「この本は紫の髪に翠の瞳を持つ者が持っていた物であり、読める事ができるのも、記す事ができるのも、消す事ができるのも私たちだけ。これを『桜火』に預ける事にしたのはひとえに彼らの殺害を強く止めた国でもあり、血の繋がりがないであろう私たちが何故か産声を上げる国でもあるからだ。子孫よ。渡されたその日からこの本は常に身に着けているように。そして身が果てる時に、再度『桜火』に預けよ。子孫よ。どうか強く在れ。子孫よ。己の責を果たせ。子孫よ。彼らを護れ」




 淀みなく語っていた雪那は一息ついて、言葉を紡いだ。


「最後の語りかけの件は筆跡が異なっていました」

「なるほど…持ってろって言ってるから、あなたが持っていなさい」


 熒は未だに本を掲げるように持つ雪那にそう告げた。是と答えて胸元に本を収めた雪那は不意に差し出された手に熒から視線を横に映した。


「俺の名前は陸龍むりょう武兵たけひと。こいつの名前は破虎わこ紗綾さや


 熒の隣に立つ銀髪に紅の瞳の少年、武兵は後ろ斜めに立つ金髪に蒼の瞳の少女、紗綾を親指で差した。

 物怖じしない性格に、気弱な性格。二人を見てそんな感想を抱いた雪那は失礼しますと告げてその場に立ち上がり、自分と同じ背丈の武兵と自分より背の低い紗綾を交互に直視した。


「何故そうやって居られる?薬か?」

「精神力」


 ニッと歯を見せるその笑みは、生意気な子どもが見せるそれに似ていた。


「『陸龍』も『破虎』もさ。俺たちの存在を疎ましく、つーか。堪え難いもんだって思ってんだよ。血に溺れて血の赴くままに戦闘をするって言う姿勢が?けしからんだってよ。そんなもん精神で抑えろって。赤ん坊の頃からだぜ。血に勝て。闘って傷ついていいのは、己と相手のみ。肉体と共に精神も鍛えろ。もう耳に蛸ができたっての。な?」


 矢継ぎ早に話す武兵は斜め後ろに居る紗綾に顔を向けた。紗綾は数度瞬きするだけで何も発さなかったが、武兵は気に留めるでもなく、再び雪那に顔を向けた。


「ま、その成果が俺たちってわけ」

「それが何時まで続くか分からないだろう」


 睨む雪那に、口を閉ざして眉根を寄せ一時凝視していた武兵は、顎に手を添えて口を開いた。


「あんた。本当に十五歳?どう見ても三十くらいに見えんだけど」

「失礼ね。雪那は十五よ」


 熒は腰に手を添えて答えた。武兵はそれでも眉根を寄せたまま、雪那を凝視した。


「石碑には確かに俺たち三人は全員同い年だって彫られてたけど。本当に十五か~。年誤魔化してないか?」

「年など拘るものではないだろう」


 さもどうでもいいと返す雪那に、目を僅か見開いた武兵が何かしらの反応を返すよりも早く、熒が口を開いた。


「あなたの傍に置くから」「はい」


(随分と、すんなり受け入れたな)


 疑問が浮かぶも、駄々をこねられるよりはましかと思った武兵。心の中に生じた靄を一旦端に置き、人当たりの良い笑みを浮かべて口を開いた。


「まぁまぁ。俺たち暴走しないからさ~。気楽に居ろよ。あ。呼び捨てで良いぜ。俺らもそうするから。細かいとこはおいおい考えようぜ」

「細かい事?」


 聞き返す雪那に、そうと、武兵は力強く頷いた。


「これから一緒に住むわけだし、一緒に働くわけだし。色々決めないといけないだろ。あ。最初に言っとくけど、俺、女に全然興味ないから。あんたと紗綾に恋愛感情とか情欲とか持たないから安心しろよ」

「よろしくお願いします」


 見た目同様可愛い声音で頭を下げて挨拶をした紗綾に、雪那はああと返すと、そのまま熒に後任は白水に任せると告げた。

 熒は嘆息をついた。


「却下」「では、斗志としに」「辞する事自体を却下って言ってんの」「しかし」「母様」


 雪那は肩を竦め、開かれた音がする扉の方へとぎこちない動きで身体を向けた。

 扉を開けた先に居たのは熒の母親であり前国王、桜火おうかほむら。彼女は名のように朱い長髪を揺らしながら、毅然とした態度で一直線に進めていた歩みを止めて、雪那を見下ろした。


「異論はないな」「しかし」「ないな」


 焔の登場によりこの空間に緊張感が漂う中、彼女と相対している雪那は明らかに委縮していた。表情こそ変えないものの、瞬きを多くさせ、視線を右往左往させていたのだ。


「返事が聞こえないが。私の耳も耄碌したのだろうか。なぁ、雪那」


 鬼が今から人を喰ってかかるようなそれに似る凄まじい笑みに、これ以上抵抗する術などなく、雪那は今度こそ完全に是と答えた。






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