑希は呆然とするしか出来ない。何が起こったかがわからない。
しかしオーガの衝撃が体に加わっていない。それに全身のどこにも痛みを感じないから傷を負っていないことも分かる。理解しがたいが、助かったのだろう。
だと、するならば……?
「あっ……」
「ふぅ、間一髪ね」
侑希が見上げた先にいたのは血濡れた剣を構えた女性と、既に息絶やして倒れてる二体のオーガだった。
「え、えっと……あり」
「ねえ、貴方」
突然の出来事に目をパチクリしながらも感謝をのべようとしたが、女性がそれより先に言った。
「何てことをしてくれてるの?」
えっ、怒られた。
唐突なお叱りに、今度もまた唖然とするしか出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます