第4話 『夜話』
勝山なかよし公園は不気味な静けさにつつまれていた。
ライトアップされた木々が妖しく、そして美しく、闇に浮かんでいる。
時刻はすでに深夜の十二時をまわっていた。
今朝、惨殺事件のあった現場にこのんでくる者などいるはずもない。
公園内の不吉な空気感に、ホームレスたちさえ立ち去ったようだ。
あるいは犯人がホームレスを狙った意図があるなら、自分も被害をこうむるかもしれないという恐れを感じたのだろう。
だが、そんな園内を、臆するようすもなく徘徊する男がいた。
男は、ホームレスが寝床にしていたであろう段ボールハウスを乱暴に開けると、不在なのをたしかめ、舌打ちをしてから別棟へむかう。
そんなことをくりかえしているうしろ姿に、
「おひとりですか……?」
と声をかける者がいた。
「……おん?」
暗闇の中をふりむくと、見知った男が立っていた。
桜洋守凌羽である。
「……おまえ、今朝の」
「はい。こんばんは山端さん」
にこやかな表情で頭をさげる。
「あれ……、国分さんはいっしょじゃないんですか? 刑事さんて基本、ふたりひと組で動くんですよね?」
そう問われたが、部外者にいちいち答えるのもめんどうくさい。
「ふん。で、なにか用か?」
なぜか凌羽が癇にさわる。
「あ。あの……、おかえしいただこうかと」
山端の心情を察して、ひくつにほほえむ。
「おん? かえす? 何を?」
「ボイスレコーダーです」
「どうしてオレにいうんだ?」
「……あれ? さっき農業高校にむかったら、現場保存をしていた警察官さんが、落ちていたレコーダーは山端さんにあずけた、とおっしゃったんですよ。……どうやらボクといきちがいになってしまったみたいで。で、この公園でお待ちしてたんです」
そういわれ、山端が首をかしげる。
「おん? ここで待っていただと……? どうしてここでだ……? 用があるなら勝山署にくればいいだろ。……それにな、レコーダーは無くしちまったな。バタバタしてたし。だがオレに責任はないぞ。落としたのはお前だからな」
ふん、と鼻をならす。
「……そうですか。あれは特事から支給されたものだから、始末書を書いて提出しないとマズイなぁ……」
凌羽がこまりはてた表情をうかべると、
「知らねえよ」
吐き捨てるようにいう。
そして、
「……ところでおまえ、さっきいったな? ここで待ってた、と」
疑問におもったことをたずねてくる。
「はい。ここで」
「どうしてオレがここにくる、と?」
「探しているんですよね、目撃者を」
「まあな」
「ところで、トイレで殺された被害者のこと、何かわかりましたか?」
「いや、まだなにもな」
「え? そうですか。おかしいな」
凌羽は腕組みをし、首をかしげる。
「おん……? なにがおかしい?」
山端が凌羽の顔をのぞきこむと、
「あのかた、トビオさんですよ?」
といった。
「おまえ、知っているのか? あの殺されたホームレスを?」
「いえ、聞いたんです。……おそらく、あなたが今、探してる本人に」
凌羽はうかがうようにして、山端を見る。
こいつ。
オレの言葉尻や表情から、なにかを感じとろうとしてやがる。
なにを勘ぐっているんだ?
山端は、凌羽の視線や口調をいぶかしがる。
「んで、その男はどこにいる? おん?」
けだるそうに山端がいうと、凌羽は首をかしげ、
「あれ……? おかしいな……。その証言者が〈男〉だなんて、まだいってませんよね」
とぼけるように答えた。
「なにィ?」
その口調にカチンときた。
「やはり、ただ闇雲にではなく、誰か特定の人物を探していたんですね……?」
「やはり、だと……?」
「ええ。先ほど特事の人間に依頼して、被害者のあだ名、〈トビオ〉というのを警察のデータベースで検索してもらったんです」
「おん? 警察のデータベースだと?」
「はい。内閣情報調査室、特殊事案課はすべての省庁にアクセスして、内部情報を閲覧することが許されているんです」
特殊事案課は、その組織の特性上、たてわり行政の弊害を無効化する権限をもつ。
「ちッ、ガキが……ッ!」
頭の上を飛び越えられたような捜査の方法に、山端はイラつく。
自分に対する疑心のようなものも、あげ足をとるような口ぶりも、気分を悪くさせる。
「……検索の結果、トビオさんに窃盗の前科がありました。一年ほど前、空腹に耐えられず、スーパーでおにぎりをひとつ盗んだそうですね。……売値が百円程度のもので、しかも半額シールの貼ってあるもののようでした」
「へぇ。……で?」
「まだ、おもいだせません? とり調べたのは、……山端さんだったじゃないですか」
「む……!」
かえす言葉がない。
「証言者によるとトビオさんはやはり、家畜殺しの犯行を見ていたようです」
「だからよッ! そいつはどこにいるんだッ! そのホームレスに会わせろッ!」
「……あれ? まただ。……ボク、目撃者が〈ホームレス〉のかただったともいってないんですが……」
ふたたび見すかしたような指摘に、いいかげんかげん頭にきた。
「この野郎ッ! なめてんのか、くそガキッ!」
山端が凌羽の胸ぐらをつかみあげる。
「す、すみませんっ。すみませんっ。ボクのいいかたが気にさわったのならあやまります。くっ、苦しいんで、はなしてくださいッ!」
山端が強く突きはなすと、凌羽は地面に尻もちをつき、ゴホゴホとセキこむ。
「……ボ、ボクはこうおもうんです。犯人は、家畜殺しをトビオさんに見られたと知っていたのだろうって……」
凌羽は砂のついた尻をパンパンとはたきながら立ちあがり、つづけた。
「で、トビオさんはその場を逃れて、自分が高校内で見たことをホームレス仲間に告白したそうです。しかし、犯人に心当たりがあると告げてから、いったんトイレにいったときに、殺されてしまったようで……」
「さっきから、その口ぶりは単独犯のような決めつけに聞こえるがな、本部じゃカルト教団か、もしくは薬物でも使っているクズどもの複数犯って線できまっているんだよ、おん? 素人のガキがウダウダぬかすなッ!」
山端は露骨にイヤな顔をする。
「いや、もうちょっと聞いてくださいよ。……もし犯人がトビオさんの知りあいで、それがホームレス仲間の誰かだったなら、口封じにトビオさんと、仲のよかった証言者も狙うはずですよね」
「ふん。だろうな」
「でも証言者は殺されなかったわけですから、犯人はトビオさんとそのかたが友人関係にあったことは知らなかったというわけです……。これでホームレス仲間が犯人だ、という線はうすくなります」
山端は素人の推理にへきえきとする。
「さらに、もし犯人がトビオさんをすぐ追ってきたんだとしたら、やはり公園で話をしていた証言者を殺したはずですよね」
いいながら凌羽がむけてくる視線は、同意をもとめているようだったが、山端は無視した。
「つまり、犯人は家畜殺しの目撃者がトビオさんだと知った。理解した。そしてそのトビオさんは公園を寝床にしていて、盗みグセがあり、そのせいで仲間内でも孤立している人間だと知っている。だから急いで探す必要もないとかんがえ、家畜殺しをつづけた――」
凌羽は饒舌になって推理をつづける。
「犯人は、トビオの人間性まで知っている人物だった、といいたいんだな。おん?」
山端がみじかく要約した。
「しかし、犯人はトビオさんと友人関係にあった証言者の存在までは知らなかった……。だからきっと、あせったでしょうね……」
凌羽は一拍おき、
「あ、そうそう」
とわざとらしくいってつけたした。
「ちなみに、トビオさんと証言者が仲良くなったのは、数カ月前からだそうです。山端さんからとり調べを受けたずっとあと――ということになりますね」
凌羽はチラリと山端に目をやる。
外灯の光が逆光になって、山端の表情はうかがい知ることができない。
その唇がかすかに動き、ぼそりと声を押しだした。
「……で、最初にもどるがな。どうしてここでオレを待っていたんだ? さっきから、カマをかけるようなことをいったり、誘導するような口ぶりだったり……。つまり貴様、オレをうたがってるんだよな。おん? なぜだ? なぜオレをうたがってる……?」
声色にすごみがふくまれている。
しかし、うつむいたその表情は読みとれない。
だが凌羽は腹を決めたのか、おじけることもなくつづける。
「被害者のことを調べていたら、山端さんがうかんできましたしね。ほんとうはなにか、ごぞんじなのかとおもいまして……」
「ふぅん……。くだらねえな……。いいか? おまえの推理はな、妄想だよ、妄想ッ! オレは今まで、トビオというヤツのことを忘れていただけだし、遺留品でも残ってないかとこうして捜査をしていただけだ。それ以外になんの他意もない」
山端がいうと、
「んん~。やっぱりだめか……。刑事ドラマが好きで毎週見てるんですけど、うまくはいかないもんですね……」
凌羽はため息をつき、肩を落とした。
「ちッ、ガキがッ! こっちは朝から走りまわって疲れてるんだ。これ以上はつきあえないぜ。証人に関しては明日、正式な文書でおまえの部署にクレームいれてやるからなッ!」
吐き捨てると立ち去ろうとする。
そんな山端の背に、
「ち、ちがうんです。ちがうんです。ここまでは警察の範疇なんです。それはわかっています。もう犯人どうこうの話はしません。だから聞いてください。ここからが特事の範疇なんですよ」
いいながらすがりつく。
「おんッ? なんなんだよッ! 小僧ッ!」
その手を山端がふりはらう。
「ゆ、夢の話をしましょ?」
山端をつなぎ止めるために訳のわからないフレーズをいいはなつ。
「夢だァ? おまえ、シャブでも喰ってんのか?」
山端はイラだちをかくさない。
「いえいえ。あ、ほらほら、山端さん、半年くらい前、……去年の秋くらいに入院されましたよね?」
強引に場の空気を変えようする。
「お? ……なんでそれを知ってんだ?」
「いえ、警察の、人事課のデータで拝見して……」
「何ィ、またのぞいたのかッ!」
「ボ、ボクじゃないですよッ。ウチの特事の職員が、ですよ……!」
山端のイライラがまったくおさまらない。
「じゃあ、証人かくしの件とあわせて、ハッキングまがいの調査方法についても抗議してやるからなッ。その職員の名前を教えろッ!」
「え? 名前ですか……?」
「おうッ!」
「そ、それは……、」
「早くいえッ!」
「ええと。……さくら……ひろも――」
「――テメェじゃねえかッ! おんッ?」
いい終える前につっこみが入る。
「すみませんッ! 悪気はないんですッ、調査のためなんですッ」
ペコペコと平あやまりをくりかえす。
「それでッ、オレの情報をのぞいてッ、入院してたことまで知ってたのかッ!」
「は、はいッ。で、でもですね、山端さんのことは、べつな事件の調査対象を検索していてあがってきたんです」
あわてた凌羽が、またおかしなことをいう。
「おん? べつな事件の調査だと……?」
「はい。じつは今年に入って、この勝山市周辺でペットが殺されるという被害情報が派出所などによせられていたんです。で、役所などにも問いあわせると、ノラネコや飼いイヌはもちろん、その他にもスズメ、カラス、ネズミの変死体や、はては狛犬や灯篭、お地蔵さんなどの石像までが被害にあっていたんです」
「それがどうした? 悪ガキのイタズラだろう?」
「ええ……まあ。そういう見かたもありますが。それで数か月さかのぼって、勝山市周辺の病院のデータを……つまり、その……」
「ハッキングして……勝手にのぞいたんだな?」
「ええ……まあ」
「それでオレが入院いていたことを知ったのか」
「はい。バイ菌が脳に入って意識不明の重体だったとか」
「おん? まあな。医者の話じゃ、正直、サジを投げていたそうだ」
「でも……、ある日、まるで何事もなかったように病状が回復していたんですよね」
「ああ。医者もおどろいたそうだ。こんな事例はないってな。……で、あのな。ペット殺害とオレの入院と、なんの関係があんだよ? 話が見えねぇんだがな……」
「すみません。その入院中……、とくに意識不明のときに、夢、見ませんでしたか……?」
「おん? 夢……? おぼえてないな……意識もないのによ」
「そうですか? その夢が今回のカギになるんですけど」
「……? どんな夢がだ?」
山端は首をかしげる。
おもい当ることは、やはりない。
凌羽は一度セキばらいをし、山端の目を見すえる。
「まず、黒い鳥居。血色のしめ縄。そこをくぐって進んだ奥に、灰色の岩戸がある……」
凌羽が情景を表現するためにあげていくキーワード。
そのひとつひとつを聞くごとに、山端は記憶の深い所をくすぐられるような気分になった。
凌羽はつづける。
「その岩戸が開くと、深くて暗い洞窟がある……」
ああ、そういわれれば……。
と、うなずく山端。
「おぼえがあるようですね……。では、その洞窟には誰かいませんでしたか?」
瞬間、山端がおおきく目を開く。
「お、女だッ! 女が立っていたッ!」
入院中に見た夢が、脳裏によみがえる。
ぶるるッ、と山端は身震いをして、ひたいの汗をぬぐう。
「やはり、会ったんですね? ……死界の女神、イザナミに……!」
凌羽の視線がするどくなった。
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