19.安心しました!
ホテルの廊下を、右、左、と軽く見る。
「自動販売機の一つくらい、ないもんかね」
ロビーまで行って、レセプションで聞けば、どこかのすみにある肩身の狭そうな庶民向けコーナーを教えてくれるだろう。
「どうかなさいましたか?」
声に振り向くと、日本料理店の
「いや、まあ……たまには、缶コーヒーでも飲もうかと」
確かに、理由になっていない。コーヒーだろうと紅茶だろうと、今時、日本料理店でも頼めば出て来る。
「先日、あなたにお話ししたことを、
「まあ……。こちらこそ、申しわけありません。
「警察をありがたがるのは、不幸な善人だけです。幸せな善人と、幸せでも不幸でも悪人には、
「ですが、そう言ってくださるということは……安心しました! あなたの浮かない顔は、俺のせいじゃないと思って、良いですかね」
「え……?」
「お恥ずかしいですわ。先日の私は、そんなにはしゃいで見えましたか?」
「いいえ。先日と比べて、ではなく、今日のお気持ちが晴れていないように見えます」
「マリッジブルーですか」
「あら。
「そんなことはないでしょう。一所懸命に育てられた息子さんを、他の女に取られる女親……同じように、大切な娘を他の男に取られる男親も、まあ、一番の座を自分から他人へ明け渡す瞬間です。ブルーにくらいなりますよ」
「一番、ですか」
「心理学者じゃありませんので、細かいことは言いっこなしですよ。まともな親なら、子供を愛してます。女親にとっての息子、男親にとっての娘、これも理屈じゃないでしょう」
「そう……ですね……」
まっすぐ
「そんなふうに考えると……ええ、
祝いの席だからだろう、仕事帰りの先日よりも鮮やかな口紅が、隠れた瞬間、強い印象を残した。
「もうずいぶんと長い間、あの子たちを見ていたものですから……私が一番、あの子たちを……ふふ。本当、
「
「息子より先に、息子の嫁にと、願っておりましたよ」
「それは、まあ……うちの両親と同じで、先走ったものですね。なんだかんだでこうなってみると、運命のようにも感じられますか」
「ええ、運命です。お笑いになりますか?」
「笑いませんよ。最後は、二人の意思が選んだハッピーエンドです。それを手伝ってくれたのなら、運命でもなんでも信じます」
「信じますよ。だから……俺は今、あなたを笑いませんが、あなたには後で、二人と一緒に笑ってもらいたいです。心からの祝福で、一緒にです」
「私が笑うのを、あなたも願ってくださる、ということですか」
「はい。ちゃんと約束してくれるなら、そうですね。そんな
そして深く、一礼した。
「
「はあ。それはもう、喜んでおうかがいしますが」
さすがに、
初めて会った時もそうだが、この
多分、長く無言で向き合っていた。先に動いたのは
「私のこと、
「なんでも信じるとおっしゃっていただけて、そして、私が笑うのを願ってくださって、嬉しかったです。せめてもの心づくしに、
含み笑いが、大輪の
浮かれたため息ではない。どちらかと言うと、なにかやらかしたっぽい、動揺を飲み込んだ一息だった。
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