第22話  『魔人』


山端は、さっきからずっとニヤニヤしている。



「さて。どうすんだ? この状況からどうやってあがいてくれるんだ、おん?」



すべて別々に動く、五つの目。


その目玉たちの前に、奈々未がいる。


神剣〈不退転〉を、両手にひとふりずつにぎっている。


ツバのかわりに、翼の形の飾りがついている一対の美しい神剣だ。



「おら、じょうちゃん。攻めてこいよ。おらおら」



山端がいやらしい口調で挑発している。


その両手は、発動された神威によって剣化している。


中年太りのガニ股カマキリ。


そんなところだ。



「あのね、おじさん。それでわたしが、はいそうですか、って攻めこむわけないでしょ? あなたの能力フツヌシが、剣聖と呼ばれているのは知ってるんだからね。しかもしっかり魔人化してるし」



「ふかか。なら、どうすんだ? このままにらめっこしてたってしかたないだろ?」



山端がからかう。



「そうね。にらめっこじゃ絶対、おじさんには勝てないもんね。そんな顔、笑いをこらえるだけで精いっぱいだもん」



奈々未も口では負けない。



「ま、おじさんを相手にするなら、この手しかないか」



いいながら、ゆっくりと深呼吸をした。



「――アメノウズメよッ! ちいさき我の身を、剣聖の位まで高めたまえッ!」



その願いに呼応するように、一瞬、奈々未の華奢な体が青白く発光した。



「……おん?」



山端は目を細めた。


発光がおさまった奈々未に、なにか別人のような印象を感じるのだ。


足を肩幅に開き、腰を落として前傾姿勢をとった。


およそ少女らしくない構えである。



「なんだ? なにをしたんだ?」



「歌や舞いとは役になりきることッ。その究極は、憑依ッ。わたしの体には今、剣聖の魂が宿ったのッ!」



「おん……? 剣聖の魂?」



アメノウズメの神威によって、奈々未の肉体は剣聖の領域にまで一気にたかまった。


筋肉も。


運動神経も。


反射神経も。


全身のありとあらゆる機能が、爆発的に跳ねあがったのだ。



「ここからさきは本気でいくから」



いいきった奈々未の背後に、大量の羽毛が舞いあがる。


舞った羽毛はすぐに、十ふりの刀になった。


そして奈々未の頭上で静止する。



「……あンれぇ? さっきも見たよな、それ」



宙に浮く刀をながめながら、山端が笑った。


旧トンネル内で、一度攻略している。


いまさらおなじ手を使うのか、と嘲笑ったのだ。



「そう判断するなら、おじさん、……死ぬよ」



銀色に光る奈々未の目に、強い力がこもる。



「……なにぃ?」



奈々未の忠告に、山端がいきり立つ。



「括目しなさいッ! ――剣の舞ッ!」



凛とした声がトンネル内に響く。


同時に、空中で静止していた十ふりの刀がいきおいよく山端を襲った。


旧トンネル内でさばいた羽毛の剣とはスピードも切れも重さもちがう。


さき読みできた単調なリズムも一切ない。



「くッ!」



いきなり最大集中を余儀なくされた山端だが、五つの目玉をぐるぐると回し、両手の剣で的確にはじきかえす。


全方向から攻撃してくる羽毛の剣にまざって、奈々未自身も攻めこんでくる。



「くッそ!」



単純に剣の数でいえば、十二刀流である。


山端の神威がフツヌシでなければ、すぐに陥落したはずだ。


剣聖の領域まで魂をたかめたという奈々未の言葉にウソはなかった。


猛スピードな上、するどい太刀筋がそれを証明している。


やわらかくしなやかな動きはダンサーのようでもあった。


くわえて、その攻撃に十ふりの剣が追随してくるのもやっかいだ。


さばきつづけるだけならなんとかなる。


だが、防戦一方ではジリ貧になるかもしれない。


そう判断した山端は、空中から迫る羽毛の剣を左の刃で受け、その動きを止めると、



「むんッ!」



と気合をこめて右の刃を打ちおろした。


峰に強烈な一撃を叩きこまれた羽毛の剣は、


ばふんッ。 


と音をあげて爆発した。



「ふかかッ」



笑う山端の目の前に、ひらひらと散った羽毛が舞う。


目ざわりな羽毛剣の攻略法は、あんがいたやすいものだった。


渾身の一撃で叩けば、刀の形状を保てなくなり、もとの羽毛にもどるようだ。



「むんッ! むぅんッ!」



山端が両手の剣をふるう。


力の入った一撃をくりかえすたび、


ばふんッ。


ばふんッ。


と音をたてて爆発し、ただの羽毛にもどった。



「くッ!」



奈々未が歯がみする。


頭上にあった十の刀は、すでに半数になっている。


しかし、奈々未は攻撃の手を休めない。


小回りをきかせ、すばやい剣さばきで山端に襲いかかる。


そんな奈々未の動きをサポートするように、羽毛の剣が先行する。



「無駄だ! 無駄ァ!」



ニヤつきながら山端がさばいて見せた。


打ちはじかれた五ふりの刀も、あっというまに羽毛にもどった。



「将を射んとすればまず馬から、ってな」



見得を切るように、両手の刀を二、三度ふりまわし、奈々未を見た。


山端の順応性を目の当たりにし、奈々未は言葉につまった。



身体能力を剣聖の域までたかめたにもかかわらず、山端にいなされてしまったのだ。


やはり本物の剣聖である山端と、急ごしらえの剣聖である奈々未では大差があるのだろうか。



でも、これで引くわけにはいかない。


奈々未はわいてくるおぞけをねじふせる。



このまま自分が敗れれば、それは大勢の市民が犠牲になる結果に直結する。


さらに山端がこの死界をでて、生者の世界にいけば、自分たちの帰る場所も大変なことになる。


しかし、そんな使命感より、強く奈々未の頭に浮かぶのはべつなことだった。



凌羽のこと。


目の前の山端と、いかにケガをせず凌羽が戦えるか、ということだった。


自分にもしものことがあれば、当然あとは凌羽があとを引き継ぐことになる。


だが、凌羽は一度死に、体力の回復も中途半端なまま、山端と戦った。


魔人として覚醒した山端と再戦すれば、凌羽も無事ではすまないだろう。



過去に捕らわれ、心を閉ざした日々。


そんな無限ともおもわれた暗がりから救いだしてくれたのが凌羽なのだ。


凌羽と出会えなければ、自分は笑えなかっただろう。


太陽の下を歩くこともなかったかもしれない。


最悪、今、息をしていることさえなかったかもしれない。


そんな凌羽の道を切り開くためならば、身を挺することさえいとわない。



奈々未は深く息を吐く。


そして鼻から息を吸った。


脳を冷やしていくイメージで、長く吸引した。



「……いいよ。肉を切らせてあげる……」



つぶやくように、奈々未がひとりごちた。



「おん? そりゃ、敗北宣言ってことか?」



山端がたずねるが、奈々未は答えない。


答えずに前にでた。



「さァ! もう一度ッ!」



右手にもつ神剣、不退転を奈々未がくるりと回すと、トンネル内に散っていた無数の羽毛がふたたび刀の形状になった。


瞬時にその十ふりの切っ先が、山端にむく。



「ふんッ! ワンパターンめ。何度やってもおなじだよッ!」



山端は宙に浮く羽毛の剣を見あげながら、鼻で笑って見せた。


奈々未の能力の底を知ったのだ。


なにも恐れることはない。


だが、自分を見る奈々未の視線に、なにかしらの覚悟を感じた。



迷いがない。


かえり討ちさえ気にしていないように見える。


奈々未の瞳が銀色に光る。


それまでよりも強い輝きだ。


風を切って奈々未が突っこむ。


十ふりの刀が先行し、山端に斬りかかる。



「くぅッ!」



今までよりも速度があがっている。


五つの目玉がぐるぐる回る。


奈々未の動きを脳に伝えるが、反射神経が追いつかない。


奈々未の全速力が、山端の情報処理能力を越えたのだ。



「――ぬぐくッ!」



奈々未の圧力から距離を置くため、山端が一撃はなつ。


だが攻撃が空を切る。


紙一重でかわした奈々未がさらに前にでる。



至近距離にいて、ダメージを恐れない少女。


それに触発され、山端の闘争心に火がつく。



「なまいきなッ!」



山端は受け身から一転、左右の剣をふり回しはじめる。


しかし、奈々未に致命傷をあたえられない。


羽毛の剣が、防御壁のように奈々未を守っているのだ。


奈々未は上半身に多少の傷を負った。


だが、それで動きに支障がでることはない。


むしろ山端が受け身に徹するより、攻勢にでてくれたほうが隙ができると判断した。



山端が刀の防御壁を攻撃するたび、ばふんッ、ばふんッ、と羽毛の剣が爆発する。


だが、山端はいらつく。


奈々未の体に、自分の刃がとどかないからだ。


しかし、相手に致命傷をあたえられないのは奈々未も一緒だった。


一瞬見えたわずかな間隙を攻めても、すぐにふさがってしまう。


山端の五つの目が、すべての方位を監視しているからだ。



奈々未の呼吸がかすかに荒くなってくる。


すばやかった足さばきにも、わずかなもつれがではじめる。


疲労だ。


奈々未が激しい動きをつづければ、たとえ肩や腕についた傷がちいさくても、その血流量は増えていく。


いくら神威を発動させていても、体を休めなければ、傷の回復もできない。


さらには剣聖の領域まで身体能力をたかめていることも、肉体疲労を早める要因になっている。


とにかく時間がない。



――ならッ!



右の不退転が、山端の顔面を突く。


山端は首をかしげ切っ先をよけた。


つづけざまに左の不退転が、山端の右脇腹を狙う。


山端はそれを右の刃で受けた。



単調な攻撃だ。


たやすく対処できる。



そのとき。


左コメカミの目に、異物が映りこんだ。


ほかの四つの目は、奈々未のもつ左右の不退転と、宙に浮く羽毛の剣の位置を把握している。


ならばいったい、それ以外のなにが自分の側頭部に迫っているのか。


正体をたしかめようと、すべての目がギョロリ、といっせいに動き、焦点をあわせた。



蹴りだ。


奈々未の右足が、山端の側頭部に蹴りを叩きこもうとしていたのだ。


やわらかく、しなやかな、ムチのような上段蹴り。


不退転と羽毛剣だけを目で追い、その本数をしっかり把握していた山端には、意表を突いたものだった。



だが。


残念ながら。


山端の体は反応する。



奈々未の蹴りが迫る反対方向へ体をたおしながら、流れで左手の刃をふりあげる。


一閃。


情け容赦ない凶刃。


その一撃が、奈々未の右足を下から切りあげた。



ざうんッ、と音がして、奈々未の右足が飛ぶ。


ヒザ下で切断されたのだ。


すさまじい切れ味だった。


天井まで吹き飛んだ奈々未の右足。


追うように、赤黒い液体が周囲に飛び散る。



「――うぅうぎゃあああああああッッッ!」



絶叫。


耳をふさぎたくなるような、苦痛に満ちた絶叫がトンネル内で反響した。



だが。


奈々未ではなかった。



山端だ。



声をあげたのは。


奈々未ではなく、山端だったのだ。






 

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