24.これくらいさせてよ。
うつむいたアシャスに向かって、
「ちょっとびっくりした。
「当たり前だろ。もう、おまえの知ってる俺……あたしじゃない」
アシャスは顔を上げて、
「これだけは、あやまりたかった。本当だ」
「そんなに気にしなくて良かったのに。なんだか恥ずかしいな」
「
「そうか。俺……いや、あたしは」
「なにか食べる?」
アシャスの言葉を、
「は? ええと、それは……さすがに……」
「じゃあ、出よう。混んできたみたいだし、言いたいことは全部、言わせてもらえたしさ。ありがとう、
「あ、ああ」
「実を言うと、俺もこれから予定があってさ。サークルの後輩たちと、お祝いのパーティーをやるんだよ。たくさん集まってくれて、すごく楽しみなんだ!」
もちろん、アシャスとしても長話する気はさらさらなかったが、展開に頭が追いつかない。そして言われてみれば、店内の客が増えていた。
「お祝い……? へえ……」
なんとか、返事らしいものをしぼり出す。立ち上がっていた
「
「え?」
「……びっくりした? 冗談、ただの飲み会だよ! ここは払っておくから、先に出てて」
「いや、それは悪い……」
「イイから、イイから! これくらいさせてよ。今の俺、けっこう、お金持ちなんだよ?」
そう言って、
アシャスはその後ろ、壁際を伝うようにして、ファミレスの外に出た。
街灯と並んだ店の明かり、車道を走るヘッドライトで、ちゃんと夜になった今の方が、さっきより視界がはっきりしていた。
アシャスは、ほっと息をついた。
会話の内容は、それなりに常識的な範囲で、これからは会いにきたりしない、とも言っていた。
「あいつ……更生して、ちゃんと働いているのかな。最近の話と無関係なら、まあ……良かったか」
ファミレスの扉も外壁も、ガラス窓が大きくて、店内の客席、レジにいる
「センパイ!
はしゃいだ、若い女子の声だ。一瞬、会社の後輩かと思ったが、声の感じはさらに若い。アシャスが通りを振り返る。
「おめでとうございます!」
「おめでとうございます、センパイ!」
「おめでとうございます!」
一人ではなかった。まだお
「え? ええと……?」
アシャスは、意味のない声をもらした。二、三人の顔を見ても、
「
「馬鹿ね! まだ婚約だって!」
「いいじゃないの! もう同じようなもんですよね、センパイ!」
「これ、受け取ってください! みんなからの気持ちです!」
「え、ええ? ごめん。誰、だっけ……?」
「あたしたちも、本当に嬉しいです!
「おめでとうございます!」
「おめでとうございます! あの、彼氏さん……じゃない、旦那さんの写真とか、見せてくださいよ! のろけ話も、もうガッツリ聞きますんで!」
「あ! あたしもあたしも! ベンキョーさせてください、センパイ!」
「いや、その、君たちも……あれ? 知らない……」
アシャスは、一人一人、顔を見て記憶を探った。誰一人、知らない。
花束に埋もれた視界を、目が二往復、三往復する。やっぱり知らない。
花束からは、不思議となんの匂いもしなかった。
「おめでとうございます! ほらみんな、バンザイ三唱ー!」
「バンザーイ! バンザーイ!」
「センパイ! あたしたち、結婚祝いのパーティー、準備したんです!」
「来てくれますよね! ね!」
中心のアシャスを置き去りに、女の子たちの輪が、どんどん盛り上がる。声も大きい。周りの通行人が、迷惑半分、ついでの祝福半分で、苦笑しながら通り過ぎる。
アシャスは、なんだか気が遠くなってきた。
「いや、その……君たち、みんな……誰……だ……っけ……?」
声を出すのも苦労した。ろれつが回らない。
アシャスは、ひどく酔っぱらった時のように、頭も足もふらついた。意識が
女の子たちが、ふらついたアシャスの両腕を、がっしりとつかんで支えた。車道に、三台のミニバンが停車した。
扉が開いて、中から、やっぱりはしゃいだ祝福の声が聞こえてきた。
********************
電波のとどかないところにあるか、電源が入っていない。応答を聞いて、
地下鉄を使っていれば、現象そのものは珍しくない。それでも、退勤時に送ったメッセージにも、
「
今日は、
仮に、時間ぎりぎりに問題が起きて、取引先に出向く必要があり、地下鉄で移動する。
おかしなタイミングでもない。
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