10.幸せを実感しています。

 撫子なでしこ慎一郎しんいちろうが予約した結婚式場は、披露宴ひろうえんの会場も一式で備えた、都内のホテルだ。評判も上々で、会場装飾の実例写真もセンスが良い。


「イメージはさ、やっぱりピンクが外せないのよ! でも、ピンクと白でふわふわって、ちょっとイタい年齢だし、難しいのよねー」


撫子なでしこちゃんなら、みんな、笑って済ませてくれると思うよ」


「ふぉ! 時々、あじが鋭いわ、シンイチロー。いや、まあ、そうだろうけどさ」


「気になるなら、濃いめのグリーンかブラウンを入れると、落ち着いた雰囲気になるってエグゼクシィにも書いてあるよ。プランナーさんに相談してみようよ」


「前から思ってたけど、なんで結婚情報誌なのに、そんな強そうな名前なのかしらね」


 当のホテルのレセプションホールで、撫子なでしこが、他愛のない話で笑う。


 撫子なでしこは淡い花柄のトップスにオフホワイトのロングスカート、慎一郎しんいちろうはベージュのテーラードジャケットに黒のスリムパンツで、それなりに場に合わせている。


 この週末は、ウェディングプランナーと、ホテルで打合せだった。少し早い時間に来て、二人で勝手にあちこち見て回る。


 いや、正確に言えば、人格は四人分だ。


「パーティー会場の飾りつけなんて、そんな気にするもんかなあ。適当に花でも置いておけば、充分じゃないか」


「あなたは舞踏会も祝典も、土壇場どたんばで逃げていましたからね。姫がいつも、怒り心頭……いえ、さみしそうにしていましたよ」


「上流階級の礼儀作法なんて覚えられないよ。おまえみたいなのと、育ちが違うんだから」


 アシャスとヒカロアの雑談に、撫子なでしこが割って入る。


「なになに、ヘナチョコとヒカっちって、身分差もあったの? 属性、重ねてくるわねー!」


「なんか言い方が引っかかるけど、こいつは貴族のお坊ちゃんだよ。金持ちで顔も良いから、女の子に手が早くてさ」


「ヒカロアさん、そんな感じですよね。それがどうして、アシャスさん一筋になったんですか?」


慎一郎しんいちろうくんっ? 話の広げ方っ!」


「ヘナチョコ、墓穴ー!」


「そうですね。自分でも不思議ですが……出会った瞬間には、もうかれていたのだと思います。彼女たちにも誠意は尽くしましたが、やはり、最愛の人におもいを伝えられない苦しさが、一時の救いを求めてしまったのかも知れません」


「おまえ、それをあのたちの親御おやごさんに言ってみろよ」


「時効です」


 アシャスの嫌味を、ヒカロアが、しゃあしゃあと流す。百三十八億年もっていれば、なにをか言わんや、だ。


「それにしても、前も話に出てきたそのお姫さま、扱いが雑よね……勇者とお姫さまなんて、王道中の王道なのにさ」


「ゲームと一緒にするなよ。王権制度って、厳しいんだぞ」


「民衆的には、完全に既成事実でしたけどね。アシャスは他にも、この人柄ですから、私なんかよりよほど老若男女に敬愛されて、大変でしたよ」


「ヒカロアさん的には、会う人みんなライバルみたいなものだったんですね」


慎一郎しんいちろうくん、君、まとめ方も相当おかしいからね? 自覚してね?」


 そうこう腹話術で騒いでいるうちに、予定の時間になった。


 ウェディングプランナーは、さすが的確に、二人のイメージや希望をすり合わせていった。


 打合せ中は当然、アシャスもヒカロアも黙っていた。


 アシャスなどは、料金表を見てめまいをこらえたが、御祝儀ごしゅうぎというシステムも撫子なでしこの知識で知ってはいたから、あきれるやら感心するやらだった。


 式と披露宴ひろうえんの、大まかな規模やイメージを固めたら、次はホテル側の都合を含めた、詳細な調整のスケジュール決めだ。撫子なでしこたちの個人的な予定も、この中に組み込まれる。


・プロポーズ(済!)

・両家に事前連絡、式場/挙式の日程を決める(済)

・新郎家族に挨拶あいさつ

・ドレス試着/仮予約

・新婦家族に挨拶あいさつ

・両家顔合わせ

・挙式


 前二つは済んでいるのだから、今さら不要だが、撫子なでしこ嬉々ききとして手帳に書き込んだ。それを踏まえて、ウェディングプランナーが日程表を後日まとめる形で、この日の打合せは終了した。


「ねえ、ちょっと! スイートルームだってよ? 盛り上げてくれるわねえ、プレミアムな初夜しょやよ、初夜しょや!」


「大声で言うなよ、そんなこと!」


 撫子なでしこ無頓着むとんちゃくに、アシャスが代わって赤面する。


 結婚式当日、特に新婦の撫子なでしこは、朝早くから会場入りして準備する。結婚式から披露宴ひろうえんまで、ほとんど丸一日の大仕事だ。荷物も着替えも多くなる。


 そこでその後の一泊、スイートルームを確保して、会場と控え室からホテルスタッフが荷物を運んでくれるサービスを提案された。撫子なでしこは二つ返事だった。


「エグゼクシィのランキングも、伊達だてじゃないわね! まあ、かんを引きずったオープンカーで走り去るのもあこがれだったけど、そっちは泣く泣くあきらめるわ」


「どこの外国かぶれだよ? やられてたまるか、そんなこと」


「あはは、ブライダルカーも素敵だよね、撫子なでしこちゃん。郊外の、敷地の広い結婚式場なんかは、やってるところもあるみたいだけど」


「ここでは難しいでしょう。仕方ありません。慎一郎しんいちろう、私たちが腰から空き缶をぶら下げて、花嫁を抱いてり歩きましょう」


「やめろよ! 恥さらしにもほどがあるぞ!」


「ナシじゃないわね……そのうち、後ろ半分だけお願いするわ! 最後にベッドに、ボスンって落とすやつ!」


撫子なでしこっ! つつしみっ!」


「あ、今夜でも良いのか。んっふふふ、知ってるだろうけど、今日はここにお泊まりデートよ? スイートルームとは、いかないけどさ」


撫子なでしこ慎一郎しんいちろうくんのデートだろ! お、俺には関係ないよ!」


「こんなこと言ってるよ、ヒカっち」


「幸せを実感しています。新婚生活が楽しみですね」


「ヒカロアさん、強いですね」


 慎一郎しんいちろうが苦笑する。それとは別に撫子なでしこが、なぜか、我が意を得たり、とばかりに悪い顔になった。


「仕方ないなあ! それじゃあ、夜はあたしたちがイチャイチャするから、今日これからは、あんたたちにお任せするわ! じゃあねー!」


「え? あ、おいっ? なんだよ、急に?」


 撫子なでしこが引っ込んで、今度は慎一郎しんいちろうではなく、ヒカロアが苦笑する。


「急に、ではありません。前にも宣言していたことですが、なかなか見事な誘導と撤退てったいぶりですね」


 言われて、アシャスも記憶をたどる。すぐに合点した。


 今日、このホテルに部屋を取ったのは、そうするだけの予定があったからだ。


 明日はここの式場で、貸し衣装の試着をさせてもらう。挙式は先だが、人気のあるデザインは、早めに予約しておく必要があった。


 そして今日これからは、このホテルの中華料理店で、慎一郎しんいちろうの親と会食する予定だった。

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