35.それだけだよ!
ひとしきり笑ってから、アシャスはシャンパングラスを
「
「そんなところですね。私とアシャスが、
ヒカロアが自然な動作で、アシャスのグラスにシャンパンを注ぐ。
アシャスもアシャスで、だいぶ甘やかされている。
「今は、ちょっと違うよな。この身体で体験した記憶なら、すぐに共有できるわけだから……」
「この身体と
「そう! それなのよ!」
アシャスとヒカロアの会話に、我が意を得た、とばかりに
「途中のゴチャゴチャは置いといて、つまり、婚約指輪を受け取りに行ったあの時からは、記憶が一致してるってことよね? 同じ身体で体験してるわけだから」
「そう、だよな?」
「ですね」
「でしょでしょ? っていうことは、さ! 全員平均して、二十五歳くらいまでの記憶が別人でも、それ以後は一緒になるわけだから……」
「おい、自分だけ若く計算するなよ。おまえは今日で二十八歳だろ」
「うっさい! とにかく、例えば五十歳になったとしたら、人生の半分は別人の記憶だけど、残り半分は同じ記憶、同じような人格が占めるってことになるわよね? そのまま百歳まで行けば、これはもう、若い頃にちょっと変わった思い出のある普通の人じゃない!」
「……なるほど。百歳が普通かどうかはともかく、一理ありますね」
「すごいよ、
「
アシャスが苦言を
アシャスとヒカロアが、顔を見合わせて苦笑した。
「けど、まあ……そう言ってくれるのは、俺たちにはありがたい、のかな」
「感謝します。
「ぼくたちも嬉しいです! これからもよろしくお願いします、ヒカロアさん、アシャスさん!」
「んっふっふー! そんなわけで、あたしからサプラーイズ! 二人と二人の新しい
「え……?」
「お……おい、
慌てるアシャスを尻目に、ヒカロアが、さすがに
「
「
「ヒカロアさんとアシャスさんの幸せも、ぼくたちの幸せです。
「し、
慎一郎も、もう答えない。新婚初夜の豪華スイートルームに、アシャスとヒカロア、二人が取り残された。
「
「い、いや……その、ええと……」
アシャスが剣のように、胸元に両手で持ったシャンパングラスを、ヒカロアがするりと取り上げる。その時点で、もう顔が近い。
「ま……ちょっと、待て! って……」
「待ちませんよ。百三十八億年も待って、これ以上、どう待てと言うのですか?」
「それは……っん……!」
椅子に背中を押しつけられて、逃げようのない
「……やめ……」
一度、離れた
アシャスは、自分の言葉と身体がわからなかった。拒絶みたいに聞こえる。それでも、両手は少しふるえながら、ヒカロアのナイトウェアの胸元を握っている。
つむっていた両目に、涙がにじむ。暖かい。その
そしてまた、
ふわりと、浮かんだ。しがみつく。離れたいわけじゃない。
アシャスの背中を、ベッドのやわらかい衝撃が受け止める。薄く開けた目に、天井の間接照明と、ヒカロアのさみしそうな笑顔が映った。
「できますよ。あなたにも」
「……なに、が……?」
アシャスの胸が
初めて見る顔だった。どうしてそんな顔をするのか、自分がそうさせたのか、アシャスはヒカロアの腕を、力の入らない指で必死につかんだ。
ヒカロアが、視線から逃げるように、アシャスの耳に
「<
「……っ!」
「同時に私も<
ヒカロアの指が、胸に触れた。少し力が強くて、それでもナイトウェア越しの感触がもどかしくて、アシャスはまた吐息をもらした。
ヒカロアが、起伏の形をなぞるように、アシャスを
「一緒に死にますよ。それも良いでしょう。でなければ、やめてあげません」
「そんな……言い方……」
「ここまで来たのですよ? 最後は、神も運命も関係ありません。あなたの意思を……あなたのこの
ヒカロアが顔を上げて、アシャスを真正面に見た。顔が近くて、その顔が悲しそうで、アシャスは言葉を詰まらせた。
わかっている。
ヒカロアは、アシャスが一番言って欲しかったことを、言ってくれた。言われなくてもわかっていたことを、ちゃんと言葉にしてくれた。
言葉が、どんな行動よりも大切な瞬間がある。アシャスにも、もうわかっていた。
「さ、最初に、言ってる……!」
アシャスも、感情が涙になって濡れた目で、ヒカロアを真正面に見た。ヒカロアの腕を離さないように、微熱に溶けるような指に、ありったけの力を込める。
「考えて、ぐるぐる回って……結局、答えなんて、最初にもう出てた……」
旧世界で
一緒に、泣くだけ泣いて、笑うだけ笑った。走って、転んで、戦って、生きた。
百三十八億年が過ぎても、思い出は消えなかった。なにもかもが変わっても、また
怖くはなかった。
「おまえを愛してる。幸せだ。結婚して、家族になって……こんなに嬉しいこと、ない……! それだけだよ!」
ヒカロアの目が、アシャスと同じようにゆれた。アシャスは
「俺と一緒に……ずっと一緒に、生きてくれ。ヒカロア」
「もちろんですよ。私の
二人で、
そしてまた
求めて、溶けて、まどろみの中でいつまでも幸せを感じ合った。
〜 転生勇者のナデシコさんは、もうすぐ結婚する! 完(?) 〜
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