第16話 『激震』
山端は、めくらめっぽうに両手の刀をふりまわす。
「くそッ! くそッ! じゃまだッ、じゃまだッ!」
視界をふさぐ白い羽の壁が一枚ずつ消えていく。
すこしずつ羽の渦を切り崩し、トンネル内部が見えはじめたときだった。
こちらになにかが飛びこんできた。
「ぬぅッ!」
気づいた山端は、いきおいよく右手の刀でふりはらう。
飛来したものがふたつに両断される。
地面に落ちて、ギャラギャラと金属音をはなつ。
なんだ?
その正体を目で追った一瞬。
バぎゃんッ、という音とともに、顔面に強い衝撃が走った。
首がもげるほどだ。
なッ――?
アゴがはずれ、くだけた奥歯がボロボロとこぼれた。
数歩さがり、目をこらす。
瞬間、びゅ、と突風がおき、すべての羽毛が舞った。
視界が晴れる。
そこに、凌羽がいた。
「れ……、れめえッ!」
威嚇のため、凌羽にむけて右の切っ先をかまえる。
「なかなかイイ切れ味じゃねぇかよ、おっさん」
かたわらに落ちている、両断された車のドアをながめて、凌羽が笑う。
さっきまで親子が乗っていた車のものだ。
山端はそのときはじめて、鏑矢(かぶらや)として投げつけられたものの正体に気づいた。
はずれたアゴを左手の甲でゴンゴンなぐり、乱暴に入れなおしながら、それにしても、と凌羽をながめた。
露出している上半身が、さきほどとはうってかわって、格闘家のような体になっている。
さらには顔つきや目つき、口調さえもちがう。
「なんだおまえ、二重人格とかいうやつか、おん?」
アゴの調子をたしかめながらたずねると、
「ふん。あんがい、ホントに別人なのかも知れないぞ」
山端の問いかけに冗談ぽく答え、
「じゃあ、おっさん。これからアンタを退治するからよ。せいぜい抵抗しろよな」
不敵に笑いながら、首をこきこきと鳴らした。
「おまえ今、神威を発動してんのか?」
「ああ。そのとおりだよ。……ちなみに、オレの体に降りてる神様ってのは、オオナムチっていうんだがな。……知らねぇだろうな」
「ふん、悪いな。不勉強で」
「いいさ。それより今度は、オッサンが覚悟する番だ――」
見開かれた凌羽の目が銀色に光り、
「――ぞッ!」
と、いい終わるのと同時に、山端のみぞおちに激痛が走った。
「ぅンぐえええ~ッ!」
悶絶し、エビのように体を丸めて胃液を吐く。
凌羽がふみこんできたことに、山端は気づかなかった。
「あれ? まさか対応できなかったのかよ、おっさん?」
犬歯をむきだし、凌羽があざ笑う。
山端はその笑い声を後頭部に感じながら、地面に突っぷしたまま、消えそうな意識をつなぎとめた。
わ、わからなかったッ!
ヤツの動きがッ!
オレも神威を発動させているはずだ。
だが。
だがなにかがちがう。
オレとヤツでは根本的ななにかがちがう気がする……。
呼吸を整えながら、ゆっくりとおきあがる。
それでもまだ、なぜだなぜだ、と思案はつづく。
「くッそッ!」
とりあえず渾身の力をこめ、剣化した右手で凌羽の腹を突く。
しかし、かんたんによけられてしまう。
ぶん、ぶん、と左の刀もふり回すが、それも上半身の動きだけで凌羽にさばかれる。
「ま。そんなところだろうな」
飽きたように凌羽がいって、山端の脇腹にヒザをめりこませた。
「ぐンげぇぇえええええッ!」
また山端が悶絶した。
内臓がいくつか、破裂したかもしれない。
「……バカなッ! ……な、なぜだッ!」
神威を発動させた凌羽に、自分の力がまったく通じない。
歯がみして凌羽をにらみあげる。
「どうだよ、おっさん。なにもできずにたたきのめされる気分はよぉ」
「な、なんだとッ!」
「オレから見れば、てめぇなんか、ただの通り魔だよ。いや……、卑怯で幼稚なカマキリさ」
「キ、キサマァッ!」
怒り狂った右の刃が、凌羽の首を一直線に狙う。
「ふん」
鼻で笑う凌羽の両手に、ぼ、と青い炎がともった。
その左手が手刀を作り、す、っと弧を描く。
ぎゃりんッ。
突きだした山端の右の刃が、簡単に折れた。
「ぬあッ!」
山端が狼狽する。
絶対の自信があった攻撃も、かんたんにふせがれ、さらにはその刃もくだけ散ってしまった。
「な、なんなんだ、その青い炎はッ!」
凌羽の戦闘力が跳ねあがった理由が、両手にともった青い炎のせいだとおもい当った山端が問いかける。
「ああ。こいつか?」
凌羽が、燃える両手を開いて山端に見せ、
「オーラ」
と、いい捨てた。
「オ、オーラだと……?」
「ああ。いいかえれば生命エネルギーってとこだな。オレはそれを攻撃力に変換できるのさ」
いい終わるのと同時に、右拳でなぐりかかる。
モーションが大きく、対処できるスピードだ。
「このッ!」
山端はそのゲンコツを刺してやろうとカウンター気味に左の刃を突きだす。
切っ先が凌羽の拳に突き刺さる。
よッし、やった!
山端の口のへりがあがった。
だがすぐに、それがぬかよろこびだと知る。
ばきゃばきゃ、という小気味いい破壊音とともに、山端の左刃もくだけ散ったのだ。
「くッ! 誘いやがったなッ!」
山端が左の刃を突きだしてくるように、わかりやすく拳をふりおろしたのだと気づいた。
誘いに乗ってしまった山端の指の骨は、刃共々、粉々に折れてしまった。
「な、なぜだ、 なぜオレの力がつうじないんだッ!」
青ざめた山端が、ぐにゃぐにゃに曲がった十本の指をながめながら問いかける。
「……ふん。そりゃあおまえがまだ、自分の力を完全に使い切れていないからさ。欲望のまま神威をふるい、きちんとした鍛錬をしちゃいないんだ。コントロールできなくてもしかたねぇわな」
うすら笑いを浮かべながら、凌羽はつづける。
「本来なら、フツヌシって神様の能力はそんなもんじゃねぇ。なにせ、ヤオヨロズの神々の中でも最強レベルの剣聖だからな」
「く……ッ!」
「つまりな、今のおまえの能力はよ、オレからしたら、……プチなんだよ、プチ!」
旧トンネル内で巡査を殺したときに、山端がいいはなったセリフだった。
それを凌羽がマネたのだ。
「さて、と」
うろたえ、いら立つ山端を見おろしながら、凌羽はボキボキ、と指を鳴らす。
そして一気にふみこむ。
オーラの炎をともしたゲンコツが、どずんッ、と山端の腹部にめりこんだ。
「げぅろぉおおおおおお~ッ!」
青ざめた山端が苦しむ。
だが、凌羽の攻撃はやまない。
何度もなぐり、何度も蹴りつける。
そのたびに耳をふさぎたくなるようなにぶい音が、トンネル内に響いた。
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