34.よろしくお願いしますね。

 有志提供ゆうしていきょうの動画上映が終わった。動画の講堂前と同じように、歓声と拍手はくしゅと口笛が、披露宴ひろうえんの会場に響き渡った。


 マイク前の、新婦友人と新郎友人が祝福の言葉を述べる。会場の照明がついた時、高砂たかさごの新婦が料理をむさぼり食っていたことは、みんな笑ってスルーした。


 披露宴ひろうえんは、おおむね、つつがなく進行した。


 新婦のウェディングドレスはプリンセスラインのスカートが大きな花のようで、オフショルダーのビスチェとトレーンも精緻せいち花模様はなもようのレースに飾られ、きらきらと純白に輝いていた。


 新郎のタキシード姿も、新婦のパートナーかつ引き立て役として、適切に機能した。


 二人が剣のような巨大なナイフを使って、やはり巨大なウェディングケーキを、目にも止まらぬ速さで正確な人数分に切り分けた時は、意外すぎる特技に会場中が唖然あぜんとした。


 新郎の上司と同僚は、メーカーの開発部門ということもあって、博士課程卒や修士課程卒がほとんどだった。


 一目瞭然で最年少の新郎に結婚を先んじられた者も多く、祝福半分、オープンなやっかみ半分のコメントが、会場を笑わせていた。新婦と一部の新婦友人が、カップリングだのウケだのセメだの、不穏当な会話で盛り上がっていた。


 他にも、新婦上司がオブラートに包まないスピーチで新婦同僚に取り押さえられたり、新婦母がちょくちょく高砂たかさごにつめ寄って新婦の耳をねじ上げたりと、新婦側列席者が少し暴走気味だった。


 新郎母は、落ち着いて見えた。


 披露宴ひろうえんを締めくくる謝辞しゃじで、新郎新婦との思い出を切々と語った。自分の役割も大きな節目を超えた、と言って涙をぬぐう姿に、誰もが、一人息子を女手一つで育て上げた感慨かんがいを見た。


 常識的には、他の感慨かんがいを見る余地がない。まさか宇宙開闢うちゅうかいびゃくから、百三十八億年を振り返っているとは、まともな人間は考えない。


 まともではない新郎新婦が、じとりと目を細めていた。


 まあ、そこまでは良かった。


 披露宴ひろうえんが終わって、招待客を見送った。


 会場前に親族だけが残った、最後の最後だった。


「本日はお疲れさまでした。挨拶あいさつに代えまして、私事わたくしごと恐縮きょうしゅくですが、この場を借りて御報告申し上げたいことがございます」


 潤子じゅんこが、かしこまって一礼した。


 撫子父なでしこちち杏介きょうすけ撫子母なでしこはは花菜はなが、すわ何事かと背筋を伸ばす。撫子なでしこ慎一郎しんいちろうが、きょとんと目を見合わせる。アシャスとヒカロアが、なにをやらかす気だ、と警戒する。


 かえでだけが、いつもの調子で頭をかきながら、潤子じゅんこの隣に並んだ。


「いやあ、めでたいついでだから、言っちまうけど」


「私たちも婚約しました。よろしくお願いしますね。慎一郎しんいちろう撫子なでしこちゃん」


 潤子じゅんこつづおりのバッグから、小さなダイアモンドが帯状おびじょうに配された、主張の控えめな指輪を出して、左手の薬指にはめる。


 その一連の動作が終わるまで、誰も、理解も反応もできなかった。


「え……ええええええっ? こ、婚約って……ちょっと、お兄ちゃんっ?」


「母さんっ? え? かえでさん?」


「か、かえでっ? おまえ、なんだ、急に……ええ……?」


「あら、まあ……潤子じゅんこさんと……あら、まあ……」


 撫子なでしこ慎一郎しんいちろう杏介きょうすけ花菜はなの目が、そろって呆然と丸くなった。


 潤子じゅんこは相変わらずの年齢不詳で、小柄こがらな美人だ。大柄おおがらりの深い目鼻立ちのかえでとセットにすると、お似合いと言えなくもない。


 少なくとも、年齢差ほぼ二十歳には見えない。それはそれとして、撫子なでしこがいち早く、視線を泳がせる。


「え? 待って? それじゃ、あたしとシンイチローって、夫婦だけどお兄ちゃんの義理の子供で、親の義理の妹ってこと……?」


かえでさんと母さんも、夫婦だけど妹さんの義理の親で、息子の義理のお兄さん、ですよね……?」


 撫子なでしこ慎一郎しんいちろうのつぶやきに、内心のアシャスとヒカロアも補足ほそくする。


「俺たちと女神さまたち、親子と兄弟姉妹の、両方だよな……」


「ついでに撫子なでしこの両親と慎一郎しんいちろうは、義理の親子、祖父母と孫の関係が並立しますね……」


 姻戚関係いんせきかんけいのからまり方が、たった二組なのに尋常じんじょうではない。青天せいてん霹靂へきれきと言うか、それこそ神のいかづちだ。


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


 合計六人分の沈黙に、かえで潤子じゅんこがほがらかに笑う。


「すごい展開で、俺も自分でびっくりしてるけどな! あはははは」


「人生、いろいろな驚きがありますわね! うふふふ」


 披露宴ひろうえんの会場には、まだ、おごそかな祝福のバックグラウンドミュージックが流れていた。



********************



 ホテル側の用意したスイートルームは、落ち着いていながら豪奢ごうしゃな雰囲気の、立派な部屋だった。


 静かで広くて、内装も上質、窓から見える夜景も美しかった。


 撫子なでしこ慎一郎しんいちろうも、会場の控え室で私服に着替えてから、ほとんど手ぶらで移動できた。ホテルスタッフが運んでくれた荷物を受け取って、シャワーを浴びてもろもろ洗って、ナイトウェアで乾杯する頃に、やっと人心地ひとごこちがついた。


 披露宴ひろうえんで出たボトルと同じシャンパンが、アイスペールで部屋にリザーブされていた。洒落しゃれた円形のテーブルに、夜景が見える位置へ椅子いすを並べて座る。グラスを軽く合わせて、人生の一大イベントのラストを飾る。


「それにしても、お兄ちゃんたちには驚かされたわね。腰が抜けるかと思ったわ」


「本当にね。ぼくたちも自分のことで精一杯だったから、全然気がつかなかったよね」


「あれ、式の前か途中で言われたら、全部持ってかれていたよな。女神さまたちも、一応は気をつかったのかな」


「私たちのすきを、最大限についたタイミングでもありましたけどね……まあ、結局のところ、今生こんじょうを誰よりも満喫まんきつしているのは、女神本人ということです」


 ヒカロアが嘆息たんそくする。全員が、それにならった。


「あ。今生こんじょうと言えばさ、ヒカっち。あたし、考えたんだけど」


「なんでしょう?」


「あたしとヘナチョコって、魂は一緒だけど、記憶が別人なわけよね? なんて言うか、生まれてからこの年齢ねんれいまで育った全部の記憶が、二人分にきっちり分かれてる、みたいな」


 撫子なでしこの質問に、ヒカロアは少し考えてからうなずいた。


慎一郎しんいちろうの知識、女神と魔王の言っていたことを合わせて考えるに、そういうことでしょう。多重人格……解離性同一症かいりせいどういつしょうと似ていますが、こちらは記憶を人格に統合する段階の障害であるのに対して、私たちの場合は逆ですね。統合済みの人格が、記憶として重複ちょうふくしている状態と考えられます」


「ヒカロアさんとアシャスさんって、今の記憶的に、何歳なんですか?」


「俺もヒカロアも同い年で、二十四歳だよ」


「ええっ? ぼく、二十五歳です! ヒカロアさん、年下だったんですか?」


「あはははははっ! やっぱり言われた! ヒカロア、おまえ、現世の常識的にもけてるよ! あはははははっ!」


 アシャスが、鬼の首を取ったように笑い倒す。ヒカロアは苦笑して、肩をすくめるだけだった。

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