7. ずぶ濡れアンドロイド

 買い物袋を片手に提げて歩いていたところ、頬にぽつりと冷たい感触。

釣られるように空を見上げると、頭上はどんよりと黒い雲に覆われています。

これは、ひと降り来そうで……。


「あらら?」

 ぽつり、ぽつり。じきにパラパラと。そして、あっという間に、

激しい雨に変わりまってしまいました。

 「ひゃー」と声を上げながら、女の人が駆け出していきます。周囲にも、

同じように慌てて避難していく人たちがちらほらと見えました。


 今日は降水確率がそれほど高くなかった事もあって、残念ながら傘は持ってきていません。

この時期は、夕立、ゲリラ豪雨を考慮して、出歩く際は折りたたみ傘を携帯した方が

良さそうですね。失敗です。


 さて、ここからなら下手に雨宿りする場所を探すよりは、家まで急いだ方が良さそうでしょうか。

私も、荷物を持ち直し、先を急ぐことにしました。



                ◆ ◇ ◆



「ただいま帰りましたー」

 玄関にとりあえず買い物袋を置きました。最近、愛用している買い物袋も、

すっかり水を含んでしまっています。後で干してあげないと。


「あのー、すみませんが、どなたかタオルを持ってきてもらえませんかー?」

「どうしたワン、ずぶ濡れだワン」

 家の中に向かって声をかけると、ポチさんがやってきてくれました。

「途中で土砂降りになってしまいまして……。すみませんが、洗面所から一枚バスタオルを

 持ってきてもらえないでしょうか」

「まかせろワン」

 とことこと再び奥へと戻っていきます。少し待っていると、ポチさんはバスタオルを

背中に乗せるようにして、帰ってきました。

 ただ、残念ながら、端のところを微妙に引きずってしまっています。器用なんだか、

不器用なんだか……、よくわからないポチさんです。


「ありがとうございます」

 タオルを受け取って、濡れた髪を拭いていきます。服もすっかり水を吸って重たいです。

「ユウカ、お帰り。……何だ、雨に降られたのか?」

「はい……、ひどい目に遭いました……」

「ほら、貸せ」

 ミサト様は私の手から少し強引に、タオルを奪い取っていきます。

「ほら」

 少し背伸びをして、私の頭を拭いてくれ始めました。私は背伸びをしなくて済むよう、

頭を差し出します。


 ミサト様の小さな手が、不器用に私の髪をタオル越しに撫でて……。

一通りタオルで水気を取った後、ぽんと軽く手でたたかれました。

「よし。とりあえず軽く拭いただけだから、着替えてきた方がいいな」

「はい、ありがとうございます」

「ああ……」

 私がお礼を伝えると、ミサト様は少し恥ずかしそうにして、

そっぽを向いてしまいました。


 ミサト様からタオルを受け取って、カラダも服の上から軽く拭いてから靴を脱ぎます。

靴の中もぐちょぐちょになってしまっています。水を吸った靴を履いていると、

どうしてこんなに気持ち悪く感じるんでしょうね。

 このカラダは足先の感覚も少々鈍いのですが、やっぱりどこか落ち着かない感じがします。


「ユウカ、荷物を片付けたらメンテナンス服に着替えて、上まで来てくれ」

「作業部屋ですか?」

 ミサト様は、「ああ」とうなずきます。

「先に行っているよ」

「はい、わかりました」

 ミサト様はそれだけ言って、階段を上がっていってしまいました。

 何かあったでしょうか。少し不思議に思いましたが、とりあえずは濡れたままの服を

どうにかするのと、荷物の片付けが先ですね。

 まずは、一度自分の部屋に向かうことにしました。



                ◆ ◇ ◆



「ミサト様、お待たせしました」

 一段落してから、3階の作業部屋へと向かうと、ミサト様はいくつかの工具を並べて

私を待っていました。

「ベッドに横になってもらえるか?」

 作業部屋の奥側には、私のメンテナンス用と、たまにミサト様のお昼寝に使われている

ベッドがあります。

「ある程度防水されているとはいえ、マメなメンテナンスをした方が部品も長持ちするだろう」

「ああ、なるほど」

 私がうなずいて、ベッドに寝転ぶと、ミサト様は手早く準備を始めました。


『メンテナンス・コンソールが接続されました』


 すぐに、メンテナンスが開始の通知が視界に表示されます。ミサト様はタブレットの

表示をいくつかチェックした後、私の腕を手に取って肘のあたりを触ったり、

少し動かして確認したり。


「少し眠っていていいぞ。軽いメンテナンスがメインとはいえ、

 自分のカラダをいじり回されるのは、あまりいい気はしないだろう?」

しばらく、されるがままになっていると、ミサト様は視線を動かさずにそう言いました。

私は首を振って。

「いいえ、ミサト様ですから、大丈夫ですよ。どうしても必要になったら言ってください」

「そうか」

 ミサト様は、私にそう短く答えて作業を続けるのでした。

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