『捨てられたのか?』


 通称、『姥捨て山』。枯れた白木が密集するその山だけは人を捨てても赦されると言う伝説を未だに信じる者は多く、主に生活が貧しい者たちが病に罹った赤子や老人を捨てに来ていた。


 血のような朱の長髪と吊り上った目元、笑みなど一度も浮かべた事もないような顔面鉄壁の人間に、鬼ではないかと感想を抱きながらも、立ち上がる事がもう叶わない少女は横たわったまま鬼を眼球だけを上げて見た。


 喰われるのではと言う恐怖など微塵もなかった。両親に捨てられたと言う悲しみも。


 鬼の言う通り、病に罹った自分は捨てられた。

 突然の凶作に、為す術はなく。毎日祈る日々が続いた。毎日皆の身体は痩せこけて行った。

 その最中に病に罹った自分。食料もなく医者も居ない以上、殺すか捨てるかの二者択一に、両親は後者を選んだ。


 この山に母に背負われながら連れて来られる時、ごめんねと、何度も謝り続ける母に、謝らないでと言いたかった。私の方こそ、こんな時に病に罹ってごめんと、謝りたかった。役に立たなくて、ごめんと。


『死ぬのは怖いか?』


 鬼は少女を見下ろしたまま問いかけた。少女はううんと力なく答えた。


『なら何故泣く?』


 鬼にそう告げられて、少女は初めて自分が泣いていた事に気付いた。


(何故?)


 思い浮かぶのは、笑顔に満ちた頃の生活。毎日食べるのがやっとの生活だったけれど、とても幸福に満ちていた、懐かしい刻。


『…母様たちに、腹いっぱい、おかかを食べさせたかったなって』


 痩せこけて行く父母と兄を見るのが、何よりも苦痛だった。叶うのなら、自分の血肉をあげて腹いっぱいになってほしかったのに、病に罹った自分を食べさせるわけにもいかずに、こんな処まで連れて来させるという要らぬ労力までかけさせてしまった。


 村へと戻って行く小さな背中に、幾度謝り続けただろうか。


 凶作は未だに続いている。狩猟する動物もいない。採集する植物もない。こんな辺鄙な村だから国の援助が届くはずもない。そんな状況で、父母と兄はこれからどうなるんだろうか。あのまま、痩せこけて、命を削られて、息絶えるのだろうか。


 想像すると、腹の底から身体が震える。耐えられない。


『死んだら、この身体が、お米になればいいのに』


 何でもいい。腹が膨れるものに化けられたら。


『自分の死よりも、家族の死が怖いか?』

『怖い』


 少女は顔を歪ませて即答した。

鬼が数秒間、恐怖に青ざめる少女の瞳を見つめた後、口を開こうとした時だった。誰かが鬼の傍に駆け寄り、その場に膝を立てて静かに告げた。

 少女はその発言が嘘でなければいいと祈りながら、意識を手放した。





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