第三幕 魔王計画?

13.感服致しました!

 山あいの静かな夜、木々の影は夜空より黒い。その隙間すきまから、おぼろげな明かりがもれていた。


 都心のイメージからだいぶ離れているが、一応は都内だ。明かりがもれている建物は、ある大学が所有する体育館だった。


 宿泊棟しゅくはくとうが隣接していて、定期的に委託いたくの業者が巡回管理する以外は、申請した学生が自由に使える。おもに、体育会系サークルの合宿所として利用されていた。


 学生の宿泊行事となれば、夜遊びが盛り上がるのも無理はないが、この日は少し様子が違っていた。


 体育館の明かりは薄暗く、ぎっしりとつまった男女が、無秩序に声を上げていた。汗ばんだ湿気に、みつを溶かしたような、甘い匂いが充満している。各所で怪しげなこうかれていた。


 最初は、酒の席だったのだろう。床に大量のビール缶や、スナック菓子の袋が、あちこち島のように放置されていた。


 心臓の鼓動に似た、重低音の音楽も流れている。どこか陰々とした騒ぎの中、誰もが蕩然とうぜんと、うつろな目を壇上だんじょうに向けていた。


 壇上では、ちょうど、安っぽいマジックショーのような出し物が終わったところだった。


「ニャはははは! みんな盛り上がってて、良い気分だニャ!」


 ちっぽけな火の玉を二つ、くるくると頭上で回転させながら、三毛猫のブライストラが笑った。壇上だんじょうそでへ引き上げる後ろに、サバトラ猫のガロウィーナも続く。


「あ、あの、お姉さま……これ、大丈夫なんでしょうか?」


「どういう意味ニャ?」


「む。それがしも、少し奇妙に思っていた。なんと言うか、情念じょうねんが無意味に浪費ろうひされているような……」


「魔王軍の頃の魔術儀式に比べると、方向性が定まっていない感じは、するでござるな」


 ハトのランスタンスと、ハスキー犬のディノディアロが、そでから人間たちの騒ぎを見て、首をかしげる。ランスタンスを頭に乗せたディノディアロの方は、気をつかったのか、角度にしてほんのわずかだが。


「会長さまばんざーい!」


「自然の恵みに、感謝をー!」


「世界が平和に、なりますようにー!」


 人間たちの無秩序な声は、内容もとっ散らかっていた。


 きしめたこうの甘い匂いと、汗の湿気、大きくなる鼓動のような音楽と、でたらめに始まった踊りっぽい動きが、山あいの夜の体育館をぱんぱんにふくらませていた。


「んー、こういうことは下々に任せていたから、細かい部分がわからないのはしょうがないニャ。我らは上で、方針だけ決めていれば良いニャ」


「で、ですから、その方針とか方向性が……」


「いやいやいや、今日もお見事でございました、四天王の皆さま! 感服致しました!」


 壇上だんじょうそでの、重なったカーテンの影から、調子の良い声と拍手はくしゅが飛び出した。


「いつもながらの魔法の冴え! 火の玉も水しぶきも、いや、その美しく可愛らしいお姿も、とにかく素晴らしいですよ!」


「ニャ……ニャはははは! そうだろう、そうだろう! 苦しゅうないぞ、カイチョー!」


 三毛猫のブライストラにカイチョーと呼ばれたのは、背の高いせぎすの男だった。


 ブラックジーンズにダークグリーンのスプリングコートを着て、コートのフードを目深にかぶっている。隙間すきまからこぼれた髪は、色あせたような赤茶色で、細いあごの辺りで方々にはねていた。


 シバトラ猫のガロウィーナが引き気味に耳を伏せて、ハトのランスタンスとハスキー犬のディノディアロが、ややうんざりした目を向ける。


 三毛猫のブライストラだけが、御満悦ごまんえつだった。


「我らにかかれば、この程度の魔術儀式、仕切るのに雑作もないニャ! それで、どうニャ? ここの連中は、どれくらいで魔王軍の兵士になれそうニャ?」


「あと四、五回くらい、でしょうかね」


 カイチョーが壇上だんじょうそでから、薄暗い体育館の中、てんでばらばらに踊りながら汗まみれになっていく男女を見下ろした。


「判断力は、少しずつ弱めていく必要があります。今の状態でも、それなりに言うことは聞かせられますが、後で騒がれると厄介なので」


 カイチョーが片手に、大ぶりで先端のとがった、植物の葉をちらつかせた。


こうで吸収するのは効能が浅く、軽い記憶の混乱と、楽しい、気持ちいい、高揚感なんかだけが残ります。せいぜい、盛り上がった飲み会ですね。そうして次も、また次も、と自発的に常習させるのが最善なんですよ」


「現世の洗脳は面倒くさいニャ」


「し、仕方ありませんよ、お姉さま。私たちの魔法も、あまり大したことはできませんし……」


「む。だが、魔法はたましいの力だ。こうした儀式で感覚を思い出していけば、あるいは、転生前のように戻れるかも知れぬ」


「気の長い話でござるなあ」


「まあまあまあ! そこは自分が、お手伝い致します! 魔王さま、四天王の皆さまが完全復活されるまで、現世の手足となる所存にございますよ!」


 カイチョーがまた、調子良く笑って手を打った。


 背後のカーテンが寄せられて、カイチョーと同じスプリングコート、同じようにフードを目深に下ろした男女数人が、何台もの台車で大量のプランターを並べた。化学肥料混じりの土から、小さななえがのぞいている。


「それではまた、いつものように、こちらの儀式もよろしくお願い致します。外にもまだ、たくさん用意しておりますれば、なにとぞ!」


「任せるニャ! 我ら四天王の力は、自然の調和をつかさどる神器の力が源流げんりゅうニャ! 植物の成長促進など、今のままでも朝飯前ニャ!」


 三毛猫のブライストラの安請やすういに、他の三天王が顔を見合わせる。それでも、まあ、いなやはなく従った。


 二匹一羽一頭の、むにゃむにゃとした精神集中に、壇上だんじょうそでの空間がゆらいだ。四つに増えた火の玉の光と、きりのような湿気、そよ風をプランターの土の波動が吸収して、なえが急速に成長する。


 たちまち青々としげった花穂はなほと葉っぱを、スプリングコートの男女が片っぱしから収穫していった。


「ニャははははは! せいぜい油断してるニャ、女神、勇者! 今生こんじょうこそ我ら四天王が世界征服を成し遂げ、魔王さまにほめてもらうニャー!」


 高らかに笑う三毛猫、微妙な顔のシバトラ猫とハトとハスキー犬、軽快な拍手はくしゅのフードの男、黙々と植物の収穫を続けるフードの男女、広い体育館をぎっしり埋めた汗まみれの人間たちと、山あいの夜の片すみが奇怪なカオスにふけっていた。

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