「我々中央武官は三組で構成されている。『京組』『夢組』『山組』。特位一名、壱位三名、弐位及び参位合わせて九十名で構成されており、任務は王と城、もしくは城下の見廻り及び警護、実行犯逮捕が主だが、壱位以上は権限を用いて、自国はおろか他国でさえ疑わしい人物を一時的にだが逮捕する事ができる。そして二組がどちらかを担い、その間一組が休暇を取る仕組みで、およそ五日程度で任務を交代する。組はさらに三部隊で構成されている。『京組』は以下の『きのえ』『きのと』『ひとえ』部隊、『夢組』は『ひとの』『つちのえ』『つちのと』部隊、そして『山組』が『かのえ』『かのと』『みずのえ』がある」




 入り組んだ廊下を歩いていた雪那は前を見ながら隣で歩みを進める二人に説明を続けた。


「私は『山組』の長、特位で、我々は今、城下の担当だ」

「『山組』って三番目だった、よな。確か『京組』『夢組』『山組』の大将は、上から順に戦闘能力が強い者が担ってるって聞いた事がある」

「ああ。私は三番目だ。落胆したか?」

「うんにゃ」

「そうか」


 嬉しげな表情を訝みながらも、目的地に辿り着いた雪那はその部屋の扉を両手で押した。


「チーッス」


 命を絞り出した雄叫び。武兵は切にそう感じた。

 部屋は先程と同じく畳と障子と襖で囲まれていたが、此処は奥中央に椅子ではなく一人分の長方形の机四つが、何も置かれていなかった処に、中央を空けた左右に十五列ずつ三人並べるほどの長方形の机があった。


 その部屋に居た者らは雪那を視認すると同時に雄叫びをあげ、迅速に移動し各々決められた机の後ろに座った。


 心地好い緊張感と静寂が漂う中、雪那の背後を歩く武兵と紗綾は左右中央の机の間が人物で埋まる部屋の中央を歩いていたが、奥の机の前で止まった雪那の横に並び後ろを振り返った。


 一望できるのは精悍な顔つきの武官たち。武兵は口の端を上げた。


「この二名は陸龍武兵と破虎紗綾。これから私と行動を共にする」


 雪那が背後の一名を除き武官全員を見渡して後、粛々とした態度でそう告げた途端、ざわめきが生まれた。


「隊長~」


 寝ぼけ様のような呑気な声がした方を向けて見えるのは、部屋に入り右から数えて三番目の奥机の後ろに手を上げて座る、肩まで伸ばす若布髪の寝起きのような表情の男。


「何だ?間宮まみや


 雪那は男、蘇我そが間宮に身体を向けた。


「ん~。一つ質問~。何で特別扱いするのか~」


 人差し指を上げてそう問いかけた間宮。終始呑気な口調は崩さなかった。


「武人の神様と謳われる『陸龍』と『破虎』の血が流れてるからって、強いとは限らんのでしょう?」

「悪いけど、よわっちいあんたらと闘う気はさらさらないから」


 手を振りながら莫迦にするように告げた武兵は、そのまま親指を雪那へ向けた。


「俺の相手はこいつだけ。分かったか?」

「二人に手出しは厳禁。これを破った者は厳罰に処す。分かったな」

「了解~」


 大方の武官は是と頷き、それでもと異論を心中に吐露する武官も間宮のその後押しによって、不承不承と言った具合に是と頷いた。




「たーいちょ」


行動計画を再確認して後、武兵と紗綾を連れて部屋を出た雪那を追った間宮。辺りを一瞥して後、教えてくれませんかねと告げた。


「強引過ぎでしょう。何時もだけど今回はひどすぎ。あれじゃあ、納得しませんって」

「納得するな。理解しろ」


 間宮は肩を揺らした。


「隊長直属は理解するとして、闘い厳禁はあいつら筋肉莫迦にはちと酷ですよ。大体『京組』も『夢組』も黙ってないでしょうし」

「今から仁科にしな澄義すみよしの処に行くから心配は無用だ」

「たいちょう。なんですよ。あんたは」


 今までとは打って変わって斬りかかる様な口調に、その態度に。眉根を寄せた雪那は参ったとでも言うように溜息を短く小さく吐き出した。


「今は様子見だ。後に変わるかもしれん」

「りょ~かい」


 憑き物が落ちたような明るい笑みを浮かべた間宮。それ以上は何も追求することなく、行ってらっしゃいと手を振って見送った。




「あのさ。質問があるんだけど。三つ」


 階段を上り下りして入り組んだ廊下を突き進むを繰り返して漸く城の外に出た武兵。昼寝でもしようかとの考えが浮かびそうなほど、ぽかぽかと暖かい陽気の中、国木でもある満開の桜を視界の端に捉えながら、前を歩く雪那の横にまで距離を縮め、此方を見ない彼女に構わずに言葉を紡いだ。


「一つ。今の俺らの部族の扱われ方。一つ。何で莫迦正直に俺らの正体を明かしたのか。一つ。あんた部下が付いて行かないぞ」

「好き好んで大将になったわけじゃないからな」

「何だそれ。どんな我が儘?」


 雪那は呆れ顔を一瞥して後、口を開いた。


「『陸龍』『破虎』は武の真髄を探究する為、東西の果てへ赴いた伝説の武闘家部族と謳われている」

「へぇ~、ご苦労なこった」


 今にも鼻歌を唄うように一言を発した武兵は、両手を後頭部に重ねた。


「ま、間違ってはいないけどな」

「国もそれを望んでいるからな。元凶を英雄にしてでも、平和でいてほしいと」

「ふ~ん」


 武兵はさも興味なさそうに相槌を打った。


「んじゃ、俺たちの存在はおろか、あんたの事も何も知らないってわけか」

「『三人の英雄が悪者を倒して世界は平和になりましたとさ』」

「何だそれ?」

「『英雄伝説』。倒すべき銀髪と金髪は紆余曲折を得て紫の仲間になっている」

「な~る」


 武兵は鼻で笑った。


「じゃあ悪者は誰って設定なんだ?魔王か?」

「隕石」

「自然現象かよ。面白くも何ともないな」

「組み合わせが違うだけで、事実は散りばめられているだろう」

「まぁな」


 肩を揺らした武兵はで、と先を促した。


「万が一を考えたら俺たちの事を隠しといた方が得策だっただろう」

「それが熒様の意向だからだ」

「ふ、ん」


 武兵は面白くないとでも言うように眉根を寄せた。

 抑揚のない口調に、変えない表情に、抱く感想は一つだけ。


(まるで人形だな)


 しかも命じられるままに突き動く可愛げなど一切ない機械人形。死ぬまでの一生をただただ命令だけを待ってそれを遂行する。感情も想いも何もなし。


(これが俺たちの好敵手かよ)


 武兵はそっと嘆息をついた。






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