ほぼ全知となった私

桐弦 京

1

 特に数えていなかったけれど、間違いのない101回目の8歳の誕生日がやってきた。やってきたというより戻ってきたというのが正しいかしら。


 私の名前は、ソフィア。アイオネイト公爵家の令嬢。7歳でこのゼロテウス王国の第一王子であるフーロ様と婚約をしました。フーロ王子は金髪碧眼の美男子で、その姿絵から年頃の令嬢にとって憧れの存在でした。かくいう私もその一人でした。ですので、婚約が決まった時には思わずはしゃいでしまって、お母様から淑女たるものがみっともないなんて言われてしまいましたか。


 では自己紹介も終わったので、戻ってきたことについて言及していきましょう。


 まずはどこから戻ってきたのかから。これは私が未来で死ぬ瞬間からです。今回は隣国に我が国の機密情報を流したことで婚約破棄の上で処刑でしたね。機密情報が流れていたのは本当ですが、私が流したのではなく、隣国の工作員が城勤めの文官にハニートラップを仕掛けて見事にかかったことが原因です。少し調べればわかることでしたのに、王子やその側近はおろか他の大人たちですらしていませんでした。まあ、我が家を追い落とすために調べず王子たちに乗っかったんでしょうね。


 ですが、国内の機密情報が容易に抜かれてしまう状況で、こんな騒動を起こして王国内で王家に次ぐ勢力を誇る家を陥れていては、未来は暗いでしょう。


 さて次はどうやってなのかですが、正直わかっていませんでした。ただ、これしかないというものはありました。それは祝福と呼ばれるものです。この世界において、神と呼ばれる存在は数多くいます。そんな神から授けられる特殊な力を祝福と呼びます。そして、この祝福を得て後世までその名が轟く存在も数多いです。有名なのは、魔導王でしょうか。彼が得た祝福の力を他の人間にも扱えるようにしたもの、魔術を作り上げた稀代の天才。そして、そんな魔術では時間を逆行するようなことはできません。ならば、その基になり特殊なことが可能となる祝福でなければ不可能なことでしょう。


 では、祝福と仮定して、誰がしているか。これもわかっていませんでした。私自身の可能性はないので、私に使う他の人でとなると両親や友人、使用人くらいですが、わざわざ私に使うほど親しいとか強い感情持つ人に心当たりがなかったのです。


 おさらいのように考えをどこかの誰かに向かって語ってみましたが、ひとまずこの誕生日を乗り切ることから始めましょう。


 この誕生日は王子との婚約が成って初めての私の誕生日なのもあり、王家と公爵家の結びつきの強さと私が第一王子の婚約者であることを周知する目的も含めて、王家と公爵家によって盛大に夜会が開催されることになりました。国内の貴族に止まらず周辺の友好国からも使節が訪れています。先にあげた情報が流れていたという隣国からも私の2つ年上の第二王子とその母方の生家である侯爵家の当主が参加されています。


 この王子、私が婚約破棄された場にもおられた方でもあるんですよね。それも毎回。前回の場合ですと、私がこの方に懸想して情報を流したとかフーロ様はおっしゃって一緒に捕まっていましたか。隣国の王子を牢にいれる判断に衛兵は戸惑って、フーロ様を何回も確認して、さっさとしろという怒鳴り声にようやく連れて行っていましたね。


 ああ、隣国の王子ばかりでは疲れてしまいますし、名前は語っておきましょう。リイン・ウクゼオネと言います。隣国の名はウクゼオネ王国です。彼の父親が国王になってから軍事に力を入れて周辺国に圧力をかけてきているはた迷惑な国です。急な軍備拡大路線には国内でも反発の声が大きいのですが、そのご自慢の力で脅しをかけて黙らせているんですよね。


 また話が逸れてしまいましたね。とはいってもこの場では何の騒動も起こらないのですが。12歳の頃まではフーロ様もまともでしたから。この夜会でもエスコートはそつなくこなして、周囲からのあいさつにも緊張しながらも受け答えしていました。


 それは今回も同じようで、今まさにしっかりとエスコートしてもらっています。こちらから話を振っても笑顔で答えてくれています。本当にこの状態からなぜあそこまで堕ちていくのか。私や公爵家にも話を通したうえで方々に根回しをして、かつ王子の能力が高いと分かれば、身分の低い男爵家の令嬢を王妃に据えることはこの国では不可能ではないのですから。にもかかわらず、12歳でその彼女と出会ってから努力をしなくなり、私にも冷たくなってしまわれた。


 その心を取り戻そうと奮闘した最初とその後の10回の生で得たのは、王子は彼女に本気で恋していることと当の彼女はそんな気持ち微塵もないことでした。


 こんなことを考えているうちに夜会も終わってしまっていました。さあ、ここからは時間との勝負です。婚約破棄からの処刑の宣言が行われるのは、学園の卒業記念パーティーの場。学園は16歳から18歳までの間、マナーや学業、交流の場としてあります。つまり、時間としては約10年です。この間に私が望むものを手に入れて、不要なものを切り捨てる。そのための準備をしなくてはなりません。


 王子の寵愛を取り戻すことに費やした11回


 取り戻せないことに絶望して自ら死を選んだ2回


 王子を諦めて自らの興味を優先した15回


 この現象の解決に向けて動いた9回


 ある確認のために費やした2回


 私の願いのために必要な力を得るために24回


 情報を得るために方々を駆け回った37回


 そして、今回。


 そろそろ全部もらってしまいましょう。





















「お前との婚約は破棄する!そして、ここにいる彼女と新たに婚約することをここに宣言する!!」


 フーロ様に言われてしまいました。


 茶番劇の開始の言葉であり、公爵令嬢(わたし)の終わりの始まり。


 今回の破棄の理由は彼女への不当な扱いに関して。物が無くなっていたり、階段から落とされたりしたこともあったのですが、そちらは確実な証拠を出していたので言及されていません。彼女のマナーがなっていなかったので苦言を呈したり言葉を交わさずに素通りしたりしたことはやり玉にあがっていますね。


 まあ、こうなるように仕向けたのですが。こうしないと尻尾をみせないので。


 そろそろフーロ様が私への沙汰を言い渡される頃合いですかね。何と言うかはもうわかっていますし、この後の展開もわかりますが、最後でしょうしちゃんと聞いておきましょう。


「故に、お前は国外へと追放する。彼女の温情に感謝せよ!」


 周りの生徒たちや来賓の反応は、呆れている者とこれからどうなるか思案する者に分かれています。


「委細承知致しました。それでは失礼致します。」


 さっさと会場から出てしまいましょう。


 そして、黒幕を釣りあげましょう。


 と、噂をすれば来ましたね。


「婚約を破棄されたばかりの君に告げるのはいかがなものかと思うが、私と婚約してはもらえないだろうか。」


 リイン王子が私に自分と婚約してほしいと言ってきた。


 私の答えは決まっている。


「まあ、婚約を破棄されたような私にそのような言葉を下さり、ありがとうございます、リイン王子殿下。」


「その婚約、お受け、させていただきますわ。」


「本当かい!?こんな時だったから今日は断られても仕方ないと思っていたよ。まあその場合何度でも君に愛を告げるつもりでいたけど。」


「あらあら情熱的ですわね。ですけど、あまり接点もない私をそこまで望んだのはなぜ?」


「面と向かって言うのは恥ずかしいけど、初恋なんだ。君の8歳の誕生日を祝う夜会で初めて見たその時から。けれど君は婚約していたから諦めないといけないと思っていたんだ。でもチャンスが巡ってきて、逃したくないと思って。受け入れてくれて本当に嬉しく思うよ。」


 知っていますよ。


「そんな頃から。ああ、こんな場所で立ち話をしていても仕方ありませんわ。私の屋敷にいらっしゃいませんか?」


「いいのかい?」


 リイン王子がそう言う。そして少し体がふらついている。


「構いませんわ。それに少し休まれた方が良さそうですわ。」


「そうだね、お言葉に甘えさせてもらうよ。君と婚約できたことが嬉しくて興奮しすぎたのかな?少しふらふらするんだ。」


 では、こちらへ、と馬車の方へ手を引く。彼と共に馬車に乗り込んだところで魔法を使う。彼を眠らせる魔法と幸せな夢を見せる魔法を。


 こちらの対処はひとまずこれで良し。次は両親ですね。といっても会って王子からの宣言内容を伝えてしまえば、激怒して縁を切って追い出されるでしょう。それでいいのでさっさと終わらせましょう。






 無事?縁を切られ屋敷を出されました。


 さてさて、では答え合わせといきましょうか。


 まず、このループを起こしていたのはリイン王子です。最初の、とつけるべきですか。彼の祝福は、一人を対象にして、決めた条件が満たされるまで対象の時間がループするものでした。今回は、私が対象で、リイン王子が私を手に入れるまでが条件でした。私が対象なので、記憶がそのまま戻っていくのも私だけでした。


 ではこのループを終わらせるにはどうするか?私が考えたのは婚約を結ぶことでした。ただその1度目はうっかり殺されてしまって戻ってきていました。2度目は婚約してすぐにこちらから破棄したところ逆上されて殺され戻ってきていました。ここから、少なくとも私が彼より先に死ぬと戻ることがわかりました。婚約して婚姻までいった後、私が先に死ぬパターンとか彼の方から破棄してもらうパターンとか後いくつか考えられましたが、彼と婚姻したくない気持ちが強いのでなしの方向で。


 というわけで、今回取った方法は、夢の中で私と結ばれた一生を過ごさせることでした。過去の祝福について調べた結果、彼の祝福のような場合、彼がどう感じるかが鍵だと結論付けました。つまり、彼が私を手に入れたという風に感じられればいいということ。実際に、でなくても。


 なので、夢の中で彼は愛する彼女と幸せに暮らしました、おしまい。なお、現実では体が衰弱しています。こんな風にしてみたわけです。これでだめなら、やりたくなかったパターンを試すしかないですね。


 さて次は、私がリイン王子と結ばれたくないと思っているかです。正直、容姿という面ではフーロ様よりリイン王子の方が良いと思います。ただ、私がこの時間の牢獄に閉じ込められた原因ですし、フーロ様と私の仲を裂いた張本人でもあるんですよね。


 彼が、フーロ様にかの男爵令嬢を送り込んだ張本人だったのです。目的はお察しの通りです。どうやら、ある大国で起こった婚約破棄騒動を参考にしたようです。その国ではクーデターが起こって王家が倒されました。私たちの場合だと、私が婚約破棄されて追放、その先でリイン王子と婚約する、不当だった婚約破棄による私の名誉回復のために圧力かける、なんやかんや理由つけて戦争して占領、の流れだったようです。


 彼が王子にハニートラップ要員を送らなかったら、フーロ様は聡明なまま私が横に並んでいた未来があったかもしれないと考えるとさらに許せそうにありませんでした。


 勿論、ハニートラップの要員の排除もしましたよ。ただ、二の矢、三の矢と用意されていて、それらを排除したと思ったら、普通に自国の令嬢に骨抜きにされていました。その令嬢は当初リイン王子との繋がりはありませんでしたが、途中から援助されていましたか。


 そんなこともありフーロ様のことも許せそうにありません。100回中100回他の方に目移りしていますからね。何度か私も彼が好きそうな雰囲気で迫ってみましたが、避けられました。かなり傷つきました。


 なので、彼にも報いを受けてもらいましょう。ついでに、周辺にいる害にしかならない貴族連中もともに。


 戦争をしたそうにしているとある国に対して、その国の王子がある国を訪れてそこで消息不明になった、という情報が入ればどうするか。それを口実に攻めるでしょうね。


 ただ、この国にも民を慈しむ貴族もいます。そんな貴族の所に攻め込ませるのは私も心苦しいので、ゼロテウス王国から独立したと宣言して、関係ないアピールをしてもらうことになっています。大義名分なく攻め込むのは躊躇するでしょうし、私もそこに向かえば国外追放されたことになるのでフーロ様からの命令に背くこともなくなるのでいいこと尽くめです。


 仮に、独立したところまで攻めてくるようなら、私が返り討ちにしますが。勿論ばれないようにこっそりとですがね。


 そんなことが可能なのか、と言われれば可能なんです。実は、私にも祝福があるのです。継承というのがわかりやすいですね。普通に使うなら、自分の子供とか後継者に私の経験や知識とかを与えるものなんですが、私の場合ですと次の自分に対して使うことができたんですよね。理由はわからないんですが。これで今までのループ100回分の知識と経験、記憶に魔力も受け継いでいる状態になりました。


 この魔力と魔法を駆使して、情報収集していましたので、この10年程度の期間に関して、私が知らないことはないと言えます。これから先のことについても同じ方法を使えば、すべてとは言えないまでもかなりの情報を知ることができます。


 大陸を制覇することも可能でしょう。まあしませんが。管理もできそうですが、もう国だとかに関わりたくないのが本音です。どこかの山奥に一人自由気ままに過ごしたいです。大体1000年強も全力で物事に取り組んでその結果が出るのですから、もういいでしょう。隠居の地についても見当をつけているので、さっさと引きこもります。


 では、皆さま、ごきげんよう。






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