勝手に開く

鮎河蛍石

勝手に開く

 Kさんが京都で働いていた頃の話である。


 ある日、Kさんは友人のSさんが住む社員寮に招かれ宅飲みをしていた。


 夜が更けて終電もなくなった頃。

「この寮、出るんだよね」

 事も無げにSが言う。

「押し入れがさ、寝てる間に勝手に開くんだよね3㎝くらい」

 でも実害はないからとあっけらかんした様子だ。

 この部屋に泊まらざる負えないのに、勘弁してくれとKさんは辟易した。


 ずずずず、ずずずず。

 何かを引きずる様な音で目を醒ます。

 もしやと思い押し入れを見ると、ゆっくりと戸が開いていくではないか。

 Sは寝息を立てており、戸の異常に全く気付いていない。


 翌朝、夜中ひとりでに3㎝ほど開いた押し入れを二人で調べた。

 押し入れの中に原因となるものは見当たらない。

 納得がいかないので、押し入れの中身を全て出し更に調べる。すると押し入れの中に配管を見つけた。そして、配管の裏にある隙間に塩が盛られた小さな皿を見つける。皿に盛られた塩は崩れている。

 あまりの気味の悪さにSは怖気づいた。

 後日、お祓いをすると押し入れが開くことは無くなった。


 しばらくたって、Kさんの住む部屋の押し入れが3㎝ほど開くようになった。仕事に向かう前に押し入れを閉め、部屋に帰ってくると開いている。かすかな異常は毎日、欠かさず続いた。

 Kさんはふと思い立つ、手元にあるWebカメラで押れを監視してやれと。

 Webカメラは一般的に、防犯や、不在時のペットの様子や、介護が必要な家族の様子をリアルタイムでモニターするために用いられる。

「何でカメラなんて仕掛けちゃったのかなぁって、いまでは後悔してます」

 苦笑いを浮かべながらKさんは事の顛末てんまつを語ってくれた。


 昼休憩中にWebカメラから中継される様子をスマホから確認する。押し入れは開いていない。異常なき事を確認したKさんは業務に戻った。

 午後の業務があらかた片付いたころ、スマホがポケットで震えた。通知にはこうあった。



『動体を検知しました』



 急いでWebカメラを確認すると、監視モニターは暗転している。何らかのエラーにより、Webカメラがシャットダウンをしたようだ。業務中であったため、暗転直前の映像を確認できなかった。


 帰宅したKさんが眼にしたものは、全開に戸が放たれた押し入れだった。

 早鐘を打つ心臓、息が止まらんばかりにしたたか驚いた。

 とりあえず押し入れを閉め、何があったのか録画映像の確認する。


 Webカメラが異常を検知する直前、5分前から映像を再生した。

 再生後ややあって、押し入れの戸がゆっくりと開いていく。すると動体センサーが反応を示した箇所に、緑色の枠が表示されカメラが追随ついずいする。しかし、枠内には何も映っていない。見えない動体を捉える緑枠は増えつづける。動体それぞれに反応を示すカメラの追随で映像が激しく揺れる。



 半分ほど開いた押し入れの暗がりから、矢継ぎ早に現れ続ける見えない動体が、10個を超えた段階でそれらを追いきれなくなったカメラがエラーを起こし画面は暗転した。



 現在、転職したSさんは関東に住んでいる。










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勝手に開く 鮎河蛍石 @aomisora

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