第2話 お金がない

 しばらく俺たちは寝ぼけたような顔をしていたが、このような怪奇現象が起きてしまったことは紛れもない事実であるので受け入れるしかなかった。


「今までさ、心霊写真とか加工だろとか思ってたけどガチだったんだな…。初詣、今度からちゃんと行かないとな…」


「いやそんなこと言ってる場合じゃなくて、なにこれ…どういうこと?どこよここ!」


 坂内は真っ青な顔をして言った。


「いや、確かに。本当になにこれ。なんかのドッキリ番組じゃないか?」


 そう言って俺はバッグからスマートフォンを取り出し、アプリを使って現在地を見ようとする。

 しかし、なかなかアプリが開かない。

 スマホ画面をよく見てみると圏外と出ている。

 そもそも俺たちは落ちてきたはずなのに上を見上げてもあたり一面青い空で何もない。

 意味が分からない。

 急に怖くなってきた。


「と、取り敢えず、受け入れるしかないわけだし、あっちの方へ行ってみましょ」


 坂内は立ち上がると困惑してフリーズしている俺にそう呼びかけた。


「そうだな。その通りだ。こんな所でぼーっとしててもしょうがないしな」


 そうして俺たちはこの場所から見える町の方へ歩き出した。


「そうよ。ていうか今いくら持ってるの?交通費とか大丈夫そう?」


「1万くらいあるし大丈夫だと思う。足りなかったら貸すよ」


「ありがとう。私も4000円くらいあるし大丈夫だと思うけど…」


 そんな会話をしながら歩くが嫌な汗が流れる。

 勿論こんな異常現象が自分たちの身に起こったというのもあるが、それとは別に見知らぬ土地にいるという恐怖だ。

 家に帰るのが現実的でない場所にいたらどうしよう。

 いや、縁起でもないことを考えるのはやめよう。

 あの変な空間に落ちて、ここの土地に来るまでは一分もかかっていない。


「やっとついたな」


 建物が全然なかったので、見える位置にあった町でも大分歩かされた。

 

「噓でしょ…」

 

 坂内が顔がまた真っ青になった。

 当たり前だ。

 俺も動機が止まらない。

 町に住んでいる人は日本人ではなかった。

 まさかの海外だ。

 人生終わった。

 コミュニケーションも取れないし、お金もない。

 

「え、英語喋れたりする?」


 なぜなのか分からないけど圏外なので翻訳とかもできない。

 坂内に頼るしかなかった。

 

「無理…だけど何とかするしかないわよね」


「そ、そうだな。2人で一緒に聞こう」


 そう言って、俺たちは店が並ぶ大きな道へと入っていった。

 しばらく歩くがやはりおかしい。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って」


 俺は坂内の手を引いて少し歩いた先にあった路地のほうに入る。


「なんか服装変じゃね?」


「いや服装とかそういう問題じゃなくて猫耳生えてたわよ?!」


 もう一度見てみても随分とファンタジーな光景が広がっている。


「これ、ひょっとしたらあれじゃね?」


「何、あれって?」


「ほら、いやあれだよ。あれ。言うの恥ずかしいから察してくれ…」


「ああ…何が言いたいのか分かったわ…。漫画の見過ぎよ、と言いたいところだけど…もうこれ以上ないほどのありえないことが起きてるわけだし馬鹿にできないわね」


「取り敢えず誰かにここどこか聞くか…」


「そうね…」


 そうして俺たちは人通りの中にもう一度出た。

 やはり制服だから目立っているのだろうか。

 全員通りすがりに必ずこっちを見てくる。

 このような状況の中で、知らない人に話しかけるのは陰キャにはキツいが、やらなきゃ何の解決にもならない。

 とりあえず英語だ。


「Excuse me.」


 圏外だから翻訳アプリもダウンロードできないし、もうやってみるしかない。


「ん?なんだって?」


「い、いや、あの…」


 俺たちは驚いて、固まってしまった。

 まさか日本語で返ってくるとは思わなかった。


「なんだよ。お前ら変わった格好してるな。旅人か?」


 ここが日本だと思いとりあえず良かったと安堵した途端に旅人という言葉が聞こえる。

 嫌な予感がする。

 旅人なんて言葉、某アプリゲーム原○でしか聞かないぞ。


「すいません!実は迷子になってしまいまして、ここがどこだか教えていただきたいと思ったんですが」


 坂内はそう言うと息を吞んだ。

 男から返答が返ってくる。


「ミルグニア王国のシエル村だが」


 人生終わった。

 返答とかそういうのを見る限りそういうことだ。

 これ家に帰れないのが濃厚か。


「ありがとうございます」


「お、おう。2人揃って急に凄い顔色悪くなったけど大丈夫か?」


[すいません。大丈夫です。ありがとうございました…」


 俺達はお辞儀をしてその場を去ろうとする。

 坂内は泣きそうな顔になっていてもうだめだ。

 取り敢えずさっきの路地の方に戻ろう。

 これからどうしよう…。


「あ、そういえばここで迷子ということは王都の方へ行こうとしてたのか?それなら馬車が出てるからそれに乗るといいぞ」


「ありがとうございます。その…因みに当たり前ですけどお金かかりますよね?」


「そりゃ、当たり前だろ。って、お前らまさか無一文か?!」


 そうだ。

 本当にまずい。

 まだ完全に決めつけているわけじゃないが、もし異世界だとしたら日本の紙幣なんてただの紙切れだろう。

 何か売れるようなものはないか。

 そう考えた時にポケットのふくらみが目に入る。

 スマートフォンだ。

 これが希少なものとして売れたりしないだろうか。

 とりあえず聞いてみよう。

 坂内はもう完全にメンタルがやられてしまっている。

 この人はいい人そうだし俺が色々聞き取りするしかない。


「すいません。実は無一文ですけどスマートフォンはあるんですよ。これ売れたりしないですかね…」


「なんだそりゃ。珍しいものなのか?」


 まだここが地球であるという希望をこめてスマートフォンという言葉を使ってみたがダメだった。


「な、なんだよ泣きそうな顔して。まさかやばいブツとかか?」


「い、いや…」


 俺は泣きそうなのを我慢してとりあえずロック画面を解除する。

 圏外でも使えるものといえばメモや計算機、写真撮影などだがこれらに価値がなければもう完全に終焉だ。

 俺はとりあえず一番異世界になさそうな写真撮影を実践して見せた。

 

「こいつはすげえ。これは確かにすごい金額で売れそうだな。ちょっと待ってろ」


 そう言うと男は立ち去ってしまった。

 ひとまず安心だ。

 すごい金額とか言ってたし飢餓で死ぬとか奴隷として生きるとかはなくなっただろう。

 

「大丈夫か?」


 俺はしばらく落ち込んでいた坂内に声を掛ける。


「うん…ありがとう。ちょっと落ち着いた」


 坂内は無理やり笑顔を作って俺にそう言った。

 本当にありえない。

 なぜこんなことになったのか。

 家にもう帰れないかもしれない、家族にもう会えないかもしれない。

 そう考えると胸が苦しくなる。

 坂内もきっと同じ気持ちだろう。

 その後長い間俺達は無言になった。

 受け入れるしかないが受け入れたくない。

 そうして今までの人生を振り返ったりしているとさっきの男が巾着袋をもって戻ってきた。


「待たせたな。ほら、これ持ってけよ。王都まで行けばちゃんと交渉できるだろうよ」


 俺達ははもらった巾着袋の中を覗くと中には硬貨のようなものが入っていた。

 

「本当にありがとうございます!必ず後で返します。お名前を聞いてもいいですか?」


 俺達は全力でお礼を言う。

 正直申し訳ないがそんなことを言っていられる状況じゃないのでこのご厚意に甘えるしかない。


「パルシアだ。おう。頼むぜ」


 その後俺たちはパルシアさんに馬車が止まってる場所まで案内してもらった。

 馬車というから馬が客席を引くのかと思ったけれど、モンスターハ○ターの小型モンスターみたいなやつだった。

 そうして俺たちは王都へと向かった


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る