4. ユウカの日常

 鏡の中には、髪が肩に掛かるぐらい、少し長めなボブカットの女の子。

 髪を整えながら、ニコッとしてみると、鏡の中の彼女も笑顔を浮かべます。

"私" より大分大人っぽい顔立ちですし、背丈も170cmと、女の子としては高めです。


 "私" とは全然似てないんですが……。

 目の前の、自分ではないはずの誰か。なのに、確かに自分自身だと感じます。

ミサト様は「違和感がないように調整しておいた」と言っていましたが……。

 もう一人の自分に変身したみたいで、とても不思議です。


 最後に、リボンブローチを確認して、身だしなみ、おっけーです。


 さて、今日も頑張りましょう!


 階下へ降りて、物置兼燃料置き場となっているガレージへと向かいます。

 雑多にものが置いてある中に、タンクがひとつ。中から液体を専用の容器に移して

 ストローのようなものをさきます。カップの中身は専用の "燃料" 、

つまり、ちゅーちゅーと吸っているこれが、私の朝ご飯ということになります。

 燃料といっても、燃やすのではなくて、カラダの中の燃料電池システムを使って

電気を取り出す元となるもの、だそうです。

 まめな補充が可能なので、長時間稼働を想定している個体に採用されるみたいですが、

通常のバッテリーと比べて扱いが難しい部分があるので、一長一短と聞きました。


 ――すてーたすおーぷん!


 情報表示アイコンにタッチして、ボディステータス画面を開きます。

 残燃料 93%、問題なし!


 燃料補給も終えたので、ガレージを出て廊下をリビングへ戻ります。


「うぅ……」

 その途中で、何かうめき声のようなものが聞こえて、立ち止まりました。

なぜかポチさんが、廊下隅っこで伸びています。


「あれ、ポチさん、こんなところでどうかしましたか?」

「お……」

「お?」

「おなかが、すいた、ワン」

 前足を少し浮かせて、ぷるぷると震えています。

「ボクはもうだめだワン……。ここで消える運命なんだ……、ワン……」

 ぱたり。そのまま、またへたり込んでしまいました。

「ポ、ポチさーん!?」


 慌ててポチさんを回収して、リビングに置いてある充電ステーション下ろしてあげます。

ポチさんは、すぐに座り込んで充電を開始しました。

「助かったワン」

「ポチさん、どうしてあんなところで倒れてたんですか?」

「愛玩系ペットロボットには、いろいろあるんだワン」

「なるほど?」

 ポチさんは、何やら思わせぶりにうんうんとうなずいています。


「ボクほどの存在には、このボディは元々性能不足なんだワン。

 だから、ご主人が魔改造を施したワン」

 オーバークロックがどう、熱対策がどうと説明してくれましたが、あまり詳しいことは

わからないので曖昧にうなずきました。

「でも、バッテリーだけはどうしても、ちょうどいいサイズがなかったワン」

「つまり?」


「バッテリー持ちが最悪だワン。一日持たないワン」

 お目々代わりのLEDが緑から青に変わって、悲しさを表現しています。

「これじゃ、機種変更待った無しだワン……」

 よくわからない事を言って、やさぐれてしまうポチさんなのでした。



                ◆ ◇ ◆



 キッチンにから見えるリビングとダイニングは、広めの窓から差し込んだ西日で

あかね色に染められていいます。

 夕焼けの色に、ノスタルジックにさせられるのは、なぜなんでしょうか。


 ふと、元々暮らしていたマンションの部屋のことを思い出します。

 学生だった私ですが、あまり友達と遊びに行ったりはせずに、

基本的には学校が終わったら、まっすぐ家に帰っていました。

 もちろん、食料や消耗品を買うためにスーパーなどに寄っていくことはありましたが、

寄り道はその程度です。


 ウチは、小さい頃からお母さんがいなかったこともあって、早くに料理を覚えました。

 性に合っていたんだと思います。いろんなレシピを調べて試しているうちに、

料理すること自体が好きになっていました。私の数少ない趣味と言えると思います。

 食べた人に喜んでもらえると、私もうれしいというのも大いにあったかもしれません。


 お父さんは、その道ではそこそこ有名な研究者だったようで、帰りが遅かったり、

時には泊まり込みということもありました。どうしてもひとりの時間は多くなってしまいます。

 そんな風に、ひとりで過ごしているとき、なんだか無性に寂しくなることがあるのです。

ノスタルジーな感傷は、今の私にも、そんな気持ちを連れてきます。



 ――こんなとき、私はいつもどうしていたんでしたっけ?



 ふう……。

 息をそっと吐き出します。今の私の、機械のカラダには特に意味のない行為かもしれません。


 さて、今日は唐揚げの予定です。そういえば、お父さんは割と子供舌なところがあって、

揚げたての唐揚げも大好きでした。


 お父さんは、元気にしているのでしょうか……。

 ニュースやらで流れてくる日付は、記憶の中の日々からそれなりの年月が経っていることを

私に教えてくれます。


 ミサト様は、昔の私や、家族のことを知っているのでしょうか。

 もし、知っていたとしたら?


 私の "心" はどこか知ることを怖がっています。


 私の家族が、今の姿をみて、私だと気がつかなかったら。

 私のことを忘れてしまっていたら……。


 頭を振って、思考を切り替えます。

 手を動かし始めると、半ば無意識に鼻歌を口ずさんでいました。

「ふん、ふん、ふん、ふふふふん」

 確か流行したバーチャルアイドルの歌です。何かの番組で偶然聞いて、

気に入ってしまったんですよね。


「ふん、ふん、ふふん、ふん、ふ~ん」

 ああ、そうでした。


 あの頃も、同じように歌を口ずさみながら、こうやって過ごしていたんでした。

静かな部屋が少しだけ苦手な私の、気を紛らわすために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る