第12話  『羽根』


心霊スポットとウワサされる古いトンネル内には、三人の人間がいた。


ひとりは刑事の皮をかぶった殺人鬼。


ひとりはショートヘアの女子高生。


そしてもうひとりは、痛々しいまでにやせほそった全裸の男子高校生。


そこからトンネル中央にむかった十数メートル先に、一体の惨殺死体が転がっていた。


すこし前までは警察官だったそれ。


その眼球が、まるで三人をながめているようだった。



「……で、どうなの、おじさん……?」



女子高生の奈々未が口を開いた。



「おん……?」



唐突な質問に、山端が首をかしげる。



「凌羽からいわれたんでしょ? マガタマをわたせ、って」



「ああ。そんなようなことはいわれたな」



すっかり忘れていたような口ぶりだった。



「じゃあもう一度聞くけど、マガタマをわたしてっていっても、答えは……ノーだよね?」



山端が答える前に、その返事を決めてかかる。



「ふかか。そのあんちゃんを切り殺してんだからよ、当然そういう意味だわな」



奈々未にむけて、不敵でいやらしい笑いかたをした。



「よかった」



奈々未が、ふぅ、とひと呼吸吐く。



「おん?」



よかった、の意味がわからず聞きかえす。



「……だって改心されたらさ、おじさんのこと、ぶっ飛ばせないもんねッ!」



奈々未の目に力が入り、


ぱァんッ、ぱァんッ。


突然、かしわ手を打った。


瞬間、びゅッ、と突風が吹く。


奈々未が風を呼びこんだのだ。


白かった。


真っ白い風だった。


その一陣の白い風が、奈々未の体にぐるぐると巻きつく。



「――なッ?」



その現象がなんなのかわからず、山端はあぜんとした。



「な、なんだ、そりゃ?」



白い風がやむと、奈々未が一枚の白い布を肩にまとっていた。


透けた素材のショールかストールのようなものだ。


ざっと見積もっても三メートルは越えているように見える。


かといって地面に引きずるようなことはなかった。


ふわふわと宙に浮いているのだ。


奈々未が両手や腕にからめていなければ、そのまま空へ飛んでいってしまうかもしれない。



「はごろも」



奈々未がいった。


初見の山端に対して、当然でしょ、というようないいかただった。



「おん? はごろも?」



山端は首をかしげる。



「はごろもってのは、昔話とかにでてくるアレか?」



「そうアレ」



「なんで、そんなもん――」



「わたしも、チカラを発動したから」



山端の質問を打ち切るようにいう。



「なにッ?」



さっきのかしわ手がきっかけだったのか。



「おじさんは刀。凌羽は生きかえる。で、わたしは、はごろも」



「なるほど。人それぞれってことだったな」



「そういうこと」



「しかしよ、刀を相手に、そんな布きれでどうやってあらがうんだ? おん?」



山端は笑いながらたずねた。


常識的に、刃物と布では、どうやっても分が悪い。


だが、奈々未の強気は変わらない。



「え? あらがう、っていったの? ……かんちがいしないでよおじさん。このはごろもが、わたしの武器なんだからッ!」



そういうやいなや、奈々未ははごろもを手からはなす。


ふわりと浮かぶはごろもがトンネルの天井につくあたりで、奈々未はさけんだ。



「さあ、〈アメノウズメ〉よ! われにチカラを貸しあたえたまえッ!」



その声にこたえるかのようにはごろもは発光し、ちりぢりに破れた。



「おあ、なんだ?」



頭上を見あげ、山端が目をむく。


それまで一枚の布だったものが、こまかくちぎれ、無数の羽根に変わったのだ。



「わたしに能力を貸す〈アメノウズメ〉は歌舞の女神。おじさんにも見せてあげる。わたしのチカラッ!」



いいながら奈々未は、右の人さし指をタクトように、くるっとまわす。


すると天井に広がっていた羽根が、しゅるしゅる、と音をたて、いくつかの細長い集合体にかわった。



「おん? こいつはまさか――」



山端の推測どおりだった。


刀。


十ふりの刀だった。




〈アメノウズメ〉という名の神がいる。


かつて神話の時代、太陽の女神〈アマテラス〉が岩戸に隠れ、世界が闇に包まれたときがあった。


闇の中を悪霊が跋扈(ばっこ)し、世界は乱れていく一方だった。


だが、そんなとき、岩戸の前でアメノウズメが舞ったのだ。


はじめて見る、奇異で激しいダンスに、周囲にいた神々がしだいに熱狂し、歓声をあげた。


そのさわぎを聞いた太陽の女神アマテラスはなにごとか、と岩戸を開けたのだ。


瞬間、世界をおおっていた闇は消え失せたのである。


世界は、アメノウズメによって、ふたたびまばゆい光に満ちあふれたのだった。



こうしたことから、歌舞や芸能の女神としてあがめられ、京都市にある芸能神社や、同市内の大田神社などにまつられている。




無数の羽毛でできた刀は、ふわふわと奈々未の頭上にうかび、切っ先を山端にむけている。



「どう、おじさん? わたしのはごろも、変幻自在なの。だからね、相手にあわせて戦うことができる。あやまるなら、今だとおもうけど」



「ふかかか。おもしろいッ!」



「え?」



「いいぜッ! いいッ! 退屈ってのは、人間をインポテンツにするからなッ!」



年頃の奈々未には意味がわからなかったが、聞きかえさないほうがいいような気がした。


とにかく山端の気分は、好戦的なものに切りかわったらしい。



あれ? 


んーと……。



圧倒的な量の刀を見せることで、山端が尻ごみさせ、そこを説得しようとかんがえていた奈々未だが、おもわくがはずれたようだった。



「いくぞッ、ぅらァッ!」



山端はいきなり凶刃をふりまわす。


ぎゃりんッ!


上空からおりてきた羽根の刀が、その一撃をはじく。



「ほう」



山端は感心した。


羽毛でできた刀なのに、きちんとした硬度があったからだ。


ということは、十ふりすべての攻撃を警戒しなければならない。



「ならなッ!」



いいながら山端は、顔の前に左手をかかげる。


すると五枚のツメがしゅるしゅるとのびはじめて、からまりあった。


まさか、と奈々未はおもった。


左手のツメも剣に変わったのだ。


これで二刀流である。


しかし、奈々未はひるまない。


二刀流と十刀流ではあきらかに奈々未に分があるからだ。



「さァ! やっつけなさいッ!」



奈々未はふたたび、人さし指のタクトをふる。


宙にうかぶ刀たちは、切っ先を山端にむけながら輪を作った。


そして、びゅ、ひゅ、と空気を切りながら、いきおいよく舞いはじめる。



「くッ!」



山端は歯を食いしばる。


豪雨のように激しく落ちてくる刀の猛攻をしのぐのが精いっぱいだ。


何度も切りこまれ、突かれる。


そのたびに刀剣化した両手をふるう。



しかし、ふしぎなことに、山端の脳内はしだいに冷静になる。


あることに気づいたからだ。


攻撃が軽い。


体重も乗っていない。


そんな無人の剣撃は、かんたんにはじける。


そして何度もうけるたび、上空からの剣の攻撃はとても単調なものだとも気づいた。


おなじリズムで切っ先がおりてくるのだ。



頭上の刀は時計まわりに動き、おなじパターンで順番に山端を狙った。


おそらく、あわてて自分の立ち位置を変えると、その攻撃パターンも読めなくなってしまうだろう。


だが、つねにおなじ位置で対処すれば簡単にさばけた。


刀神フツヌシの神威をもつ山端にとっては、なおさら容易なことだった。


奈々未はまだ、得意になってタクトをふっている。


山端はすでに見切っていることを気づかれぬように、よそおうことにした。


そして、



「くそうッ」



とか、



「まずいッ」



とか、いかに自分がピンチであるかを声にだしてアピールする。


まるで幼児相手の、ヒーローごっこのやられ役である。



いちにーさんしー、にーにーさん。


にーにーさんしー、いちにーさん。



山端は、頭の中で剣撃のリズムをはかる。


そして、ついに反撃のタイミングをつかんだ。


一度、せめてくる剣をあえてうけず、かがみこむようにしてかわした。


そして低い体勢ですばやくターンし、地面を蹴ると、奈々未に飛びかかった。


一瞬でふたりの距離がゼロになる。


奈々未は完全に意表を突かれた。


おどろきで、目と口をあんぐりと開けた。


そんな奈々未に、凶刃がせまる。



「うぉらッ!」



怒声とともに、容赦のない刃が、奈々未の腹部に突き刺さった。


声もだせない奈々未。



「ふかかかッ!」



山端が笑う。



「殺(や)ったぞッ!」



勝利を確信した。


中空にあった十ふりの刀が、ぽんッ、ぽんッ、という音を鳴らし一瞬で羽根にもどった。


そして、はらはらとトンネル内に散っていく。



「ふん! あとは、あの死にかけたガキだけだな……」



奈々未に刃を突き立てたまま、ちらりと凌羽に視線をむけた。


だが。


いない。


そこに立っていたはずの、瀕死の凌羽がいない。


同時に、トンネルの南側をふさいでいたフェンスが切り裂かれていることに気づく。


凌羽がよりかかっていたフェンスだ。



「……まさか逃げたのか……? この小娘を見捨てて……?」



山端はふりかえり、奈々未の顔を見る。


無表情で蒼白のまま、人形のようにピクリともしない。


そのとき、山端は違和を感じた。


奈々未に突き立てた右手の刃から、何も感じないのだ。


本来なら、心臓の鼓動や、血液の流れ、体温などが刃先から伝わってくる。


だが、目の前の奈々未には生物らしい反応が一切ない。


腹を突き刺されたままの奈々未は声すらあげない。


それどころか血液一滴落ちていない。



「ま、まさか、おまえ――」



いぶかしがりながら、山端が奈々未に話しかけた瞬間、



ぼうぅんッ。


という音をあげ、突如、奈々未が爆発した。



「――うがッ!」



あわてて顔をそらし、爆風からのがれた。


頭をふりながら、たいしたダメージはないな、と自己判断してから目を開ける。


すると、周囲には無数の羽毛が舞っていた。


十ふりの刀だけではなかったのだ。


奈々未の体も、はごろもでつくったニセモノだったのだ。


瀕死の凌羽をこの場から逃がすために、オトリを作りあげていたのだ。



「い、いつからだッ……? いつから、あの小娘はニセモノだったんだッ……?」



すっかりだまされていた。


そうおもうと、イラついてくる。


親子ほど年の差がある小娘に手玉にとられた怒りで目の前が白くなった。



「ぬぅおおおおおおおおおおおおんッッ!」



おたけびをあげながら、トンネルの壁面を何度も何度も切りつける。


そのせいで、ずどどどどどど、と凄まじい轟音を立てて、トンネルが崩れて去った。


穴は完全にふさがり、警官の死体も土砂に埋もれた。


白煙があがるがれきの中から、山端がはいでてくる。


ふぅ、ふぅ、と呼吸を整えながら、



「大人がブチ切れるとどうなるか、教えてやろうな……、ガキ共ッ!」



静かな口調でひとりごち、ゆっくりと立ちあがった。








 

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