第20話 『不退転』
奈々未の顔色が悪くなった。
手にしているケータイが、急に正常な動きをしなくなったからだ。
神威を発動するときのエネルギーが、精密機器の動きを狂わす性質をもつからである。
だが凌羽も奈々未も今、チカラを使っていない。
ということはつまり、ふたり以外の者が神威を発動させた、ということになる。
「まさか――!」
奈々未は直感した。
「あのおじさんッ?」
「えッ?」
奈々未が指さした方向を凌羽が見る。
うつぶせのままだった山端の体が、わずかにうごめいていた。
「まさか、山端さんは瀕死の重傷だったはず……!」
体力が回復していない凌羽は、ゆっくりと立ちあがる。
体を動かすのもきつそうに見えた。
大量に飲みこんだ特殊なサプリメントの効力もすでに切れているようだった。
「ふかかか……」
いやらしい笑い声が聞こえた。
死(し)に体(たい)だったはずの山端から聞こえているのだ、とすぐにわかった。
剣化していた山端の両手は、すでに人間の手にもどっている。
みじかくて太い指をめいいっぱい開いて地面につくと、ゆっくり上半身をおこす。
山端がおきあがろうとしているのだ。
「ど、どうして?」
凌羽がおどろきの声をあげた。
山端の全身の骨は、自分の攻撃によってすべてくだけたはずである。
敵の動きを封じるにはそこまでする必要があるのだが、それでも山端が即死しないのは、神威を持つ者の生命力による。
それでもふたたび動きだせるはずはない。
「さがって凌羽ッ!」
奈々未は、ふらついている凌羽と、立ちあがろうとしている山端のあいだに割って入った。
「な、奈々未さんッ! 山端さんが復活しようとしていますよッ!」
「わかってる! だからさがってっていってるの!」
凌羽は極度の疲労状態にある自分を守るため、奈々未があいだに立ってくれたのだとすぐに見当がついた。
自分が山端を倒しきれなかったせいだ。
「ふかかか」
笑いながら、ついに山端は立った。
ぼろぼろになっているポロシャツを引きちぎると、中年太りした腹が見えた。
上半身には無数のアザがついている。
凌羽になぐりつけられたあとである。
だが目の前でアザが薄くなって、やがて消えた。
神威を発動させた恩恵であろう。
「あの目……」
奈々未のつぶやきに、凌羽がごくりとツバを飲む。
山端の目が完全に座っているのだ。
「凌羽ッ! トンネルをでたさきに特事のスタッフが待機してるッ! そこまではやくいってきてッ! サプリの予備があるはずだからッ!」
この場は自分にまかせろ、という意味だろう。
「で、でも……ッ!」
だからといって奈々未を置いていけない。
「でも? それってまさか、わたしを信用していないってこと?」
むこう意気の強いところがある奈々未なら、そういうだろうと予想はしていた。
「い、いえ、奈々未さんが心配で――」
「――わたしはね、凌羽が心配」
「え」
「そんな状態でこの場にいれば、おじさんの標的にされるのはわかるでしょ? だとしたら、わたしは凌羽を守りながら戦わなければならない。それはもしかしたら、共だおれにつながるかもしれない……」
冷静に戦力分析をすればそのとおりだ。
足手まといだ、とはっきりいわないところに、凌羽に対する気づかいを感じる。
「わ、わかりました。じゃあ、ここはおまかせします」
凌羽は奈々未の気もちをくんで、トンネル内からでていくことにした。
自分という存在が、奈々未の動きを邪魔することになり、足を引っ張るだけの懸念材料になるのはごめんだ。
ならば一刻も早く特事のスタッフに会うべきだろう。
そしてサプリをもらい、すこしでも早くこの場にもどれば、援護くらいはできるはずだ。
そうかんがえ、重い体を引きずりながら、トンネルの外へと走っていった。
そんな凌羽のうしろすがたを確認して、
「ねぇ、おじさん。いったいどうやって復活したの?」
そう聞きながら、山端と距離をとった。
「おん? ……ああ、またさ。また出会えたのさ」
しずかな口調で返事をした。
以前のようなたかいテンションはなりをひそめている。
「また、って……。まさか――」
奈々未が青ざめる。
「そう。死界の女神、イザナミに、さ」
「――ッ!」
瀕死の人間が瞬時に息を吹きかえすならば、それしかないだろうとは予想していた。
だがまさか、おなじ人間のもとに二度も姿をあらわすとはおもってもみなかった。
山端はごそごそとズボンのポケットに手を入れ、なにかをとりだす。
その手にはマガタマがにぎられていた。
「ちょ、それ! こっちによこしてッ!」
奈々未の通告に耳を貸すはずもない。
山端は、大きな口を開けてマガタマをほおばった。
そしてつっかえながらも、ごくりとマガタマを飲みこんだ。
「うああ~。本気でぇ?」
山端の行動に奈々未がおどろく。
「さて、と。じゃ、やるか……」
マガタマが入った太鼓腹をぐるぐるさすりながら、山端がいった。
「え?」
「殺すんだ。……まず、おじょうちゃんから」
しずかないいかたで殺意をあらわにし、同時に、ぐぐっと力んだ。
すると、
ぽこん。
という音がして、山端のみけんあたりに丸いふくらみができた。
さらに力をこめると、左右のコメカミにも、
ぽこん、ぽこん。
と丸いふくらみができた。
「……?」
奈々未が目をほそめ、そのふくらみがなんなのか見極めようとしたそのとき。
三つのふくらみが、
ばちっ。
ばちばちっ。
と、数回まばたきをした。
「ひゃッ!」
奈々未は息を飲む。
目だった。
山端の目が、合計五つになったのだ。
眉間と両コメカミの目玉がぐるぐるとせわしなく回転する。
そして、じぃ、っと奈々未に視線をあわせた。
その不気味さに、
「……こわッ!」
おもわず奈々未が声をあげた。
全身に鳥肌がたつ。
「ふかかか。オレはさっき、凌羽ってガキにかんたんに負けた。……だが、今度はどうかな」
「……え?」
「だってよぉ、〈覚醒〉したからなァ」
「覚醒って……、おじさん、魔人化したのね……ッ!」
いって、反射的に体をかがめた。
その言葉をとらえた山端が、
「なに? 魔人化?」
と聞きかえす。
「うん。だっておじさん、完全に人間やめてるじゃん。自分でもわかってるんでしょ?」
「たしかにな。いままでのオレとはすべてがちがうッ。無限のチカラがみなぎってきているッ。誰にも負ける気がしないッ。魔人なら魔人でいいッ! 悪魔なら悪魔でもいいッ! 今なら神だって土下座させられそうだッ!」
口だけじゃない。
山端からあふれるエネルギーと禍々しさが、さっきまでとはくらべものにならないくらいにたかくなっている。
魔人化した山端に、強気な奈々未もさすがに気圧(けお)された。
「ふかか。そう身がまえるな。時間くらいはくれてやる。おまえも神威を発動させるがいい。おらおら」
やけに余裕のある山端のいいかたにカチンときたが、ここはそうするのが最良だと判断した。
「じゃ、お言葉に甘えて――」
奈々未がいうと、どうぞどうぞ、というように手のひらを上下させて山端がすすめる。
ぱァん、ぱァんッ。
奈々未がかしわ手を打った。
「さぁ、〈アメノウズメ〉よッ! われに神威を貸しあたえたまえッ!」
トンネル内に声が響く。
それに呼応し、きよらかな一陣の風が吹きこむ。
無数の羽毛でできた白い風だ。
その風はふたつにわかれると、奈々未の左右の手に集まった。
そして長細い形状に凝縮されていく。
「おん……?」
そのようすをながめていた山端が首をかしげた。
さっきはこの羽毛たちが一枚のはごろもになって、奈々未が肩にまとったはずだ。
だが今回ははごろもにはならず、奈々未の手元でなにかを形作っていくのだ。
じょじょにそれがなにか判別できた。
刀。
それはふたふりの、純白の刀だった。
ツバのかわりに、片翼の翼をあしらった飾りがついている。
まったくおなじデザインのものを両手ににぎっていた。
「おまえも刀を使うのか」
「まあね。この刀、わたしの決意をこめて〈不退転(ふたいてん)〉っていう名前なのよ」
返事をした奈々未の瞳が銀色に光った。
「なら、オレも――」
うすら笑いをうかべる山端。
その両手のツメがぐんぐんのびはじめる。
そして、中指のツメを中心にからまっていくと、刃になった。
左右のツメが、剣化したのだ。
「ふかかか。軽い。軽いな。五十を過ぎてこの体の軽快さは尋常じゃねぇ。覚醒するってのはこんなにも幸福感に満ちるのか。今まで以上に、神威のありがたみを感じるぜ」
得意顔の山端がすぶりするたびに、ひゅんひゅん、と空気を切る音がする。
横ならびになった五つの目が、赤い光をはなつ。
「じゃ、すこし遊んでやろうかな。ま……、その過程でおまえは死ぬけど」
山端は前傾姿勢になって奈々未を見すえる。
五つの目がいっせいに奈々未を見る。
その不気味な視線にまた背筋が寒くなったが、奈々未は気をとり直し、神剣〈不退転〉をかまえた。
「ふかか」
山端が笑いながらふみこむ。
右手の刃が奈々未のノドを狙う。
それを左の不退転ではじく。
ぎゃりん、という音と火花が散った。
間髪入れず、山端の左が奈々未の脇腹に迫る。
それを一歩さがってかわし、右の不退転で反撃にでた。
山端は上体をそらしてよける。
一瞬のできごとだった。
ここで一拍、間があく。
「ほう。なかなかやるな、じょうちゃん」
「おじさんもね」
たたえあうような口ぶりではあるが、警戒心はいっさい解いていない。
「まさかフツヌシの能力を発動したオレについてこられるとはな」
実際に、今のところ剣の能力は拮抗している。
だが奈々未が気を抜くことはなかった。
剣聖であるフツヌシの力は、絶対にこんなものではない。
奈々未はそう確信しているのだ。
おそらく山端はまだ余力を残しているのだろう、と奈々未はふんでいる。
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