30.王子さまをおとどけだ。
ほんの少しの瞬間、静かだった。アシャスの身体を、ふわりと、なにかが包んだ。
「まったくです」
アシャスの真上、すぐ近くから、呼んだヒカロアの声がした。
「何度、あやまってもらっても足りませんよ。本当に……あなたは」
「ヒ、ヒカ……っ?」
アシャスは、自分でも気がつかないうちに固くつむっていた目を、開いた。開いた目の真上に、猫っ毛の黒髪を少し乱した、優しい眼差しがあった。
「遅くなってごめんね、
「シ……シンイチロぉぉぉおおおぉぉぉっ!」
呆然とする視界の
「なかなか良い格好だな、
「ミ、ミツヒデ……? おまえまで、どうして……」
「説明するのは三回目だぞ。
ミツヒデの、黄金色の目が、ケージにぐったりと動けない四天王をにらみ据えた。
「おまえたち、後でお仕置きだな」
「は……はいぃぃぃ……! すみません、魔王さまぁぁあああ……っ!」
三毛猫、サバトラ猫、ハト、ハスキー犬が、
アシャスもようやく、なにが起きたのか、周りを見渡した。
薄暗い講堂の
だが
足元の方にミツヒデと、
「間一髪だが、王子さまをおとどけだ。
「お、お兄ちゃ……っ! 公務員、グッジョブ……ッ! えらい! ほめてつかわすぅぅううう!」
「だったら昔パクった漫画、新品で買い直して返せ」
泣きべそついでに、いつもの調子を戻す
苦笑しながら、右手を軽く振る。
よく見れば他も全員、変な姿勢で転がっていた。
一見して使いにくそうな形状だが、取手を持って外腕に
借りパクした学園バトル漫画の、
「……
「
「つまり、現行犯逮捕しかできないってことだろ? 仕方がないなあ……ッ!
そして薄暗がりの、それこそ海の底から
「そんな警棒だけで来るなんて、かっこイイなあ! がんばってよ! 俺、逃げるから! 俺には関係ないからさあッ!」
「いい悲鳴だ。クズの最後は、そうこなくちゃな」
声がどんどん
「拳銃で死傷者を出すと、後の処理が面倒くさくてな。ドラッグで痛みを感じないような連中は、こいつで手足を叩き折ってやる方が、結局は楽で良いんだよ。なんてな」
少なくともアシャスには冗談に聞こえなかったが、冗談だったようだ。
「逃げるなら、さっさと尻を見せたらどうだ? それとも口先だけで、やっぱり悔しいか? やることなすことクズのド畜生のくせに、プライドだけはブヨブヨにふくらんでるのか、犯罪者」
笑顔のまま、
********************
低予算ゾンビが視界の
結束バンドでくくられた指の痛みは
ヘーゼルナッツブラウンの髪に顔を半分うずめながら、ヒカロアが怒ったような声を出した。
「アシャス。あなたはいつまで、男性のつもりでいるんですか」
「え……?」
「女性としては
「お、多くない?」
アシャスの男性代表的な抗議を、ヒカロアが
「女性であれば成長過程で、そういう不特定多数を遠ざける意識を、
アシャスの
「誰からも愛される勇者でいては、もういけないのですよ?」
「……!」
アシャスは、ヒカロアの目から逃げられなかった。
逃げてはいけない現実を、ヒカロアの目が、うっすらと浮かんだ涙が、アシャスに突きつけていた。
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