第2話 カナリアの魔女
「死ぬってどういう事!?」
俺は目の前にいる不思議な女性に問う。足を止めてわざわざ俺にこの状況を伝えようとしてくれている。だから、悪い奴ではないと俺は感じた。
それにしても物騒な言葉だったため、戸惑いが隠せなかった。
すると女性は舌打ちをし、来た道を振り返る。ぶつぶつと独り言を言い始める。なんだか、聞いた事のない呪文を途中途中唱える。すると、女性は右手中指にある金具にキスをして俺の方を振り返る。
「少年、走りながら説明する。ついて来たまえ。」
女性は俺にそう言って、俺が来た道とは違う方向へ走り始める。すると女性は俺の斜め前を走りながら、俺に自己紹介と逃げなければならない説明を始める。
「私の名は
「了解です。じゃあ、
そう伝えるとカナリアの魔女こと灘は、ニヤっと微笑む。後ろを軽く振り向きながら、道や俺たちを追いかける何かを確認しながら会話を進める。
「了解した。では
「そんな所まで走るの!?」
俺はそこまで走れる自信がない。そこまでのスタミナはないし、海まで行けるかどうかも危うい。しかし、そんな事は関係ないとばかりに灘は俺との会話を続ける。
「私よりも若いのに何をいう。まあ、確かに走り続けるのはつらいな。」
そう言って、灘は俺の横へ移動し空き家ばかりの住宅地へ移動する。一軒家の中に入り、リビングルームへ入る。一見普通の住宅だが、灘は板の間を外して地下通路を探し当てる。 首都直下地震を経験してから、日本家屋だけでなく洋風の家でも頑丈な部屋を持つように設計されるようになった。この家もその造りで、床下に頑丈な通路を作る事で逃げる通路を準備していたのだ。
灘は、俺にこっちへ来るように指示を出す。俺はそれに従い、床下にある道を進んでいく。
辺り一帯は薄暗いが、先にある出入口の光を頼りに進んでいく。
「この道を進むと海沿いへ出る。多分山下公園近辺に出るはずだ。先ほどまでいた人間が急に消えたからな。きっとあいつは消えた私達を探しているだろう。その時間を使って説明する。落ち着いて聞き給え。」
「あざっす。」
道を進みながら、灘は説明を始めた。
「まず、私達を追いかける存在を【シビト】と私は呼んでいる。ホラー映画に出てくるようなゾンビではなく、全くの別物だ。何らかのきっかけで心を失い、それを取り戻すために暴走する怪物になる。そして暴れまわった後、エネルギー切れ、死人のように無気力になる。」
俺はそれを聞いて、わからない事だらけで頭の上に「?」をたくさん浮かべる。しかも、追加説明なしで放置されそうになるため、俺は彼女が一息ついた隙に、こう質問する。
「なら、無気力になるまで放置すればいいじゃないですか。暴れても大丈夫な場所を探して。」
そういうと灘は足を止めて俺に向き直る。そのときの表情は悲しげで辛そうな表情を浮かべていた。
「茅愛少年、このシビトは自分が持つ生命エネルギー、寿命を使って暴れる。そのため、その炎が消えれば人は死ぬ。その前段階が無気力だ。ここを過ぎるまでに、抜けた心を取り戻さないと彼らは怪物と化したまま石化し、亡くなってしまう。」
彼女が怪物に対して使う言葉がやさしく、そして彼らが「人」である事を忘れず、それを踏まえて説明している姿を見て、俺は相手の感情が手に取るようにわかる人なのだと初対面ながら思った。
しかし説明を聞いているのも束の間、俺たちは地上からの揺れを感じ取る。地盤に攻撃しているかのように、激しい衝撃音が地上で響く。2発目の衝撃音は、地下にいる俺たちにもはっきり聞こえるようになった。
......この様子を観察しながら、灘はこう呟く。
「ああ、怪物化が進んだな。」
顎に手を当てながら頭上を見上げる灘、一方で俺はこの話を聞いて、居ても立っても居られなかった。なぜ心がなくなってしまったのかは謎だが、助けたいと心の底から思った。
怪物化が進んだなら尚更、心を取り戻して返すべきだと考えた。
「灘さん、俺、怪物になった奴を助けたいです。そんでもって、そいつがなんで怪物になったのか原因を聞いて、助けてやりたいです。灘さん、そいつの心ってどこにありますか、教えてください。」
俺は胸に手を当てながら灘に怪物となった人を助ける方法を教えてほしいと懇願する。基本、茅愛は他人とは関わりを持たず、極力避ける傾向にあるが、今回の茅愛は違った。
灘は、サラっと言った俺に驚いた顔をする。そしてブハッと口から息を吹き出し、アハハと大笑いをする。俺は変な事を言ったと一瞬思ったが、彼女は爆笑した後、俺の両肩に手を置いてこういい始めた。
「怪物に対して助けたいという人間は初めてだ!!怪物の消滅とか一般人への被害を抑えるとかばかりを言うやつらなら知っているが、そうか君は化け物ではなく、私と同じ感情を持って彼らに接するか。アハハハハハ!!!!!」
邪な感情を持たない無垢の瞳を見て、さらに爆笑する。外見に囚われず、本質を見て対処したいという青年に私は感激した。また自分と同じ考えを持つ存在がいるのかと、プレゼントよりも嬉しかった。
すると、灘は茅愛の額に右手人差し指をあてて、俺の瞳を見ながら言ってきた。
「彼らの心は光り輝いて、ここにいるぞと主張している事が多い。きっと君になら分かるはずだ。【心】の位置が分かったら私に伝えてくれ。」
「心って……俺にも見えるの!?」
「ああ、多分(笑)」
「多分!?!?
あんたカナリアの魔女だろう、見つける方法とかコツとかをもう少し詳しく教えてくれよ!!!」
茅愛は、前を歩く灘を追いかけながらコツを掴めないかと必死に聞きだす。心という目に見えない存在に対して、対処方法もわからない全くの未経験者が【ここに彼の心がある】だなんて分かるはずがない。
だから、茅愛は焦った。気分的には高校受験を受けるときの感覚に似ている。両手が震え、そんな大役ができるのだろうかという考えが頭の中を駆け巡る。
それに勘づいたのか、灘は茅愛の近くへ足を戻す。
「こればっかりは感覚の世界だからな。まあ、茅愛少年の事だから、何とかなるだろう。それに私が、彼をどうにかして食い止めよう。その間に君は彼の【心】を見つけてくれたまえ!!」
茅愛の背中をバンバン叩きながら、とびっきりの笑顔で前を歩き始める。さながら、大きな味方を手に入れたかのように、嬉しそうだった。
一方で茅愛は不安で仕方なかった。だって心を取り戻す方法が不明確で、かつ探し方が雑すぎて恐怖心の方が勝る。後ろを守ってくれているとはいえ、やはり怖い。
体育会系のスパルタ根性で頭を使わず感覚でコツをつかみ取る方法、しかも彼女の持つ謎の自信を見て、慎重に行動し、足元をすくわれないようにしようと心に誓った。
そんな俺は出入口近くに到着すると、心を無事見つけようと自身の心に決める。
「……頑張るしかない。」
自分の頬を両手でたたいて気合を入れる。地下通路にその音が鳴り響きながらも、茅愛は覚悟を決めて1歩を踏みだしたのだった。
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