第15話  『鬼神』


何がおこったのか、山端にはまったくわからなかった。


突然、脇腹に衝撃が走ったのだ。


軽トラックにでもはねられたのだとおもった。


が、どうやらそうではないらしい。


いったいなんだったんだ?


自分が吹っ飛ばされたさきをたしかめようと顔をあげる。


そこに、センスの悪いジャージを着た青年が見えた。



「あいつは……ッ!」



凌羽だ。


車にはねられたんじゃない。


凌羽がしかけてきたのだ。



「クソガキぃぃッ……!」



一度殺した相手に攻撃され、激怒した山端が立ちあがる。




そのとき、凌羽はむりやり車のドアをこじ開けようとしていた。


運転席の純一が、ロックをはずさないからだ。



「開けろッ! おいッ!」



その怒声におびえながら、血の気の失せた純一と助手席の香苗は抱きあっておびえる。


そんな緊迫した状況を知ってか知らずか、



「パパ。ママ。どーして開けてあげないの? おにーちゃんこまってるよ」



娘のちなつがさとすようにいう。


だが両親の耳にその声はとどかない。



「くそッ! おいッ、時間がないんだよッ!」 



凌羽は右手をかかげる。


すると手首から上をつつむように、ぼっ、とふたたび青い炎が生まれる。



「おー。おー」



両親の恐怖心とは逆に、ちなつが手をたたいてよろこぶ。


手品でも見ている気になっているのだろうか。



「修理代は払わねぇからなッ!」



乱暴にいうと、凌羽はいきおいよくドアに手刀を突っこんだ。


青い炎がともる右手だ。


ズボッ、と手刀がドアを貫く。


そして全力でドアむしりとる。



「うぅらァッ!」



べっぎんッ、という金属音とともに、あっという間に運転席のドアが引きはがされた。



「ひいいいいッ」



香苗が悲鳴をあげる。



「ゆるして、ゆるしてくれッ!」



出血のひどい純一も、ムラサキ色になった唇で懇願する。



「うるせーなぁ。ったく……」



小声で文句をいいながら、凌羽はジャージの上着を脱ぎ、上半身裸になる。


神威を発動している凌羽の体はもう、さきほどまでのやつれたものではなかった。


胸も肩も背筋も、無駄のない筋肉でおおわれ、腹筋は板チョコのようにわかれている。



凌羽は運転席に頭をつっこみ、震える夫の純一におおいかぶさる。


出血の多い純一は、体に力がはいらないようで、抵抗できない。


そして歯ぎしりをしながら、あきらめたように目をつぶった。



「やだッ! こないでッ! 純さんにさわらないでッ!」



足にケガをして動けない純一を守ろうというのだろうか。


助手席の香苗が泣きながら声をあげる。


そのたびに、飲みかけのペットボトルやら、週刊誌やら、保育園の黄色いバッグやらを投げつけてくる。


しまいには張り手までくりだしてきた。


凌羽の側頭部や肩口に、的確に喰らわせてくる。



「ママぁ! ママぁ! やめて! やめてぇ!」



後部座席のちなつが声をあげるが、香苗の攻撃はとまらない。


ふだんどんな夫婦ゲンカをしているのかが想像できる。


だが、凌羽はうっとうしく感じながらもそれを無視し、脱いだ高級ジャージを夫の右足にきつく巻きはじめた。



「え……?」



香苗も純一もそんなようすに言葉を失う。


殺人鬼と同様の人間だとおもっていた男が、身につけていた上着で、止血をこころみているのだ。



「この出血じゃ死ぬぞ? ……いったろ、時間がないって。手遅れになるぞ、旦那がよ」



両そで部分できつくしめあげながら凌羽がいうと、



「あ、ああ……ッ!」



おえつをもらしながら、香苗が涙をこぼしはじめる。



「だから、ちーがいったでしょ。おにーちゃん、こまってるよって」



母親をたしなめるような口ぶりだった。



「……うん。……うん」



自分たちの勘ちがいだと気づいたようだ。


目の前のいかつい男が、自分たちを助けようとしていたなんておもいもしなかった。


だがしかたないことだ。


すぐさっきまで、殺人鬼におそわれていたのだから。



「さ、でるぞ」



凌羽は動けないままの純一を軽々と抱きあげ、運転席からおろす。



「あんたも」



助手席の香苗にも声をかける。



「はい」



左のドアは事故の際にゆがんだようで、可動しない。


運転席側からはいでるしかない。



「じゃ、おじょうちゃんもな」



すでにロックがはずれている後部座席のドアを開け、シートベルトをはずしてやる。



「ちーも、パパみたいにお姫様だっこがいい!」



と両手をひろげて凌羽にねだった。


その表情に、おびえの色はなく、むしろ、両親をたすけてくれたことへの感謝と親愛がこめられているようだった。



「めんどくせーな」



困惑しながら抱きあげると、



「わーい。わーい」



と場の緊張感を壊すほどよろこんでみせた。


そんな人助けをこころよくおもわない人間がいた。


山端である。



「うおォォォいッ! キサマァァァァァッ!」



怒気をこめながら、トンネルからこちらをにらんでいる。



「ひッ!」



純一に肩を貸している香苗がみじかく悲鳴をあげた。


そのとき、一陣の突風が頭上をとおりすぎた。



「あ。きれいな風! 白い風だよ!」



凌羽に知らせるように、空を指さすちなつ。



「ああ。そうだな」



いいながら、両親の脇にそっとおろしてやる。


親子の上をすぎていった白い風は、トンネル内に立つ山端のもとに降下していく。



「おんッ? こいつは見おぼえのある風だッ。奈々未とかいう小娘のッ」



忌々しげに吐き捨て、剣化した両手で羽毛をたたき切ろうとする。


だが、白い風は山端の周囲をぐるぐるととりかこみ、その渦に閉じこめる。



「くそッ! くそッ!」



切っても切っても抜けだすことはできない。


深手を負った純一をささえる香苗と、ちなつ、そして凌羽のもとに、奈々未が駆けよってきた。



「おせえぞ、奈々未!」



凌羽が乱暴にいった。


その口ぶりに、奈々未は一瞬イラッとするが、



ガマンガマン。


いつものことよ。


怒るなわたし。


耐えるんだわたし。



と自分にいい聞かせる。


神威を発動すると、なぜか凌羽は口が悪くなる。


そのギャップに、いつまでたっても奈々未は慣れない。


さきほど奈々未は凌羽とわかれ、山端や凌羽の発する神威の影響がおよばない場所まで走ったのだ。


そしてケータイの電波がつながったところで、特事に連絡した。



「さ、こっちに救急車がきますから、いきましょう」



いいながら、青い顔でぐったりする純一の肩を奈々未もささえる。


純白のセーラー服にべったりと血がついたが、かまわなかった。



「ちーもおいで!」



香苗にうながされ、ちなつも走りだす。


そのちいさな背中に、



「おい、まて」



凌羽が声をかける。


その手には黄色いバッグがぶらさがっていた。


さきほど香苗に投げつけられた保育園のバッグだ。



「明日、使うだろ?」



「あー、わすれてた」



みじかい足でちなつがもどってくる。



「ありがと」



「はやくいきな」



いい捨て、凌羽は背をむける。


山端の動向が気になるのだ。



「おにーちゃん」



その背中に呼びかける。



「なんだ?」



「あのね、パパとママ、たすけてくれてありがとう」



そういってぺこり、と頭をさげる。



「いいさ」



ぶっきらぼうにかえして、すぐに視線をはずすが、



「負けないでね」



といわれ、ふたたびちなつを見る。



「あの悪いおじさん、やっつけるんでしょ?」



ちいさな手でトンネルの中の殺人鬼を指さす。



「オレが負けそうか?」



「んーん。勝ちそう」



「だろ? だから安心しろ。ほら、おとうさんとおかあさんが待ってるぞ」



やさしく頭をなでてやると、



「うん。ばいばい。おにーちゃん」



くったくのない笑顔で手をふる。



「ああ」



そっけなく答えて、トンネルに視線をもどす。


背後で両親のもとへかけていくちいさな足音が聞こえた。


奈々未に案内され、無事、救急車両が来る場所までむかうだろう。


同時に、奈々未は道路の封鎖も願いでたはずだ。


だとすれば。



ここには山端と凌羽のふたりしかいないということになる。







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