「あ。どうも。二人を。よろしくお願いします」


 扉の前で待っていた濃紺の瞳に向日葵色の短髪の男性は、視線を右往左往させながらも入る時同様に頭を下げた。三人は彼の前で一旦立ち止まった。


「こいつ。俺たちと一緒に此処に来た破虎わこ彰謙あきのり。連れて来てくれてありがとな」


 紗綾も武兵に呼応する様に頭を下げた。


「いいや」


 後頭部に片手を当てて朗らかに笑った彰謙。雪那に向かって再度頭を下げて後、二人に手を振ってその場を去って行った。


「行こうぜ」

「ああ」


 彰謙の態度に若干の違和感を覚えつつ、雪那は二人を『山組』待合室『刄』の部屋へと先導した。






「母様。来てくれてありがとう」


熒は焔に頭を下げた。


「あいつの主は今はおまえだろう」


 呆れ交じりの発言に、熒は口を尖らせた。


「今も昔もこれからも。雪那はずっと母様しか主と認めないわよ」


 焔は不貞腐れる熒の額を指で弾いた。


「痛い」

「精進する事だ」

「分かってるわよ」


 噛み付くような視線を面白げに見つめて後、焔は熒の左斜めに佇む朝花野に視線を向けた。


「未熟な娘だが頼んだぞ。朝花野」

「御意」


 朝花野は深々と頭を下げた。焔は小さく頷くや、熒から背を向けて扉へと歩を進めようとしたのだが、熒に呼び止められて振り返った。


「母様は何で雪那を武官に引き入れたの?」

「幼い子どもを私の傍に居させたのは。なるほど。非道な事だな」


 問いに答えていない焔に、そんな事が言いたいのではないと反論したかったが小さく頭を振るだけに留まった熒。そう思っていたのは事実であった。



 通常、武官とは幼い頃より国直属の訓練場で鍛錬を積み重ねて初めて就ける職。しかもそれを経た者全てがなれるわけではない生業でもあった。自主的に鍛錬を積み重ねていなかったにも拘らず、雪那はその必要不可欠な過程を経ずに武官に任命されたかと思えば、課せられたのは三年間の王護衛だけに専念すると異例の任務であり、その三年後の十四歳の時には『山組』の長にまで登り詰めていた。


 王に危険はつきものであり、だからこそ護衛者は国屈指の実力者に任せるのが恒例であったのだが、その当時その実力に達していない雪那が何故その任を課せられたのか。


 彼女を武官として鍛える為にとしか考えられなかった。




「何で特別扱いしたの?」

「手駒になると判断したからな」


 微笑を浮かべてそう告げた焔はそれ以上は何も告げず、また熒も呼び止めなかった為、今度こそこの部屋を後にした。






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