21.俺が大魔王!

 カイチョーが、少し考える顔になった。


「ははあ……なるほど。それを壊すのが槍使いの破壊、全部が終わった後にやり直すのが勇者の創造、というわけですか」


「理解が早いニャ。人間にしてはなかなかニャ」


 三毛猫のブライストラがふんぞり返り、サバトラ猫のガロウィーナがうなだれる。


「ま、魔王さまが、<流転の宝輪ケルルパイル>に選ばれた時は……もう世界そのものが、崩壊の末期まっきに近くて……」


「む。魔王さまが世界を、かろうじて崩壊寸前で固定したが……それは残念ながら、人間と魔物が殺し合いを続ける状況の固定化にしか、ならなかったのだ」


「勇者と槍使いも、魔王さまと相対あいたいする頃には、もう気がついておったのでござろうが……」


 ハトのランスタンスと、ハスキー犬のディノディアロが、後をつなぐ。旧世界の終焉しゅうえんと、現に存在する新しい世界、顛末てんまつはそれなりに明らかだ。


「つまり、破壊と創造がセットになっている限り、こちらがどんなにがんばっても平気でリセットされる、ということですね」


 カイチョーが、至極しごくあっさり総括そうかつする。三毛猫のブライストラが、また毛を逆立てた。


「一回やられたニャ! だからリベンジには、細心の注意が必要なのニャ!」


「魔王さまは、どのようにお考えで?」


 現状を説明していないのだから、どのような考えも聞いているわけがなく、四天王がそろって口ごもる。


「そ、それは……正直、わかりませんが……」


「む。おそらく、を待っておられるのだ。聞けば勇者と槍使いは、転生のたびに、女神がケッコンとやらを画策しているらしい」


「それが破綻すれば、その転生時に限っては、破壊と創造が離別するようでござるな」


「我らは百三十八億年、転生を据え置かれたニャ! つまり、現場介入が可能で弱点になるということニャ! 女神がしびれを切らした今こそ、千載一遇せんざいいちぐうのチャンスなのニャ!」


 カイチョーが、少しじれた声を出した。


「では、どちらか一方だけを、さっさと殺してしまえば良いでしょう?」


「もちろん、最後はそうするニャ!」


 いいかげん、問答もんどうにうんざりしたように、四天王がみつものに口を戻す。三毛猫のブライストラが、じろりと、カイチョーを横目でにらんだ。


「神器が、今もこの世界にあるかはわからないけれど、女神もいるニャ。下手へたに刺激できないからこそ、魔王さまは臥薪嘗胆がしんしょうたんの思いで、勇者を監視しているのニャ! 我らは我らで、来たるべき魔王さま復活と世界征服の時に備えて、魔王軍を再編するのニャ!」


「……なぁんだ。ぐだぐだ言って、結局、魔王がヘタレで手をこまねいているってだけですか」


 カイチョーが、紙巻かみま煙草たばこもどきの煙を、ことさら大きく吐き出した。みつを溶かしたような甘い匂いが、しげった植物の密林とみつものの匂いに混ざって、空間に充満した。


 二匹一羽一頭が、すぐには反応できなかった。


「ニャ……ニャんだとっ? おまえ、急になにを……」


「あ、あれ……? お姉さま、私、身体が……」


「む。まさか、この食料に……! ディノディアロ……おぬし、自慢の嗅覚きゅうかくはどうした……?」


「な、なにも感じてござらぬ! こ、これは……」


「俺、無味無臭って言いましたよね?」


 ふらふらと動けない四天王に、カイチョーが薄笑いを浮かべた。


「体重で計算すれば、気絶してもおかしくない量だったのに、やっぱり実験って大切だなあ。撫子なでしこの時は、もっと多くしないと駄目か」


 カイチョーが透明な小瓶こびんを、これ見よがしに振る。中の液体が、紙巻かみま煙草たばこもどきの火に、きらきらと輝いた。


「しばらく同じえさを食べさせれば、あんたたちも俺の言いなりだ。ちょっと乱暴な手順だけど、まあ、動物なら怪しまれたりはしないよな。後で魔王も、あんたたちを使って同じ罠にはめてやるから、そうしたら、俺が大魔王ってことで良いよな?」


「お、おまえ!」


 三毛猫のブライストラ始め、四天王が愕然がくぜんとする。


「今まで、だましてたニャ……! 前世では散々、人間どもに言わせた台詞せりふを、自分が言うことになるとは無念ニャ……!」


「あっはははは! まあ、たましいがどれだけ御立派でも、現世の脳みそが動物じゃ仕方ないって! あんたらのせいじゃないよ、多分! あっはははは!」


 へろへろと床をうように飛んできたブライストラの火の玉を、くつの先で踏みつぶして、カイチョーが高笑いした。


 その笑い声に、広間の方からの、くぐもった嬌声きょうせいが重なった。すぐに何重なんじゅうにもなって、うねるような熱気がただよってくる。


「あっちもクライマックスだなあ。これさ、使ったまま気持ち良いことすると、すごいんだよ。もしかしたら本当に、脳みそのどこか、溶けてるんじゃないかなあ。撫子なでしこに使うの、楽しみだなあ」


 カイチョー自身が、小瓶こびんの中身を一滴、紙巻かみま煙草たばこもどきの吸い口に垂らした。吸って、吐いて、恍惚こうこつとする。


「俺さあ、退学になる前は、撫子なでしことラブラブだったんだよ。あいつ初めてだったし、いろいろ教えてやってさ。可愛かったなあ……こんなふうに思い出すんだから、やっぱり俺も、愛してたんだよなあ。うん、多分、きっと。あははははは、ははははははは……」


「お、おまえ……正気かニャ……?」


「嫌だなあ。正気だったら、しゃべる猫なんて相手にしないって。なあ、言っただろ? 脳みそのどこか、もう溶けてるんだって」


 カイチョーが手招きすると、同じスプリングコートの男女が、ペット用のケージを四つ持って現れた。もがく二匹一羽一頭を、それぞれ適当に回収する。


「勇者がそんなに怖いんなら、いいさ、大魔王さまに任せておけって。また俺のもんにしちゃえば、おまえらも安心で、みんなハッピーだろ? 人類みんな兄弟姉妹! 無差別平等にラブラブで平和な世界! あはははははははは……!」


 カイチョーが、紙巻かみま煙草たばこもどきの火を、床でみ消した。フードを上げて、色あせた赤茶色の髪をかきむしる。


撫子なでしこ……こんな形で、またえんがつながるなんて、やっぱりおまえには俺しかいないんだよ。今度はちゃんと、わからせてやるからさあ! おまえが勇者? 俺が大魔王! 良いよな、それ。運命の二人ってやつだよな……!」


 紙巻かみま煙草たばこもどきを放り捨てて、目が茫洋ぼうようと、この場にいない影を見る。自分で言ったように、なにかが溶け崩れるような笑顔だった。

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