第9話  『棒切』


凌羽の不自然な行動は、容疑者を細部まで観察するのにたけている、刑事の目に看破されたようだ。



「なあ。そぉこぉにぃ~、なぁにぃかぁ~、あ~るぅのぉかぁ~って聞いてんだよぉ~?」



一音ずつ区切るように山端がいう。


凌羽はあせる表情を読みとられないように、うつむきかげんになった。



「どうしてだまる? やはり、オレにかくしていることがあるようだな、おん……?」



山端の声色がすこしずつ低くなり、ドスのきいたものになる。


首をこきこきと鳴らしながら、凌羽のほうへ近づく。



まだ。


まだだ。


もうすこし。


もうすこし――。




肉体が損壊されてから十日。


できれば病院でガンガン点滴を流しこんで、大量に輸血もして、一週間ほど体をいやしたかった。


そうすれば体調もある程度もとにもどるだろう。


しかしそれができなかったのは、殺害時に服もケータイも財布も山端に処分されてしまったからだった。


特殊事案課に連絡を入れることはおろか、コンビニで食糧を買うこともできなかった。



あの夜。


バラバラのチリヂリにされた凌羽は、なかよし公園の植えこみの奥に埋められていた。


死を感知したことで、凌羽に内在していた神威がすぐに自動発動し、損壊された肉体の復旧をはじめる。



ず。


ずず。


ずずず。


こま切れの肉片たちは地中を懸命に進む。



こんな状態にされた場合、まず心臓が再生される。


そしてそれを中心に全身の部位が結合してゆく。


ふだんなら、だいたい二、三日で体は修復する。


だが今回はおもうようにいかなかった。


肉片や皮膚片、毛髪などが進んでいこうとするさきを、小石や土がじゃましていたからだ。


それでもさいわい、すべての部位が近い場所にあったために、六日間ほどでおおまかなパーツは結合、復元された。


そのあいだ、神の威光でも感じるのか、小動物や小虫が凌羽の肉に群がることはおろか、近づくことさえなかった。


一番複雑な脳ミソは、それから四日ほどの時間が必要だったが、それもなんとか修復された。


全身の末端までの神経、そして全長約九万キロメートルもあるすべての血管もつながり、肉体のすみずみまでが可動できるようになったのが、今日のあけがただった。


ちなみに、赤道の円周が約四万キロなので、血管をすべてまっすぐにつなげた総距離は地球を二周以上する長さである。



復活した凌羽は、全裸のまま土の中からよろよろとおきあがった。


人どおりのないうちに誰もこない場所におもむき、さらなる体力の回復をしようとかんがえたのだ。


日光浴である。


そして、人の手が入らなくなった荒れほうだいの雑木林に身を横たえていたとき、そこから見えたのが旧トンネルに入っていく山端だった。


なにかことをおこすのではないか。


ならばそれを未然にふせがなければ。


そんな使命感に突き動かされた凌羽は、ギシギシきしむ体でトンネルへむかったのであった。



凌羽は死ぬ。


不死身なのではない。


死ぬのだ。


ケガもするし、病気にもかかる。


発熱もするし、痛みも感じる。


だが。


生きかえる。


激しい痛みや苦しみと共に殺され、死ぬ。


そして、殺された時と同等の激しい苦痛と共に、生きかえる。


〈死〉という終わり。


それは凌羽にとって、生きかえるという〈ふりだし〉にもどるだけのマス目にすぎないのだ。



仕事柄、殺されることははじめてではない。


その激痛も苦悶も、脳内麻薬が感覚をうすめてくれるまでは、深くえぐるように記憶に残される。


常人ならば、それが一度。


たった一度の経験でいいが、凌羽は何回もこんな経験をしている。


当然、強烈なトラウマとなっている。


特に今回の〈死〉は、ひどいものだった。


叶うことならもう死にたくはない。


生きかえりたくもない。


自分のもつ能力がこんなにも忌々しいものならば、投げだしてしまっても誰ひとり文句はいわないだろう。



しかしそんな凌羽を突き動かすのは、使命感だった。


神のチカラを得た者が欲望におぼれれば、かならず被害をこうむる人がでる。


それをふせぎ対抗できるのは、おなじようにマガタマから能力を引きだせ、しかも理性を失くさずに邪悪な者に立ちむかえる人間だけだ。


高潔な魂をもつ者だけが、特殊事案課に籍をおくことができるのだ。



凌羽は今、目の前の災禍にどう立ちむかおうか、かんがえあぐねていた。


野にはなたれるべきではない凶獣相手に、万全ではない体調で、どう立ちむかおう。


とりあえず、太陽の光を背に当てる。


やがて体があたたまると、血行が良くなる。


新陳代謝を活発にさせるのだ。


体のすみずみまで流れる血液に乗って酸素が供給され、細胞のひとつひとつが活性化されていくのがわかる。


しかし、いかんせん体力も血液も足りない。


陽ざしも微々たるものだ。


さらには、数歩先まで山端が迫ってきている。


現状を切り開くための手札が、ない。



「なぁ。いつまでそこでじっとしてんだ、おん? 何か謀(はか)り事か? だが、もういいや……。オレを見ちまった以上、おまえはやっぱり処理しないとな。……で、どうしたらいい? 焼くか? 溶かすか? どうしたらおまえは生きかえらなくなるんだ、おん?」



刑事のくせに、ぶっそうなことをいう。



「い、今までも、何度か殺されましたが、焼かれたことも溶かされたこともないので、どうなるかはわかりません……。相応の苦しみは想像できますが」



ため息まじりに凌羽がいうと、山端は顔をあげ、ぴたりと足を止めた。


凌羽の返答で、何かとりこぼしてはならない語句に気づく。



「……今、おまえいったな? 何度か殺されたって。いったよな?」



「え? ええ……」



「へえ……。じゃあ、今後の身のふりかたのために、確認がてらもう一度くわしく聞いておきたいんだが。……ってことはよ、オレ以外にも、潜伏している能力者はいるってことだよな?」



「ええ、まあ。」



「だよな。おまえらのような能力者を追跡する組織があるんだから当然、追跡される能力者が何人もいるんだよな。っつーことは、おまえの組織、特殊事案課ってのは、能力をつかえるヤツがウジャウジャいるってことか?」



「まあ、それほど多いわけではないですが。……え、と。何人いたっけな」



糖分不足だろうか、おもいだせない。



「と、とにかく、内調で秘密裏に審査されたあとに特事の所属になりまして、ふたり一組で行動して、担当する各地で、山端さんのようなかたからマガタマを回収するんです」



「おん? じゃ、なんだ、ふたりってことはよ、おまえのほかにももうひとり、この辺を担当してるヤツがいるのか?」



「ふつう、それが常なんですがね……」



「なんだよ、じゃあ、相棒はどした?」



「今回はなんか、見たいライブがあるとかで……」



それではあまりにも責任感がうすいんじゃないのか、と山端はあんぐりと口を開けた。


仮にも命のやりとりをする仕事だ。


たとえバイト気分の高校生だとしても、それなりの覚悟は必要だろう。


だが、かんがえかたの相違は年の差のせいかもしれない。


そうひとり納得し、すぐにべつな思案をしはじめて無言になる。


ならば、特事の能力者を何人かかえり討ちにすれば、オレは欲望をおさえずに、自由気ままにやっていけそうだな。


女も金も。


殺しもな。


場合によっては、潜伏してる他の能力者と手を組んでもいいかもしれない。


山端はなにか、自分の中で合点がいったようすで、深くうなずく。


そんな負の計画をうかべているとはつゆ知らず、凌羽はつづける。



「人間の本能に闘争心や欲求がある以上、能力を手に入れると、やはり独善的になってしまうんです。善人だった人も暴力的になり、蛮性が増して人が変わってしまうんです。もちろん、毒のようなイザナミの呪いが、能力者に強い影響をあたえていることもあるんですがね」



山端はおもむろに口のへりをあげる。



「くっくっく。かもしれねぇな。こんなチカラを手に入れると、〈人間〉なんて枠の中で生きているのがバカバカしくなるぜ、まったく」



いいながら自嘲する。



「そこへいくとおまえは、チカラをもっていてよく独善的にならないもんだな。神様の能力をなぜ自分のために使わないんだ? あ、そうか。ただ生き返る、ってだけじゃ何の役にもたたねぇか、……ふかかかかッ!」



ふだんよりも饒舌(じょうぜつ)になっているようだった。



「……山端さん、かんちがいしていませんか?」



「おん?」



「理性もなく神のチカラを使う者は、ただの殺人鬼とおなじなんですよッ。今からでもおそくありませんッ。あなたがおもちのマガタマを、ボクにわたしてくださいッ!」



強い視線でいいはなった。


山端はあきれたように口を開け、凌羽の顔を見つめた。



「なんだおまえ。本気かよ。本気なのかよ。つまんねぇな……」



「え……?」



「そんなションベンたれみてえな善悪の価値観なんてよ、ありがちで何の意外性もないぞ。だがわかった。オレはお前みたいなヤツがキライだ。これ以上おたがいをすりあわせようとしても、ただただ摩擦しかおきない。だからやめよう。だめだ、いらねぇッ!」



ドス黒い瘴気が、山端を中心に一気に渦を巻きはじめる。


山端の瞳が赤く光った。


警戒色だ。


右手の刃をぺろりとなめあげる。


いつ飛びかかってくるだろう。


その緊張感で凌羽の背中に悪寒が走る。



トンネルにはあいかわらず人どおりはない。


その分、これ以上の被害者がでないのはさいわいではある。


しかし邪悪な存在がここにいて、凶刃をふりかぶっているのはたしかだ。


一分でも一秒でもはやくなんとかしなければならない。


おぞけをおさえこみ、身をかがめた凌羽が、覚悟を決めたそのときだった。



こつり。


こつ、こつり。



足音が聞こえた。


誰かがこちらへやってくるようだ。


凌羽が視線をむける。


それとほぼ同時に山端がおなじ方向を見た。



「ああ……。やっとみつけたよ……」



突然、トンネル内部の暗がりから、すずやかな声が聞こえた。


少女だ。


そこに、少女がひとり立っていた。


栗色のショートカット。


色白の顔に、凛とした大きな目。


純白のセーラー服。


そして、あざやかな緋色のスカーフネクタイとスカート。


その配色が、まるで巫女のような印象をあたえる。



「な、奈々未さん……?」



凌羽が問いかけると、



「うん。わたし」



声が肯定した。


こつ、こつり。


黒いレギンスをはいた長い足が前後して、ふたりに近づく。


そうか。


この女子高生が凌羽の相棒なのか。


山端はかんづいた。


場に充満していた緊張感をかき消した奈々未だったが、



「……ん? んん?」



急にとまどいながら目を見開いた。


そして、



「――ひぇぇぇッ!」



と、突然悲鳴をあげ、顔をおおった。



「ど、どうしました?」



あわてて問いかける凌羽。



ん、なんだ?


オレの腕のせいか?


山端は刀状に変形している自分の右腕を見た。


その異形の姿が、少女を怖がらせたのかとかんがえたからだ。


だがしかし、奈々未の視線は凌羽にむかっている。



「りょ、凌羽ッ! ちょ、ちょっと!」



顔を真っ赤にした奈々未が、そっぽをむきながらいう。



「な、な、なんです?」



凌羽はまだわからない。



「ほ、ほら! ぼ……、棒っ! 棒っきれ!」



「……棒っきれ……?」



凌羽はポカンとする。


すると、



「ふかかかっ。そうか、そうか」



ふたりのやりとりに、山端が先に納得した。



「なんなんですか? 山端さん」



答えがわからず、つい敵に答えをもとめる。



「だってよぉ、おまえさっきから、まっぱだぞ?」



まっぱ。


つまり。


全裸。



「――あッ!」


凌羽はおもわず声をあげ、自分の下半身に目をやった。



「そ、そうだったッ!」



赤面した凌羽は急いで背中をむけた。


トンネルをふさぐフェンスのむこうからさしこむ光。


その逆光の中に立つ凌羽が、全裸だったのだ。


近づくまで、奈々未は気づかなかった。


凌羽も自分の姿をすっかり忘れていた。



「まったくもう……」



奈々未はため息をついた。



「す、すいません……」



うしろをむいたまま、バツが悪そうに凌羽があやまった。



そ、それにしても、棒っきれって……。



奈々未にいわれた言葉が、なぜだか凌羽の胸を痛めた。



強気な口調の奈々未。


そして、敬語を使う凌羽。


山端はその力関係が気になったが、とりあえず聞くことはしなかった。


それよりも、能力者がもうひとり増えたことが気がかりだった。



少女である。


少女ではあるが、この場において、いっさいのおぞけを感じていないようだ。


よほどの能力者なのか? 


どんな神威をもつのだ?


山端は思案した。



「ねぇ凌羽……。もしかしてさ、また殺されちゃたの……?」



やつれすぎている凌羽の背中にむけて、奈々未が直球を投げつける。



「ええ。ケータイも壊されてしまって……」



「そっか。それで何日も連絡がつかなかったんだね」



「はい」



「むこうにいるおまわりさんは、今さっき亡くなったの?」



「ええ。そうです」



トンネル内を進んでくれば当然、山端に殺された警官の死体を見たはずだ。


しかしこの少女は、湯気をあげている無惨な巡査の死体を見ても、悲鳴ひとつださなかった。


十日前、公園で両断されたホームレスの死体と対面して平気だった凌羽にもおどろいた。


だがこの奈々未も、おなじように修羅場をくぐってきているのかもしれないと感じる。



「で、おじさんが?」



凌羽のやせた背中から視線をうつして、奈々未がたずねた。



「……おん?」



なんのことだ、と山端が首をかしげると、一拍置いてから、



「おじさんが、凌羽を、殺したの……?」



奈々未がまた口を開いた。


その声には、静かな怒りがこもっていた。



 

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