第11話 『世界』
長い休みをとったあとで、小学校へふたたび登校するようになったときだ。
意地の悪いクラスメイトがどこから仕入れてきたのか、奈々未の家族に不幸があったことを、
「気持ちが悪い」
「呪われている」
と吹聴していた。
それはやがて、無視、といういじめに発展するが、家にもどって母に報告するのは、
「今日も学校は楽しかったよ」
というウソだった。
眠っている母を安心させてあげたいのだった。
夜になると凌羽に電話をし、これでもかというくらい愚痴った。
おだやかな性格の凌羽は、
「大変だったね」
「よくがんばったね」
といたわってくれた。
それで、気持ちがしずまって、眠れる。
そんな毎日がつづいた。
施設に住む凌羽は、奈々未とはべつの小学校に通っていた。
ある日、いたずら心から、凌羽を突然むかえにいっておどろかそうとおもいたった。
そして下校してくる凌羽を校門で待っているとき。
見てしまった。
ひとりで歩いてきた凌羽を数人の男子生徒がとりかこみ、校舎の裏へ連れていったのだ。
けげんにおもってあとをつける。
と、地面にたたきつけられる凌羽がいた。
数人にふまれ、蹴られ、カメのようにうずくまったままの凌羽がいた。
言葉さえださず、ただただ必死に耐えつづけている凌羽がいたのだ。
涙がでた。
自分の愚痴を毎晩聞いてくれていた凌羽が、自分よりもつらい目にあっていた。
そんなそぶりも口ぶりもいっさいなかった。
「――もう、やめてッ!」
泣きながら、走りだしていた。
そんな奈々未に気づくいじめっ子たち。
そして、あっけにとられる凌羽。
な、奈々未さんッ?
どうしてここにッ?
ま、まずいッ――!
「なんだ、あの女? 怪獣ミナシゴンの仲間か?」
「やっちまおうぜ!」
いじめっ子たちは自分の背負っていたランドセルからリコーダーを引きぬくと、悪魔のように笑いながら奈々未に飛びかかる。
どうしよう。
どうしたらいい。
凌羽は頭の中が真っ白になった。
瞬間。
――ずばうンッ。
と豪快な音がして、もうもうと砂ぼこりがあがった。
先頭にいたいじめっ子のリーダーが奈々未にふれようとしたとき、ぐるりっと宙を舞ったのだ。
急角度で地面に落ち、受け身がとれず、がふん、がふん、とおかしな声をあげる。
うまく呼吸ができなくなったようだ。
次のヤツも、また次のヤツも、どさどさと地面にたおされ、涙目でもがく。
合気道。
奈々未がおさないときから学んでいた武道。
その技が、自分よりも体格のいい男子たちを打ちのめしたのだ。
彼女の合気道の才能は、なみの大人ではたちうちできないほどのものだ。
当然、小学生などものの数にもならない。
凌羽の危惧は奈々未の体のことではなく、怒りに震えた彼女が、いじめっこたちをコテンパンにしかねないことだった。
「どうしていわなかったのッ!」
おない年の奈々未に、そう叱られた。
しかし、怒声をあげた奈々未の瞳には涙が浮かんでいた。
「ごめん……」
上目づかいでにらむ奈々未に、そう答えるともう、言葉が浮かばなかった。
しかし、帰り道はなぜか憑きものがとれたようで、ふたりとも軽い気持ちになっていた。
どうでもいい、くだらないことで腹を抱えて笑った。
パン屋のガラスに自分たちが映っていること。
夕刊配達のおじさんのモミアゲが長かったこと。
いかつい高校生のスポーツバッグに、アニメのキーホルダーがさがっていること。
そんななんでもないことで、腹がよじれて、涙まで流した。
眠る寸前までおもいだし笑いをするほどだった。
その日をさかいに、ふたりをとりまく環境がすこしずつ変わっていったようだ。
いや、環境は何も変わっていない。
変わったのは、ふたりのほうだった。
その、心もちだった。
たとえ毎日がおなじ色であっても、自分の色が変われば、まざりあった結果は、いままでとはちがう、べつな色になる。
世界は変わらない。
たとえそうであっても、自分が変わればきっと、環境も風景も変わる。
変わりはじめる。
そしてそれは、世界が変わるということとおなじ意味になる。
絶望は何も生みださない。
ちいさく、かすかな勇気だけが、あたらしい道を照らしだしてくれた。
ふたりはおさないながらも、そう実感した。
そうして凌羽と奈々未の絆は、実の家族のように深まっていったのだ。
奈々未の家系、〈朱雀家〉は由緒正しき家柄である。
かつては大和朝廷につかえ、呪術や霊的なたたりなどから要人を守るという特殊な職に就いていた。
そういった職種のせいか、先祖の中には陰陽師の安倍晴明や、バケモノ退治で有名な源頼光とその四天王とも友好関係にあった者がいたという。
ちなみに頼光の部下である四天王には、羅生門の鬼の手を切ったという渡辺綱や、ヤマンバと竜の間にできた子供で、足柄山で育ったという坂田(さかたの)金時(きんとき)(幼名・金太郎)などがいる。
また、呪術的な要素をこめたといわれる京都の町づくりにも参加したし、江戸幕府設立時には、一族が記録していたその知識をもって、天海をサポートをしながら江戸の町づくりにも関わったらしい。
やがて時代がうつり変わっていくと、その役目は裏方的なものとしてあつかわれるようになる。
が、それでもなお、国家を影から守るために一族は存続しているのだ。
そんな朱雀家には、先祖代々マガタマを回収する、という役目がある。
かつて、奈々未の母親もおなじ役目をはたしており、その才能はズバ抜けていた。
ヤオヨロズの神々と容易にコンタクトがとれる血筋なのであろう。
そんなマガタマ回収の役職は、はるか以前よりあったという。
神話の時代。
〈父神イザナギ〉と〈母神イザナミ〉は数多くの様々な神々を産んだ。
だが火の神を産んだとき、イザナミはひどいヤケドをおって落命してしまう。
イザナミへの想いがつのったイザナギは、死界へむかい、イザナミを連れもどそうとした。
だが、そこで再会した最愛の妻イザナミは、変わりはてた姿であった。
体は腐乱し、ウジがわいていたのだ。
逃げた。
イザナギは、妻を置いて逃げだしたのだ。
その態度。
その表情。
その裏切りに怒りをおぼえたイザナミは、夫イザナギを捕えるように死界の住人たちに命令する。
ほうほうのていで死界から逃げおおせたイザナギは、巨大な岩でそので入口をふさいだ。
そのさい、
「愛しき夫イザナギよ。わたしを捨てるのならば、あなたの国の住人を、毎日千人、殺してやりましょう」
と呪詛の言葉を吐いたのだ。
それが最大の呪い、
〈千人殺シ〉
のはじまりだった。
その日から、瀕死の状態になった人間の夢に、イザナミがあらわれるようになる。
マガタマをあたえ、自分の呪いを実現させる手先として利用したのだ。
その対抗組織として、マガタマ回収の役目をになう者たちが選出されるようになった。
もちろん、組織名や所属はそれぞれの時代でことなる。
だが、そのこころざしが現在にいたるまで、脈々と受け継がれてきたのである。
奈々未が中学生にあがるとき、父の市夫は特事の事務所へ連れていった。
その地下には巨大で分厚い扉があり、開くとひろい部屋があった。
核シェルターとおなじ機能をもつというその室内には、強化ガラスのケースがならぶ。
中にはいくつものマガタマがならんでいた。
ルームライトに美しく光るみどり色の装飾品に奈々未はため息をもらした。
同様に連れだされていた凌羽も奈々未の横でおもわず感嘆する。
父、市夫は奈々未に自由に見てまわるようにいう。
その言葉のとおり、奈々未が室内のマガタマをながめていると、ひとつ、激しく光をはなつものがあった。
市夫はうれしそうにうなずき、
「それがおまえに力を貸してくれる」
と告げた。
そこではじめて、朱雀家がマガタマの回収する役目をになっていると聞かされた奈々未はとてもおどろいた。
しかし、今度は市夫自身がおどろくことになる。
なんと陳列してあるマガタマのひとつが、凌羽に反応し、光をはなったのだ。
もともと凌羽には格闘技や護身術をおぼえさせ、能力者になるはずの奈々未のサポート役をさせようとおもっていた。
だが、まさか凌羽が能力者としての才覚があろうとは、うれしい誤算だったのだ。
その後、奈々未は国立の高校へと入学した。
男子は真っ白な学生服。
女子は純白のセーラー服に緋色のスカートを着用して登校する。
他校にもない配色の制服は当然、通行人の目を引く。
そのため、近隣の住民はその高校の生徒であるとすぐに判断する。
凌羽も、奈々未の父親の口ぞえで、おなじ学校へ入学したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます