第3話 対峙

 地下通路から出ると、海が目の前に広がる。綺麗な海とは言えないが、海に近づくと横浜に生息する魚たちが泳ぎまわる姿があった。そして、目の前に広がる海から少し右側へ視線をずらす。視線をずらした先に見えるのは【横浜ベイブリッジ】だ。


 「茅愛少年、もう時間がない。ここからは感覚が重要となってくる。五感を使って探しなさい。それが私から伝えられるただ1つの助言だ。」


 五感を使って探す、という事は視覚に頼りすぎてはいけないという事なのだと感じ取る。そんな中、自分たちが来た方向に目を向けると怪物が暴れまわっているのか、その一帯で砂埃が起きていた。

 地響きも同じ方向から聞こえる。距離にして2キロ近く離れているが、安心できない状態である事はたしかだ。ただ茅愛が思うような怪物像ではないことが外に出てわかった。


 「恐竜ぐらいのサイズなのかと思ったか、彼らの大きさはその人物の負の感情が大きく影響しているため、容姿が必ずしも巨大であるとは限らない。」


 まだ怪物の姿を見ていない俺に対して、灘は俺の考えを見透かして伝えてくる。


 「負の感情?嫌いとか、死ねとかの?」


 「そう。そして負の感情の根本には、怪物になった人物の悲しさや嫉妬心等様々だ。それに気づき、心を浄化・抜けた分の心を返す事で人に戻せる。」


 茅愛は頭をカリカリと掻きまわす。


 「なるほど。まずはその負の感情を感じ取って、本質を見抜けって事ですね。」


 「理解が早くて助かるよ。」


 優しく微笑みを浮かべながらも、これからの戦いに備えて彼女は準備運動を始める。準備運動を軽くしながら、俺は「もし俺の上に姉が存在したのなら、こんな感じの人なのだろうか」と思った。

 なんとなく、頼もしい人物が俺の背中を支えてくれているような不思議な感覚だ。

こんな事を考えている一方で、灘は準備運動を終えると右手を俺に向けて彼女は呪文を唱え始めた。


【我、そなたらに乞い願い奉る。人の子を守るために我らに加護を与えたまえ】


 呪文を唱え始めると、彼女の周りに小さなシャボン玉のようなものがプカプカと浮かびあがり、パチンッとはじけた。はじけたシャボン液は俺と彼女の足元の周りを円形上に包み込む。液体は俺らの全身を空気ごと包み込むと、漫画でいるオーラのような形で2人に定着する。


 「簡易的な防御結界だ。1度だけ衝撃から身を守ってくれる。」


 そういって、彼女は腕を下ろし、ベイブリッジに向けて歩みを先に進めるが、茅愛は違った。初めて見た魔法・結界・呪文は、きれいで興奮が止まらなかった。大変な事態である事は理解しているが、知識欲を掻き立てられる興奮に浸っていたかった。


 「マジすっげぇ!!!!!!!!」


 「ほら、行くぞ!!」


 俺は興奮しっぱなしだった。ファンタジー世界にしかなくて、現実では起こりえない現象だと思っていたからか、目の前で見る事ができたという事が何よりもうれしかった。

 心からの感嘆が口に出ていた。


 「ヴゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」


 後ろから雄叫びが聞こえる。かなり広範囲に音が広がっているのが分かったが、まだそれほど近くにいるわけではない。だが、2人はベイブリッジを目指しながら、一気に歩みを進めていく。

 周囲には一般人がいなかったため、近くに乗り捨てられていたバイクを拝借する。2人はそれに跨って目的地へ向かう。最近捨てられたようなバイクで、ボロボロながらもガソリンがしっかり入っていた。


 ドンドンッと大きな音が鳴り響き、音がどんどん近くなる。バイクでベイブリッジ近くに来ると、突然後方にある高速道路が破壊された。コンクリート片はあたりに散らばり、俺たちもバイク事吹き飛ばされた。

 灘・茅愛に結界を施してくれたが、ここで防御の効果が切れてしまった。

 

 「くそったれ、なんちゅう破壊力だい。」


 口元が切れたのか、血をぬぐいながら灘は言う。高速自動車道が破壊された事で砂埃が発生する。そして、その中から「怪物化」した人が現れた。


 頭頂部から足元にかけて、右側が大きく変形している。頭には牛のようなツノ、耳はエルフのように角が目立つ。牙はギザギザだが、前髪が邪魔で表情は見えない。

 右腕は肥大化し、怪物化した本人よりも大きい。鋭い爪と黒くなった腕は堅いものを全て砕く。右足は牛のような形をしており、二股の蹄になっていた。しかし、かかと部分にも鋭い爪が伸びており、一蹴りされたらひとたまりもない。

 ドシンッと歩いてくると、一度停止し空中を浮遊しはじめる、さらに怪物の容姿にも変化が現れた。

 頭頂部には天使の輪のようなものが浮かび上がる。だがそんな綺麗なものではなく、もっと黒く・禍々しいものだ。

 高速自動車道を破壊した時よりも怪物化が進行している事態がまずい。一緒にバイクに乗り込む。走って目的地へ向かうのは自殺行為だと直感で感じ取り、急いでバイクでベイブリッジの方へ向かう。


 辺り一帯を破壊しながら、突き進む怪物と共にベイブリッジの中腹に到着する。2人はバイクから降り、怪物と対峙する。怪物は2人の方を向き、手を地面にこすりつける。爪がコンクリートと当たる事で火花が散った。

 怪物が2人に近づくにつれて、緊張感が走る。しかし、灘は違った。ニコっと微笑み、茅愛に安心感を与える表情をして、緊張をほぐした。茅愛の両肩の震えが落ち着くと、灘は彼に話始める。


 「茅愛少年、これから私が時間を稼ぐ。その間できる限り、あいつの本質を見てやってくれ。そうすれば自ずと【心】がどこにあるか分かるはずだ。ただし、目を頼りすぎるな。五感を信じろ。その点に気を付ければ君でもできる。安心して私に背中を預け給え。」


 俺にお日様のように暖かい言葉を伝え終える。そして彼女は俺の肩に手をあてて一歩前へ踏み出した。

前に歩みを進めていく中、途中ちらっとこちらを振り向いて「あんたに託す。」と口パクで伝えてきた。今日会ったばかりのこの俺を信頼してくれていると思うと胸が熱くなった。


一方、灘は怪物の前に立ちふさがり怪物にこう伝える。


 「怪物モデル:牛さん、あんたの悩みをこの私【カナリアの魔女】が祓ってあげる。そしてあんたが探している心を一緒に見つけてあげるから、あんたの負の感情を素直に、この子へ見せな!!!!」

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