第4話 慧眼
牛の怪物と灘は、激しい戦いを繰り広げていた。横浜ベイブリッジ中腹での衝撃は海に響き、小さな波を作っていた。怪物は空中からの衝撃波や肥大化した手を使ってコンクリート片を辺りに弾き回す。
茅愛 は攻撃をよけつつも、怪物の本質を見ようと試みる。ただ自分の目にはただの暴走した怪物にしか見えず、どうしても【心】を見る事ができなかった。
場所を変え、位置を変え、見方を変え、目をつぶって心の眼で見ようとも試みた。しかし、全く見えない。どうして見えないかはわからないが、ただの怪物で人の姿は全くない。
不意に茅愛は視線を変え、灘の様子を見る。すると、彼女は茅愛に視線を向け、自身が持つ護符を茅愛のいる方向へ貼り付ける。また彼女は自身の足にも付与魔法を使って、空中へと飛び上がる。長時間の浮遊はできないが、怪物がいる地点まで飛躍する事ができた。
彼女自慢の長い脚は、怪物の頭に一発蹴りが入る。顔面に直接あたったのか、怪物は一瞬ひるんだ。
その瞬間、怪物から目を離さずにじっと見ていた茅愛だが、この一瞬の隙を茅愛は見逃さなかった。
どこの誰かはわからないが、どこからともなく声が聞こえたのだ。その声の主は怪物化した人物の心だった。
【ごnei[‘ah[agre;abv a’yfe9]nv めikog[ayん】
大きな砂嵐の中、アンテナと電波があったように一部だけ聞き取れた。自分よりも少し幼い声な気がした。もう少し電波が合えば、もっと鮮明に声が聞こえるはずと考え、一瞬茅愛は怪物に近づく。
「こっちにくるな!!!」
そういって灘が付与魔法の効果を使って、爆風を起こす。そして茅愛を元にいた位置まで戻す。彼女に遠慮という文字はなく、台風時のような風が横浜に吹き荒れた。
茅愛はたじろぎつつも、その場から離れて観察する。また同じような隙ができれば、幼い少年の心の声を感じ取れると思ったからだ。ほんの隙間を探して茅愛は一転集中しだした。
しかし、一向に感情の電波が合わない。何度も何度も試すがまったく繋がらない。こんなにも繋がらないとは思っておらず、茅愛は焦り始めた。
「焦るな。愚か者が!!!」
戦いのさなか、大きなコンクリート片が茅愛の方に飛んでくる。逃げだそうにも戦いによる爆風が影響して全く身動きが取れなかった茅愛に、それは迫ってきた。
死を覚悟したが、灘が助けに入る。巨大なコンクリート片を足技で砕き落すという大技を繰り出した事で難を逃れた。
ただ灘の表情は険しく、今にも烈火の如く怒りを辺りにぶちまけそうだった。恐ろしさを感じながらも、灘は茅愛の頭を1度げんこつで殴った。そのまま続けて茅愛に話を始めた。
「深呼吸をして息を整えろ。整えたら、耳を澄まし【心】を感じ取れ。声が聞き取れるはずだ。」
そういって灘は再度怪物の元へと向かった。いわれた通りに俺は怪物になった人の心に耳を澄ませ、感じ取れる努力をした。だが、感じ取れず自分自身がここにいる意味を問うようになってきた。
「俺がここにいる意味はあいつの【心】を感じ取る事だ。でも、なぜ感じ取れない?」
隙間に隠れて、その場へしゃがみ込む。橋の隙間に隠れた事で足元が少し見えている状態になった。鉄骨部分とコンクリート部分のつなぎ目といった場所に逃げ込んだらしい。
怪物が浮遊する位置に地面がない事に茅愛は気づいたのだ。ほんの少し移動するたびに地面が揺れ、砂となり陥没する。これの繰り返しが起きていた。
「さっき、あいつ砂嵐の中で『ごめん』って誰かに謝ってたよな、、、、、、。」
茅愛は何か異変に気付き始める。灘からの説明にあったように【心】を失った事で暴走し怪物と化しているのなら、その失った感情が元になって怪物になっているのではないかと行きついた。
さらに、灘が戦いの初めで言っていた ‘あいつの本質を見てくれ’ の本当の意味に気づく。それになぜ早く気づけなかったのかと茅愛は大きな声を出しながら、頭をバリバリと引っ掻き回す。大声を出したことで余分な考えは抜け、頭を掻き回した事で自分の不甲斐なさを実感した。故に、茅愛の状況を一瞬にして灘は確認できた。なんせ、彼の状態を声で確認する事ができたのだから。
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一方そのころの灘こと、カナリアの魔女は【牛モデルの怪物】に手を焼いていた。アンバランスな体に加え、空中浮遊をしている状態であるにもかかわらず、怪物は俊敏に動き回る。
ただ攻撃パターンはあまりなく、怪物の一瞬の隙を見逃す事がなければ互角に戦えるような状態だった。
相手はコンクリート片を辺り一面に投げ、それらに隠れて敵と距離を詰めていく。そして巨大な手を振り回す。そして、巨大な手を使って敵の体を掴み投げとばす流れ。
しかし、こちらの隙をついて大きな行動に出てくる戦法である事も確かだ。それが一番、怖い。
「にしても、こいつさっきから謝罪ばかり口ずさんでいるじゃないか。」
ずっとごめん、ごめん、ごめんと呟きながら攻撃をしてくる。「謝罪の念があるのなら、女に攻撃するなって」のと灘は心の中でつぶやく。
しかし、謝罪の念が強くなれば強くなるほど攻撃方法も乱雑になってくる。攻撃と感情が連動している様子を灘は観察する。
そして灘は職業病ゆえ、もうすでに怪物の【心】の位置を把握していた。心の位置を把握しながら、茅愛を「焦るな」と叱り・心を探す方法を簡単に伝えていた。
なぜ彼に【心】の在処を伝えたのかは自分でもよくわかっていない。ただなんとなく、同属であると感じたから、ただそれだけだった。
怪物からの攻撃をうまく避けながら、灘は怪物の懐にまで近寄る。
「お前の【心】はあの子が見つける。苦しいだろうが、もう少しの辛抱だ。」
怪物の顔に手を添えて伝える。怪物は一瞬ひるみ、何が起きているのか理解できていないようだった。しかし数秒後、すぐさま剛撃を仕掛け、灘を捕まえようとするが彼女は一気に遠くまで逃げてしまう。
何度も何度も近くに来ているのにも関わらず、全く捕まえられないのが嫌だったのか、怪物は大声を発する。
それと同時に、茅愛の大声が重なった。
「全く、ようやくかい。」
あきれた風に言いながらも、どこか嬉しそうにいう灘の表情はいつも以上に明るかった。
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「俺、あいつの心にばかり気を取られて本当の意味で本質見ようとしてなかったじゃん!!!」
茅愛は、そう言って見つけるときの着眼点を一から考え直す。方法は間違っていなかった、ただ茅愛の見方・視点を間違えていたのだと認識しなおす。
そして茅愛はコンクリートと鉄骨の間から飛び出て、怪物がいる位置へと走って向かう。
その間、敵からの攻撃は止まらない。だから自身が持つ体育で培ったスキルを使って、少しずつ近づいていく。怪物の【心】はどこにあるのか、そして本質が何か、それを見ながら一気に走り詰めていく。
ただこの時、茅愛は無意識に発動していたものがあった。それを見た灘は、戦闘体勢から変わって施術の体勢にシフトチェンジする。
「さて、仕事の総仕上げと参りますかね。」
何だろう、体が熱い。特に右目がなんだかいつもと違う状態だった。右目は弱視だったため、コンタクトを入れていたがそれがいらないぐらい目が回復している事に気づく。そして怪物自身の声も鮮明に聞こえた。
また、怪物の【心】の在処も、先ほどまで全く見えていなかったのに対し、鮮明に見えている。
俺は興奮と恐怖心を覚えながらも、灘さんの隣へと走った。
「灘さん!!!」
そう声をかけると、灘は手を差し伸べる。そして戦いのさなか同時並行して創り上げていた防御結界を完成させ、茅愛を迎え入れる。
「落第点だが、初めてにしては上々だ。しかもこの目を使えるとは、いやはや今日は驚くことばかりだな。」
茅愛は彼女の声に気づかなかった。防御結界の中で集中して本質を見ようと必死に目と頭を回転させた。集中をそいではならないと感じた、灘は面白そうに顎に手を当手ながら、防御結界を何十にも重ねた。
「あいつの心は、すごいぼやぼやしてて、炎みたいにゆらゆらしているように見えます。だけど、なぜか悲しそうにも見えるんです。」
「. . . . .(上級者にしかできない色の選別までできるのか。)」
すると茅愛は怪物の頭上にある天使の輪がある方を指さす。
「あそこにあります。あいつの【謝罪の心】は、天使の輪の中心にあります。」
灘は、ニコッと悪趣味に笑う。そして茅愛の頭をぐしゃッと撫でまわして、茅愛に伝えた。
「君の持つ眼は一級品だ。奪われないようにしておけ。」
「はい?」
俺はこの人が何を言っているのかわからなかった。でも目がいつも以上に見えて快適である事は分かる。これが一級品なら、全世界の人々の両目は一級品になるのではないかと思った。でも、彼女の言動からそういう意味ではないという事がわかる。
「ふふふ、まあ、後々わかる。」
そう言いながら、彼女の頭に着けているかんざしを取り外して、先端を怪物の天使の輪がある方へと向ける。
「ああ、君の右目だが、
そういって、彼女は一気に空中へと昇りつめ、怪物の頭頂部にある天使の輪の中へと入っていった。
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