第2話 目が覚めたのは


頬に感じる違和感が俺の重い瞼をこじ開ける。


寝ぼけた視界に映るのは青1色。次第にはっきりと見えてくるのはその中で自由に飛び回る何かの姿。




「ドラ、ゴン…?なんだドラゴンか。かっけーな」


「……ドラゴン!?」




こんなに綺麗な2度見があっただろうか。身体は跳ねるように起き上がり、眠気もすっかり消えていく。

生い茂る森と広がる青空。しかも頭上には数匹のドラゴンらしき生物が飛ぶ始末で。

落ち着かない心が俺を操るように、2度3度とその場を往復させる。


えぇっと、久しぶりの外出先で道路に飛び出した子供に出くわして、その子を助けた代わりに俺が轢かれて…。




「そっか…。俺死んだのか…」




待て待て待て!まだ21だぞ?童貞だぞ??パソコンも買い替えたばかりだし、何よりもあんなに生活を犠牲にしたバクさえ完成させることなくご臨終とは…


可もなく不可もないけれど悔い多き人生だった。


やるせない気持ちが押し寄せ、力なく地面に座り込んだ。

見上げた青空でドラゴンの群れが自由に滑空する姿は何とも俺の涙に染みる。






…つーか天国にドラゴンって有りなのか?






好奇心とは恐ろしく感傷に浸る隙も与えない。

まぁ、死後の世界なんて誰も知らないし、ドラゴンの1匹や2匹飛んでたっておかしくないのかもしれない。




「魔獣描くの苦手なんだよなー。お前らにもよく時間を取られたもんだよ」




寝転がり、遠くで羽ばたくドラゴンに呟いた。

その寛ぎようは休日の昼間から缶ビールを空けるオヤジそのもの。


こんなにゆっくりしたのはいつぶりだろう。


漫画を書くのは苦ではなかったがそれなりの忙しさに襲われていたことも自覚している。終わったことは仕方が無いし、死んでしまったらやむを得ない。それならばとことん休んでやろうじゃないか。



草の匂いと頬を撫でていく風。

川のせせらぎが心地よく聞こえ、此処は睡眠不足の俺に打って付けの場所らしい。


うつらうつらと誘ってくる睡魔は、俺の意識を手引いて____



「 ゴルルルル 」




ふと耳に入るのは、何かの音。

犬が喉を鳴らすようで、腹の底まで響く低い音。


そうそう。バクに出てくるグリフォンもこんな感じで鳴くんだ。




「ラフ画すら半日掛かったんだよなぁ。半獣半鳥って、見たことないっつーの・・・」



釣られるように目を開けた時、

そこには人間の顔よりも大きな瞳が2つ、俺を見下ろしていた。


獣のような下半身に、鷲のような上半身を持つ魔物。

…グリフォンだ。しかし、ただのグリフォンではない。


あの先にかけて小さく細かくなっていく羽…







「俺の描いたグリフォンだ…」







想像以上の図体と、鋭利な嘴が太陽光に反射する様は我ながらに見惚れる。そんな俺とは裏腹にそいつは喉を鳴らし止まない。




「そういやグリフォンが喉を鳴らすのってどう言う時だっけ」




うーんと此方も唸り声をあげ悩む。

主人公の初登場シーンで狩った魔獣だからなぁ…記憶が薄い。


目を瞑り、記憶を辿る。

パラパラと原稿を捲り戻した時、森を走る主人公がお腹を空かせたグリフォンと対峙して____












「 獲物を狩るときだ…」












気付いた時にはもう遅く。

その鋭い爪が俺に向かって振り被る。


反射的に前に出した手。手の平に感じる激痛と滴る血がこの状況を物語っていた。




死後でも痛覚ってあんの?!




途端腰が抜け、その場に尻餅を搗く。

ただただ呆然と絶句したままそいつを見上げるしかなかった。


自分の生み出した魔物に食われるなんて。



予想される激痛に身構えた時、俺の横を何かが通過する。


その風圧に弾かれるように顔を上げた時、目の前にあったグリフォンの瞳は見覚えのあるグラムソードが突き刺さっていた。








「生きてるなら動け、邪魔だ」








その人影はグリフォン目掛けて跳ぶ。

覚えのある台詞は固まっていた俺の体を解き、縺れそうになる足は遠くへ遠くへと必死に駆ける。


誰だか知らんが助かった!サイトのようにグリフォンをカッコ良く倒せない俺だけど、あんたの邪魔にはならないように…



…待て。どうして此処にグラムソードがあるんだ?しかもあの台詞…


あれは怪我を負って目の前を転がる部下に対して道を塞ぐなと無慈悲に言い放つ台詞…。




次第に減速する逃げ足もついには立ち止まり、


恐ろしい悲鳴が空気を揺らす中、振り返ったそこには横たわるグリフォンを踏みつける男がいた。






      「あんたは…」
















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