8. アンドロイドの恩返し
「ポチさん、ポチさん」
翌日の朝、私は少し食い気味にポチさんに声をかけました。
「私、ミサト様に恩返ししたいんですよ」
「藪から棒に、どうしたワン」
ポチさんは、かわいらしく小首をかしげます。
「ほら、昨日は心配してもらいましたから」
ミサト様的には、ただ丁度いいタイミングだったというだけなのかもしれません。
それでも、きちんと手入れをしてもらえるのは、機械のカラダとしては
きっと良いことですし、うれしいことですよね!
「でも、どうしたら喜んでもらえますかねー?」
よく考えると、私とミサト様は出会ってそれほど長くありません。
感謝の気持ちを伝えるには、どうしたらいいでしょうか。
「何でもいいんじゃないかわん。ご主人は、なんだかんだで、ユウカのやることを
嫌がったりしないワン」
「なんでもいい、が一番難しいんじゃないですか」
「いつもは妙に押しが強かったりする癖に、面倒くさいアンドロイドだワン」
「面倒くさいってなんですか!」
抗議しますが、ポチさんはやれやれって感じに首を振っています。
「いつも通り、少し過度なぐらいに構いにいくぐらいでいいんだワン」
「そうですかねぇ……」
私は「むむむ」と考え込んで。
「ああ、そういえば、いいものがありました!」
先日見つけてたものが、もうひとつあった事を思い出しました。せっかくなので、
使ってみましょう!
ポチさんが、「結局、自己解決したワン」なんて言っているのが聞こえました。
◆ ◇ ◆
「ということで」
「なにが、ということ、なんだ?」
ミサト様はお昼ご飯の後、食休みしていたところでした。若干白い目を
向けられていますが、気にしません。
私は、リビングのカーペットの上に正座で座ります。
「ミサト様、ミサト様」
ぽんぽん。太ももを右手でたたきます。
「こちらへ、いかがですか」
「ん?」
ミサト様は首をかしげています。
「ひざまくら、ってやつですよ!」
もう一度、太ももをぽんぽん。
「また唐突に、どうしたんだ?」
ミサト様は怪訝な顔です。
「ほら、こんなものも見つけたんですよ!」
用意しておいた耳かき棒を取り出します。実はこれも、先日散髪用のはさみと一緒に
見つけていたのです。
「今度は、耳かきか」
「はい! 私、これもやってみたかったんですよね!」
ニコニコと、ミサト様を見つめます。
「はあ、仕方ないな……」
ミサト様は、やれやれといった感じにこちらへ。
「ささ、どうぞ!」
三度目の太ももをぽんぽん。ミサト様は寝転ぶと、恐る恐る私の膝枕の上に頭を
載せてくれました。
「はい、いらっしゃいませ」
見下ろすと、ミサト様と目が合います。
「えへへ」
「なんだ、耳かき、するんだろう?」
またニコニコと見つめていると、ミサト様はぷいと横を向いてしまいました。
「では、失礼しますね」
気をつけながら、耳かき棒をミサト様の右耳へ。
「そーっと……、そーっと……」
まずは、手前の方から。優しく、優しく。
「うう……」
私の手元の動きに合わせて、ミサト様がピクリとします。
「どうしました?」
「言っただろう、苦手なんだ……」
「ふふふ、くすぐったがりなんですねー」
「そのアヤシイ笑いはやめ……、うひゃい!」
ケガをさせたりしないように耳かきをどけてから、指先で耳たぶをさわさわと触れて
イタズラしてみます。ミサト様は、くすぐったさで変な声を上げました。
「こら! やめろ!」
こちら向きに顔を戻したミサト様に、睨まれてしまいます。
「はい、ごめんなさい」
ミサト様のおでこの上のあたりをひと撫で。少し癖のある髪は、相変わらず柔らかです。
「さ、続きをしましょう」
素直に謝ったおかげか、ミサト様は大人しく、また横を向いてくれました。
改めて気をつけながら、耳かきを再開です。
「そーっと、そーっと……」
外側からだんだん奥へ。やり過ぎもよくありませんので、ほどほどに。
そして、最後は梵天で軽く残りを取ってあげて……。
「はい、片方終わりましたので、反対側を向いてください」
ミサト様が私の膝の上でクルリと向き直ります。これは、私もこそばゆい感じです。
「じゃあ、いきますね」
ミサト様はこくりと頷きます。
「はーい、カリ、カリ……」
左耳も同じように耳掃除をしていきます。外側からだんだん奥へ。
力を入れすぎたりしても痛くなってしまうので、そこも気をつけて。
「そして、最後の梵天ですよー」
こちらも、梵天で軽く拭います。ミサト様はやっぱりくすぐったいのか、
またピクリとしました。
「はい、おしまいです」
「うん、ありがとう」
こちらを向いたミサト様と三度目が合います。
「膝枕なんて、前にしてもらったのは、いつだろうなぁ」
「大きくなってから膝枕してもらう事って、なかなかないですよね」
さっきと同じように、ミサト様のおでこの上をひと撫で。穏やかな時間です。
「どうでしょうか? せっかくなのでこのままお昼寝っていうのは」
「うん、そういうのも、いいかもしれない」
ミサト様はそっと目を閉じました。
「30分ぐらいで起こしてくれ」
「はい。おやすみなさい」
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