11. 家族
「今日は、とことん甘やかすデーにしようと思います!」
朝、ミサト様を起こしに行ったところで、私はそう宣言しました。
ミサト様の反応がないので、もう一度。
「甘やかすデーです!」
「いや、聞こえてる。聞こえてるんだが……、またいつも以上に唐突だなぁ」
「そうでしょうか?」
はて、という顔をすると、ミサト様はやれやれと首を振りました。
最近、ミサト様もポチさんも、こういった仕草が結構似てきている気がしてきています。
「ということで、今日こそはお着替えをお手伝いします!」
「だから、それはやめろ!」
ミサト様のパジャマのボタンを外しにかかろうとしましたが、またも逃げられて
しまいました。相変わらず、つれないです……。
そんな感じにバタバタと身支度をした後、1階へと降りて朝食です。
今日は、トーストとハムエッグ。それから、リンゴを剥いてみました。
ミサト様の向かいに座って、食事の様子を眺めます。私は残念ながら、
普通の食事を取ることはできないので、普段は見ているだけですが……、
今日はひと味違うのです!
ミサト様が、トーストの最後の一切れを飲み込み終わったところを見計らって
私はフォークを手に取りました。
すかさず、ウサギ型に切ったリンゴのお腹を一刺し。
「はい、あーん」
ミサト様は、目をぱちくりしています。
「いや、自分で食べられる」
「あーん」
「いや、だから……」
私は有無を言わさず、そのままリンゴを差し出します。
「あーん」
「……あーん」
ミサト様は小さな口でリンゴを人かじり。
「どうですか?」
「甘い」
「はい、よかったです!」
私が笑顔になると、ミサト様は少し恥ずかしそうに顔を赤くして、
うつむいてしまいました。
◆ ◇ ◆
朝食の片付けをした後は、3階の作業部屋に向かいました。
先に上がってきていたミサト様は、すでにデスクで何やら画面に表示されている内容を
確認しているようです。
「今日は家の事はいいのか?」
「はい、一日ぐらいは少しお休みしても大丈夫ですよ。今日はなるべくミサト様の
側にいようと思います」
「見られてると、やりづらいな……」
「それなら、部屋の隅っこで、静かに、大人しくしていますから、
あまり気にしないでください」
ミサト様は、「うーん」と顎に手を当てて何か考えている様子です。
「よし、わかった。別に急いでやる事があるわけじゃないから、今日はオフにしようか」
「いいんですか?」
「なんとなく今日のユウカは、ずっと付きまとってきそうな気配を感じる」
私は「えへへ」と笑ってごまかします。ミサト様は「やっぱりな」と苦笑しました。
「では、今日は何をして過ごしますか?」
「特に何も考えてないが……。とりあえず、昼間外に出るのはやめよう。暑い」
ミサト様に釣られて窓に目を向けると、今日も快晴。遠くには入道雲も見えて、
夏真っ盛りといった様子です。
視界の隅からアプリ一覧を開いて……。天気予報を確認してみると、
今日の最高気温は36度となっていました。見出しにも「猛暑」の文字が躍っています。
確かに、必要がないのであれば、あまり外出しない方が良いかもしれません。
それに、あまりに気温が高すぎると、私の機械のカラダにもあまり良くはないでしょう。
ミサト様が、カラダの調子を気にしてくれていることがわかったので、最近はなるべく
朝の気温が上がる前か、夕方の気温が下がってきた頃に出かけるようにしています。
それと、ゲリラ豪雨対策のために、折りたたみ傘も必ず携帯することにしました。
「それなら、今日は家で何もせずに、のんびりしていましょうか」
「うん、そうのも良いかもしれないな」
ミサト様は、画面に映っていたウィンドウをすべて閉じてしまいました。
「よし、下に降りよう」
◆ ◇ ◆
「なんということでしょう……」
私はリビングのローテーブルに手をつき、愕然としました。対して、ミサト様は
余裕綽々といった感じです。
「トランプなんて久しぶりにやったよ」
神経衰弱、インディアンポーカー、スピード……。いくつか、ふたりでできる
トランプゲームをやってみたのですが、見事に完敗しました。
私の機械のカラダの力をもってしても、太刀打ちできないとは……。
「リ、リベンジです! 他に、ふたりでできるゲームはありませんか!?」
「うーん、それなら少し古いが、レースもののゲームがあったはず」
ミサト様はリビングの棚から、ゲーム用のコントローラーを取り出してきます。
「うん、しばらく使っていなかったが、動きそうだ」
充電用のケーブルをつないで軽く設定を確認した後、コントローラーの片方を
渡されました。
「今度は負けませんよー!」
私は、コントローラーを握りしめて意気込みます。
そして、何戦かプレイして……。
「な、なぜ勝てないのですか……」
私は、再びローテーブルに手をついていました。またも完敗です。
最後の方は、必勝攻略法を検索してまで挑んだというのに!
「一時期、結構遊んでたからなぁ」
このゲームは昔から人気のシリーズの1作品で、私も多少はやったことがある
有名タイトルです。アイテムで相手の邪魔をしたり、コース自体にもギミックがあったりと、
単純な操作の腕前だけで勝負が決まるゲームではないはずなんですが……。
なぜか、一度追い越したとしても、いつの間にかもう一度追い抜かれていました。
悔しいです……。
ゲームで遊んだ後は、お昼ご飯を食べ――というより食べさせて。
そしてまたリビングへ戻り、今度はのんびりと過ごします。
屋外では相変わらず夏の刺すような日差しが照りつけていますが、エアコンのおかげで
この部屋は快適な温度を保っています。
リビングに敷かれたカーペットの上に正座して、ミサト様を膝枕に誘うと
今日は素直に頭を預けてくれました。
柔らかで少し癖のあるミサト様の髪を、指先でくるくると弄びます。
「こうやってお昼寝するなら、縁側に風鈴なんていうのも、良さそうですねぇ」
和室……、床は畳で扇風機ひとつ。きっと風は生ぬるいのでしょうが、
それが夏の風情というやつです。
でも、ミサト様はエアコンがないと寝苦しいと言うでしょうか。
「旅行に行って旅館で一泊とかも……」
「ああ、そういうのも良いかもなぁ」
少し眠たそうな声。ミサト様の頭をそっと撫でいると、じきに寝息が聞こえてきました。
今日も、しばらくこのまま――いえ、この前よりもミサト様の寝顔を堪能して
しまいましょうか。
◆ ◇ ◆
そうして、ミサト様かまい続けて。一日の最後は一緒の布団に入ります。
本当は、お風呂で背中も流したかったんですが……、あまり水をカラダに
浴びてしまうと、またミサト様に心配をかけてしまうので、今日は我慢。
今度、なんとか完全防水する方法を編み出そうと思います。
横を向くとミサト様と目が合いました。そのまま、「えい」と抱きついてしまいます。
ミサト様は一瞬身をすくめて、でもすぐに緊張をほどいてくれました。
「ねえ、ミサト様」
「どうした?」
ミサト様は私に抱きしめられたまま、視線だけこちらへ。
「家族って、これで合っていたでしょうか?」
小さな声でミサト様に尋ねます。
「『私』は一人っ子でしたし、子供の頃の情報も断片的で……、よくわからないんです」
「そうだなぁ。私もよくわからない」
ミサト様は少し身じろぎをして、私をのぞき込むように見つめました。
「わからないけれど、いいんじゃないかと思う」
ミサト様は、優しい顔をしています。
「なあ、ユウカ」
「はい?」
「ひとりは、ちょっと寂しいけれど」
「はい」
「今はそうでもないかな」
「はい、私もですよ」
私はミサト様を、改めてぎゅっと抱きしめました。
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