第六話
「この写真が怪異?」
しらうさぎを膝に乗せた伊織は目を見開く。直弘とカイナが頷く。
しらうさぎが飛び込んでいき、イトと出会った写真そのものが怪異らしい。
『だって、この写真誰が撮ったか分かんないでしょう?』
伊織はハッと息を呑む。確かにそうだ。写されているのはイトだが、あの時、イトは家人から追い出されていた。
「しらうさぎさんのようにイトを懐かしむ怪異なんだね。これは」
『湿気そうだから干しておきましょうか』
「そうだね」
そこから、部屋中にロープを張り、写真を干す作業に移った。写真干しが終わると、伊織の部屋作り。まずは掃除機。それから雑巾がけ。
隣の部屋から物書き机とポップな柄の座布団が持ち込まれる。更に、小型テレビや本棚まで。真新しい布団を敷きながら伊織は二人に尋ねる。
「もしかして、新しいの買ってくれたんですか?」
「そうだよ」
『だって、伊織ちゃんが来てくれるの嬉しかったんだもの』
直弘が頷く。
「この家には人が寄り付かないからね」
『というか、むしろよく来たね』
「えっと、車で送ってもらったので……?」
そう言うと、直弘が笑う。
「そうじゃないよ。もしかして兄さんから聞いてないのかな」
『この森は人喰いの森だって』
伊織は固まった。直弘がにこやかに言う。
「ここ二十年で五人は消えてる」
そんなことは聞いていない。伊織は唖然とする。カイナがスマホの画面を強く叩きながら文字を打ち込む。そして、伊織に突き出した。
『村の連中はそれを私達のせいにするんだよー! そんなことしないのに!』
どうやら怒っているようだ。感情的なカイナとは裏腹に直弘が静かな声を発した。
「でも、分からなくもない」
直弘が笑む。
「だって、死体も出てこないんだ。不可思議なことは不可思議なものに押し付けたくなるもなるよ」
なんと返したらいいか分からず、伊織が突っ立っていると、カイナが伊織の手をぎゅっと握った。
『だから、伊織ちゃん! 一人で外を歩いちゃダメだよ!』
伊織は深く頷いた。
夕飯を済ませ、お家で少しだけ勉強をし、二十二時に離れに向かう。
「おひまではありません」
離れに入る前に、直弘とカイナから教えられた言葉と共に背中を払う。当たり前のようについてくるしらうさぎに伊織は問う。
「なんの呪文なんだろうね」
しらうさぎは首をかしげた。
設えられた部屋に戻ると中には干された写真達。古びたにおいがするが、嫌いではない。伊織は布団に転がり、スマホを充電しながらゲームをする。しらうさぎがそれを興味深げに見るものだから、伊織も楽しかった。
零時。あの閑静な住宅街では全てが静まる時間。だが、この家は違った。虫の音、鳥の声、風が木々を揺らす音が耳に入り込む。不快ではなかった。息が詰まるような静寂より、ずっとましだった。
瞼が重くなってくる。この時間に眠気が来るのは久しぶりだ。そんな己に少し安堵し、布団にもぐる。
しらうさぎが近くにいるため、就寝時も気が抜けない。伊織は長袖に白手袋をしたままだ。暑いが扇風機を回せば何とかなる。夜の山奥は涼しい。
電気のスイッチを切るため、紐を引こうと立ち上がる。
「あ」
伊織は声を漏らした。目の前に干された写真。その中に映る若い女性。彼女の帯に見覚えがあった。伊織は急いでしらうさぎを持ち上げる。
「これ、あなたじゃない?」
しらうさぎが写真を見て、そして、伊織の方を振り向き、深く頷いた。しらうさぎは写真と伊織を見比べる。伊織も写真をじっと見る。イトはどこか己に似ていた。
しらうさぎの目元がまた濡れる。伊織はその背を目いっぱい優しく撫でた。
電気を豆電球にして寝床に入る。しらうさぎに言い聞かす。
「顔には触れちゃダメだよ」
しらうさぎは頷き、布団の上から伊織の腹のあたりに乗っかった。重量はさほどない。ほっとした。
遠くで鳥が鳴いた。伊織は呟く。
「イトさんに似てるからあなたは私の傍にいてくれるのかな」
しらうさぎは何も答えない。伊織は静かに言う。
「イトさんは普通に戻れたんだね」
伊織は目を閉じる。年老いたイトは子を持ち、孫を持ち、普通のおばあさんに見えた。
「いつか私も……。ううん。私は、普通、だよね?」
小さく呟いた言葉。しらうさぎに届いたかどうかは分からない。だが、しらうさぎは伊織の体に布団越しに頭を擦りつけた。
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