8.またそんな言い方する。

 結局、あの後は丸一日、アシャスが仕事をさせられた。


 撫子なでしこは寝ているわけでもなかったが、自分に都合の良いこと以外、返事もしない。ランチタイムとか、おやつ休憩なんかはすぐに出てきて、女子社員たちとの雑談は担当してくれたから、それはそれでアシャスも助かった。


 定時で手早く切り上げて、地下鉄を乗り継いで、マンションに帰り着く。


「夕食は昨日のデートで買い込んだ、百貨店のお惣菜そうざいで良いよな。パンかご飯、あったっけ?」


「いらないわよー。夜は炭水化物抜きが良いって、イケメンのテニス選手が言ってた」


「それは小麦グルテン抜きだろ。自分の記憶くらい、ちゃんと整理しろよ」


 ぶつくさと一人で言い合いながら、ダイニングキッチンの扉を開く。中を見て、少し固まった。


 黒猫のミツヒデの他に、三毛みけとサバトラの猫が一匹ずつ、ハトが一羽、茶白ちゃしろのハスキー犬が一頭、車座くるまざになっていた。


 そろって、アシャスに顔を向ける。


「な……なんだ、おまえらっ? おい、ミツヒデ! こいつら……」


「魔王さまニャ! 下僕げぼくの分際で、勝手につけた名前を呼び捨てとは、二重の無礼ニャ!」


 三毛猫が、前足を振り上げて叫ぶ。転生前の女神の台詞せりふではないが、それだけで、アシャスにも大体わかった。


「なんだよ、もう! 他にも誰だか、いたのかよ!」


「ニャんだ、その言いぐさは! にっくき勇者め、我らの顔を忘れたかニャ!」


「変わってるだろ、顔! 多分!」


 毛を逆立てる三毛猫に、アシャスがまともに反論する。撫子なでしこは早速、傍観者ぼうかんしゃの体勢だ。


 ハトが、ハスキー犬の頭に飛び乗って、格好をつけるように片翼を広げた。


魔王軍統括まおうぐんとうかつ、四天王! 風のランスタンスなり!」


 無駄にすずしげなイケボだ。


 続けて、頭に乗られたハスキー犬が、気をつかったのか動かずに尻尾だけを振る。


「同じく、地のディノディアロにござる!」


 渋い男の声が、実直で単純そうな犬種のイメージに合っていた。リード用の、上品な革の首輪もしている。どこかの飼い犬だ。


「み、水のガロウィーナです」


 おずおずと、サバトラの猫が頭を下げる。態度だけでなく、声も口調も、どこか気の弱そうな女のそれだ。


「そして四天王のリーダー、火のブライストラ! 魔王さまのくところ、我らありニャ!」


 一羽一頭二匹の最後に三毛猫が、後ろ足で立つ勢いで大声を張り上げる。わかりにくいが、三毛猫だから高確率でめすのはずだ。


「おまえはバカそうだから、語尾に違和感ないな」


「ニャんだとう!」


 アシャスの正直な感想に、三毛猫、火のブライストラが、また毛を逆立てる。ミツヒデが、にゃあ、と、えらそうに鳴いた。


ひかえろ、ブライストラ。勇者もな。此奴こやつらとて、今のおまえに、ことさら敵意があるわけではない」


「まあ……見てくれは、信じやすいけどな。思い出したよ。いたな、四天王だかなんだか、面倒だった魔物。ほとんどヒカロアが倒してたから、俺は印象が薄いけど」


 アシャスがため息をつく。


「それにしたって、また、どうして……」


「最終決戦で説明したと思うが、此奴こやつらは吾輩わがはいたましいと、自然の調和をつかさどる神器の力を、分散させた存在でな。そのため、吾輩わがはいの転生と一括ひとくくりに扱われてしまったのだ」


「な……」


「どうだ。女神は大雑把おおざっぱだろう」


 確かに、と、アシャスもあきれずにはいられない。いくらもののついでと言っても、転生の仕方がどうかしている。


「風のハトと、地のハスキー犬はともかく……水と火が、なんで猫なんだ? 基準がわからないよな、これ」


「うるさいニャ! 現世には、ちょうど良いのがいなかったのニャ!」


 三毛猫がまた怒る。なるほど、そういうところは火っぽいと言えた。


「水は魚で良いじゃないか。火は……確かに、どうしようもないな。タヌキなら、せめて背中が燃やされてるイメージだぞ」


「そ、そんな一人罰ゲームな行動制限、いりません!」


「燃やされてる、ってのはなんニャ! イメージで殺されたらたまらんニャ!」


「うん。まあ、そうか」


 サバトラ猫と三毛猫の主張に、一応、納得する。


 なにをどう納得したのか、自分でもわからないが、アシャスは考えるのをやめた。


 そして、にゃあにゃあクルッポーバウワウとうるさいダイニングキッチンを背に、バスルームでお湯を入れ始めた。




********************




 クレンジングオイルで化粧を落とし、髪と身体を洗ってから、暖かいお湯に肩までつかる。


 髪の洗い方で、撫子なでしこがごちゃごちゃ言ってきたが、アシャスはとりあえず無視した。まだ一日が終わっていないかと思うと、気が滅入めいる。


 とにかくいろいろ、ありすぎた。


「なによ、だらしないわねえ。仕事はやらせちゃったけど、それ以外は全部、あんたの知り合いじゃない」


「そうだけど……いや、そうだな。撫子なでしこからすれば、俺が持ち込んでる迷惑だよな。ごめん」


「またそんな言い方する。キャラが増えて楽しい、って言ってんの」


 撫子なでしこが、洗ったばかりでつるつるのほっぺたを、自分で左右に引っぱった。さすが本人は、出るのも引っ込むのも器用にこなす。


「あたしは、なんにも迷惑してないよ。面倒なことやってもらえるし、あんたとヒカっちもしカプだしね! ミツヒデたちだって、良い盛り上げ役じゃないの」


「カップルじゃないよ!」


「愛してるって言ったじゃん」


「それは……」


 アシャスが口ごもる。


 男同士と言い返して、むしろ喜ばれるのだから世話がない。身体的には男女なのだから、なおさらだ。取り残された繊細せんさいなオトコ心は、理解されそうもなかった。


「……そんな、簡単なもんじゃないよ」


「ま、良いけどねー。ヤる気になったら、いつでもオッケーよ! すぐにシンイチロー呼んであげるから!」


「き、昨日も言ったけど、女の子はつつしみってものをだな……!」


「あんた、あたしでしょ。理事長先生やミツヒデも言ってたけどさ、確かに他人って感じじゃないのよね。自分相手につつしんだって仕方ないじゃないの、ほら」


 撫子なでしこが、お湯から立ち上がる。


 当たり前だが、裸だ。けっこう自慢できる大きさの胸も、それなりに細いウェストも、お尻も見下ろせる。


 認識しているのは撫子なでしこの脳で、意識がどんなつもりでも、アシャスが実際に、別人の男として反応できるわけではなかった。

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