第23話 『覚悟』
「ぐぬわわァッッ!」
山端は、自分の身に何がおきたのかわからなかった。
左腕に激痛が走る。
血しぶきもあがっている。
すぐに痛みの原因を確認する。
左腕が無い。
肩のすぐ下から無くなっていた。
五つの目があわてて左腕を探す。
数メートルはなれたところに落ちている。
その過程で、みけんの目が奈々未を見た。
やはり右足はない。
右足の切断面を隠すように、切れたレギンスの布がゆれている。
アンバランスになった体を支えるため、不退転を杖がわりにして片足で立っている。
だが、血がでていない。
一滴たりとも、出血していないのだ。
そのかわり、赤黒い液体がポタポタとしずくを落としている。
それは地面に落ちて七色ににじんでいた。
なにかの油のように見える。
「お、おん? まさか、おまえ……それ……」
右手の切っ先で山端が奈々未の足をさす。
すると、
「そう。わたし、義足なの」
奈々未はからっとした口調でいった。
家族でピクニックにいったあの日。
崖から滑落した奈々未もまた、無事ではなかったのだ。
右足の欠損。
それが奈々未に突きつけられた現実だった。
人口皮膚と、人工筋肉。
超軽量金属でできた骨と、油圧式シリンダーを組みこんだ人工関節。
それらを、内蔵されたコンピューターチップが制御している。
着用者の行動パターンや体重の増減までも瞬時に演算し、最良の負荷を導きだしてくれるという最新の義足であった。
前述したサプリメント同様、メーカー未発表の試作品だ。
今後、高齢化社会をむかえる日本において、最先端の人工関節は有用なものとして評価されるだろう、という近い将来をみすえた製品である。
「……ぬぅッ!」
山端は奈々未が口走った、肉を切らせてあげる、という言葉の真意に気づいた。
奈々未の上段回し蹴りに対し、山端がカウンターにでたその瞬間、のばしきった左腕を狙ったのだ。
自分の義足をオトリにして、決定的な一撃を加える。
すなわち。
肉を切らせて、骨を断つ。
「ぐッぞおおおおおおッ!」
完全にしてやられた。
歯ぎしりしながら山端が悔しがっている。
左腕の激痛を、怒りによって忘れている。
やたらめったらふり回す右手の剣が、奈々未を守る羽毛の刀を破壊する。
「凌羽がもどってくる前に、すこしでもおじさんにダメージあたえとかないとね!」
片足でケンケンしながら後退する奈々未。
「キサマッ! そのために、テメェの義足まで利用するのか、おぉんッ?」
怒気をはらんだ山端の攻撃がつづく。
「ええ! 大事な人を守るためなら、恥も外聞もないの! そんなこと気にして、その人を失ったらバカらしいもんね! もう、後悔したくないんだよ、わたし!」
その言葉に強い意志が見える。
「ふかか。だがもう、さっきのように動き回ることはできないだろッ!」
山端はうすら笑いを浮かべながらいった。
――いわれなくたってわかってるわよ、そんなこと!
その言葉を奈々未は声にださなかった。
山端と奈々未の相性が悪い、と凌羽がいっていたのを実感した。
奈々未は、はごろもを様々な形状に変えて戦闘する。
それは奈々未の攻撃をサポートし、ときには防御にも使われる。
しかし、しょせんはまやかしのたぐいである。
神威をもつ者とのあいだでは、戦いを組み立てていく一手として有効だ。
だが、決定的な勝敗には強力な攻撃力が必要になる。
そのためには一対の神剣、〈不退転〉が不可欠なのだ。
そして〈剣の舞〉によって最大限に自分の身体能力を引きだし、剣聖の域にまで戦闘能力をたかめる。
それが奈々未の基本的な戦いかたである。
いままではそれで、だいたい片がついたのだ。
だが、山端は剣聖の神、フツヌシの能力をもっていた。
しかも、五つの目に死角はない。
羽毛の剣の、打たれ弱さはすぐには喝破されてしまった。
そうなれば、相手と正面から剣技をぶつけあうこととなる。
しかし、本物の剣聖と、身体能力をたかめただけのにわか剣聖では、おのずと勝敗は見えてくる。
相性が悪い、と凌羽がいったのは、奈々未と山端の能力を見知っている彼の、中立的な判断だったのだ。
だからといって、逃れられる闘いではない。
今は体力を失った凌羽を守るために、山端の前に立ちつづけなければならないのだ。
奈々未は、ふぅッ、と強くみじかい息を吐き、山端をじっと見た。
山端の左腕の出血はすでに止まっている。
神威を発動している恩恵だろう。
ほんとうは左腕ではなく、山端の首筋を狙った。
その一撃で、致命傷をあたえられるからだ。
そのためならば義足なんて失ってもかまわなかった。
だが、一歩ふみこみが浅かった。
奈々未のミスなのか。
あるいは山端の剣聖としての直感が、本人も知らぬうちに回避した結果だったのか。
どちらにせよ、失敗だった。
しかし、左腕を切断できたのはよかった。
これで凌羽もすこしは楽に戦えるだろう。
あとは時間をかせぎながら、ひとたちでも切りつけられればそれでいい。
たとえ、この命が奪われても。
あとひとたち。
深く。
強い。
一撃。
奈々未は、両手の不退転を杖かわりにしてうしろむきに進むと、トンネル壁面を背もたれにした。
これで、バランスを崩しても、尻もちをつくことはない。
そして山端を見すえる。
「ほう……!」
片足をなくしても、まだ戦う決意があるのだ、と山端は感心する。
奈々未の周囲に浮かぶ羽毛の剣は、すでに三ふりになっている。
あらたな刀を作りあげる体力は、もうない。
奈々未は両手の不退転をかまえる。
山端が近づく。
来た……!
奈々未は覚悟を決めた。
義足を失った今の自分が、山端にダメージを負わせる機会はもう、数えるほどしかないだろう。
そしてフツヌシの神威を宿している山端にクリーンヒットするのは、おそらく一度あるかないか。
ならば、目。
戦場の広範囲をフォローする、あの五つの目のうちひとつでも傷つけられれば、後からくる凌羽がすこしでも楽になる。
いくつフェイントを入れればいいのか。
いくつさき読みをすれば、あの目をごまかせるのか。
しかし、思案するひまはもうない。
奈々未の数歩前に山端が立ったのだ。
「くッ!」
奈々未が身をかがめ、両手の二刀をかまえる。
そして宙に浮かぶ三ふりの刀を、防御のために前面に移動させた。
その動きに呼応するかのように、山端も右手をかまえ、臨戦態勢になった。
うすら笑いを浮かべる山端とは反対に、奈々未は緊張していた。
ごくっ、と奈々未が生ツバを飲みこんだ。
そのとき。
――パパァァァンッッ!
突然、かんだかい破裂音のようなものが聞こえた。
鼓膜が痛む。
音がしたのはトンネルの外からだ。
ふたりが同時に視線をむける。
その方向から、黒いセダンが猛スピードでトンネル内に進入してくる。
特事の車だ。
瞬間、ヘッドライトがハイビームで山端を照らした。
「くあッ!」
ほぼ正面から光源を見てしまった山端は目がくらむ。
不意を突かれ、反射的に五つの目を右腕でかばう。
網膜が白く焼きついたようだった。
そんな山端にむけて、特事の車はアクセルを踏みこみ、さらにスピードを増す。
どがァんんッ、という衝突音がした。
黒い車体が容赦なく山端をはねたのだ。
見た目こそ通常のセダンと変わりばえしないが、その車は銃弾や爆弾などにも対応できるような処理がほどこされた特殊車両である。
車体の硬度はかなりのものだ。
山端の体は強くはじかれ、何度も路面でバウンドしながらトンネルの外まで飛んでいった。
特事の車は急ブレーキをかける。
そして奈々未の目の前で停まった。
すぐに前後のドアが開き、黒いスーツを着た男たちが四人降車してきた。
特事のスタッフたちである。
運転席にいた男が視線だけで奈々未の無事を確認すると、ちいさくうなずき、
「全員、準備をしろ!」
と他の三人に号令をかけた。
男たちは、
「はッ!」
とみじかく返事をして、スーツのふところから二丁の拳銃をとりだす。
上着の下には、左右に一丁ずつ拳銃を所持できるホルスターを着用しているのだ。
両手に銃をかまえた四人のスタッフたちはそれ以上の会話もせず、あおむけにひっくりかえり、痙攣している山端へむかって足早に歩きだす。
立ち去った男たちの背中に奈々未が視線をむけていると、
「――奈々未さんッ!」
耳慣れた声が聞こえた。
ドアを開けはなったままの後部座席から、上半身裸の凌羽が顔をだしたのだ。
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