15.話の落とし方っ!

 結局、四人横並びのようになって、いろいろ重めの昼食を食べていると、呼び鈴が鳴って玄関の開く音がした。


 慣れた調子で、すぐにリビングへ、三十歳ほどの大柄おおがらな男が現れた。


 骨太ほねぶとで、少しくたびれたネイビーのスリーピースを着ている。短い黒髪とりの深い目鼻立ちが精悍せいかんで、撫子なでしこと似ていても、印象はだいぶ違っていた。


「や、遅れて申しわけない。撫子なでしこの兄、奈々美ななみかえでです。よろしく、慎一郎しんいちろうくん」


 かえでが一礼して、おどけた調子で警察手帳を提示ていじする。


捜査官そうさかんやってます。民事不介入みんじふかいにゅうは適当に無視するから、撫子なでしこが暴れたら遠慮なく呼んで。こっちがプライベートの名刺ね」


 そう言って片手で差し出されたカードには、名前と携帯電話の番号が、子猫の頃のミツヒデの写真と一緒に印刷されていた。


 捜査官そうさかんとは、刑事一課でなくても、いわゆる刑事だ。それにしては人懐ひとなつっこい笑顔で、かえでがテーブルに座った。


 ならんだ撫子なでしこ慎一郎しんいちろうの、慎一郎しんいちろうの隣に撫子父なでしこちち杏介きょうすけがはべって、撫子なでしこの隣に撫子母なでしこはは花菜はなめているので、かえでが一人で上座側かみざがわの奇妙な形になる。


 誰も、気にしていないようだった。


「よろしくお願いします、かえでさん。冴木さえき慎一郎しんいちろうです」


「もともと、後輩なんだって? 撫子なでしこのことをよく知ってて、それでも選んでくれたなんて嬉しいよ! 正真正銘のふつつか者だけど、末長く……」


「やめてよ、お兄ちゃんまで! それもうやったから! 二回目!」


「おっと、外したか。悪い悪い。それじゃあ、おわびに、ほれ。ラ・トルレのフルーツタルトにございます」


 かえで大柄おおがらな身体の後ろから、手品のように紙袋を差し出した。


 改めて思い返せば、警察手帳を見せたのも名刺も、片手だ。本当にさりげなく身体を使う、武道や体術の動きだった。


 アシャスと、多分ヒカロアも、内心でちょっと目を見張った。


「おお、それなら許すわ! 良きにはからえー!」


 調子に乗った撫子なでしこに、かえでが苦笑する。


「切り分けるくらい、おまえがやれ。母さん、俺、紅茶ね。アールグレイが良いな」


「黄色いリプタンしかありません。お皿も出すから、ほら撫子なでしこ、手伝って」


「えー、やるけどさ。こういう時に女ばっかり働くのって、もう古い……」


 調子ついでに口をすべらせた撫子なでしこほおを、花菜はなが、すかさずひねり上げた。


「あら、まあ。お父さんは一家代表のホスト役、かえでは顔合わせしたばっかりで、他の誰にやらせるのかしら? まさか慎一郎しんいちろうくん? ん?」


「ふ、ふみません、おはあさま」


 いつもは慎一郎しんいちろうにも奔放ほんぽう撫子なでしこが、家族の中では相応にやり込められている。微笑ほほえましいと言えるのかわからないが、アシャスは安心感のようなものを覚えた。


「おまえも人の子なんだなあ。なんだかんだ言って、やっぱり嫁入り前のむすめさんだよ」(小声)


「うっさい、ヘナチョコ。なに、その上から目線? ムカつくー!」(小声)


 台所で、渡された包丁を空中に向かって振り回す撫子なでしこを、花菜はなの、ちょっとすごい目が制した。撫子なでしこの後ろに、慎一郎しんいちろうも来ていた。


「食器の上げ下げくらい、ぼくも手伝います。結婚のための挨拶あいさつなんですから、お客さんじゃなくて、家族扱いの方が嬉しいですよ」


「あら、まあ。こちらこそ嬉しいわ」


 花菜はなが、ころっと上機嫌な顔になる。


「やりますね、慎一郎しんいちろう。ついでに手も握っていれば、完璧でしたが」(小声)


「おまえと一緒にするなよ! それにしても、まあ……お母さんも顔、器用に使い分けるもんだなあ」(小声)


「あんた、雑なのは女性全般なのね。そりゃ姫さまと、くっつけなかったわけだわ」(小声)


「か、かか、関係ないだろ、今そんなことっ!」(小声)


「そうだよ、撫子なでしこちゃん。もうヒカロアさんって人が、ちゃんといるんだから」(小声)


慎一郎しんいちろうくんっ? 話の落とし方っ!」(小声)


 腹話術でごちゃごちゃ言い合う撫子なでしこたちに、笑顔の花菜はなが、人数分のケーキ皿とフォークの乗ったお盆を差し出した。


「それじゃあ、私は紅茶をれるから、撫子なでしこ慎一郎しんいちろうくんと先に戻って、ケーキを分けて。わかってると思うけど、慎一郎しんいちろうくんの言葉を額面通がくめんどおりに受け取ったら、張り倒すからね」


 笑顔の圧が、さすがにアシャスにも伝わった。恐々と首をすくめて、四人の二人でリビングに戻る。


 リビングでは、杏介きょうすけかえでが談笑していた。テーブルの上のフルーツタルトと見比べて、撫子なでしこが、いつになく真剣な顔になる。


「あれ……? いつもは単純な四つ切りだったけど、今日は五等分ってこと? 難しいわね……」


 かえでが、あきれた声を出した。


「おまえ、本当に普段、料理してないんだな。こういう時は八等分で良いんだよ」


「小さすぎるわよ! それなら、あたし二つ食べて良い? 良いよねっ?」


撫子なでしこ、さっさと切りなさい。母さんが来る前に」


 杏介きょうすけの深刻な顔に苦笑して、慎一郎しんいちろうが、いやヒカロアが、撫子なでしこを後ろから抱くように手をえた。


「手伝いましょう」


「うわわっ? こ、こら……!」


 思わず、アシャスが奇声を上げる。ヒカロアが耳に、くちびるを寄せた。


「し。さわぐと、変に思われますよ」(小声)


「おまえ、急に……余計なことするなって言っただろ! 近い! 顔が近いって!」(小声)


「なんの問題もありません。婚約者同士です」(小声)


「ヒカっち、サプライズにグッジョブよ! ヘナチョコ受けもバッチリ! 二人の共同作業的、さりげなく肩を抱いた手もイエスねッ!」(大きな小声)


撫子なでしこ、うるさいっ!」(かろうじて小声)


 すずしい顔で、ヒカロアが包丁の位置を整える。目標は、小さなタルト台からあふれるカスタードとフルーツで、山盛りだ。まっ赤なふくれっつらのアシャスが、すとん、と刃を振るう。


 ものの数秒で、目標が形を変えないまま、きれいな五等分になった。今度はかえでが、軽く目を見張る。


「……へえ? すごいな、慎一郎しんいちろうくん」


「恐れ入ります。五角形は魔法陣……いえ、漢字の火の字なんかをイメージすると、うまくいくんですよ」


「それにしても、フルーツを一つも崩さず切ってるな」


「あ、それは俺……いや、ちゃんと、刃物は使い慣れてるから。安心して下さいよ、お兄さ……お兄ちゃん!」


「……」


 アシャスとヒカロアの、あまり上等ではないフォローに、だがかえでも、それ以上は言わなかった。カチャカチャと澄んだ音がして、花菜はなが、葡萄柄ぶどうがらをあしらった磁器のティーセットを持って現れる。


 かえでリクエストの、アールグレイのベルガモットこうはない。それでも、穏やかに甘い芳香ほうこうがリビングに広がって、またひとしきり歓待かんたいが始まった。

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