2. お世話します!

 平日は毎日学校へ。そして、クラスメイトと、どうでもいいことを話して、

授業を受けて……。


 放課後は時々買い物に寄って、家に帰って晩ご飯を食べて、少しだけまた勉強をして……。

きっと、どこにでもいる、ただの女子学生だったと思います。


 だった……、んですけど……。


 視界の右隅に何か、水色のボタンのような、アイコンのようなものが見えます。

ホログラフ? 半透明でSFの操作パネルな感じです。


 右手で恐る恐る触れてみると、パッとウィンドウが開きました。


『KFM20-AH』

 電力供給状況、残燃料。その他諸々。エラーはなし。

私のカラダの "すてーたす" が表示されているみたいです。


 左下のボタンを押してみると今後は『アプリ』一覧のアイコン。

それから検索欄? これって、どうやって文字を入力するんでしょうか。


 ああ、そういえば、こういうときは、こうすればいいんでしたっけ。


「おっけー、ごー○る!」


『音声を入力してください』


「アンドロイドって何をすればいいですか?」


「何をしているんだ……」

 ご主人様(?)は、あきれ顔でした。



                ◆ ◇ ◆



「ああ、そういえば、こちらの自己紹介がまだだった」

 女の子が少しだけ居住まいを正します。

「ワタシはミサト。一応、この家の家主ということになる」

「ご主人様……、いえ、マスターと呼んだ方がいいのでしょうか?」

「ミサトでいい」

「じゃあ、ミサト様ですね」

 マスターっていうと、なんだかかっこいいと思ったんですが……。

ちょこっとだけ、残念です。


「そして、こっちはポチだ」

「よろしくだワン」

 メタリックなワンコさんが、首をぺこり。

「ユウカです。ミサト様、ポチさん、よろしくお願いいたします」


「さて、早速だが家の掃除を頼みたい。それから、食事の準備を」

「はい、わかりました!」

 昔から、家事はやっていたので、得意だったりします。

「仕事着は用意してある」

 あらかじめ準備してあったんでしょうか。畳まれた服を渡されました。


 黒いロングスカートタイプのワンピース。フリル付きのエプロン。

首元にはリボンブローチ。

 これって、もしかしなくても……。


「家政婦といえば、メイド服かと思ってな」

 そう、メイド服でした。

「あの、これを家の中で着るのって、ちょっと恥ずかしいんですけど……」

「そうか?」

 ミサト様は、あまりピンと来てなさそうな顔をしています。

「だが、そのスーツは本来メンテナンス用のものだし、普段からそれを着て、

 仕事をするわけにもいかないだろう」

 意識していませんでしたが、私が今着ているのは、競泳水着やレオタードみたいな

形をしています。たしかに、これも普段着には見えないですね……。


「まあ、今日のところはとりあえずそれで我慢してくれ」

「わかりました……」

 私は仕方なくうなずきます。


「それと、部屋も用意してある。こっちだ」

 ベッドから立ち上がって、ミサト様に続きます。

 ミサト様は、階段をひとつ降りてすぐ横の部屋のドアを開きました。

「ここを君の私室として使って構わない」

 中を覗くと、ベッドと机ぐらいしかありません。


「何もない部屋ですまないな。必要なものがあったら言ってほしい」

「はい」

 殺風景ですが、それは後で考えることにします。

 元々、ほとんど使っていなかったんでしょう。簡単に片付けただけのようで、

よく見るとホコリが積もっているところがあります。


「じゃあ、とりあえず着替えて、この部屋の掃除から始めますね」

「ああ、よろしく頼む。家の見取り図は転送してあるから、そっちも確認してくれ」

「はい、わかりました」


 初めてのエプロンドレスに戸惑いながら、袖を通していきます。

 そういえば、文化祭なんかでもメイド服って着たことがありませんでした。

人生初コスプレかもしれません。


「こんな感じでしょうか」

 少し手間取りましたが、なんとか着替えられました。

 パニエのおかげでふんわり広がったスカートが、カワイイです。

なんだかんだで、ちょっとテンションが上がってきてしまいますね。


「さてと」

 窓を開けて、換気します。どうやらここは二階のようで、

少しだけ隣の家のお庭が見えました。

 夏を感じさせる、ぬるい風がカーテンを揺らします。


「お掃除、始めましょうか!」



                ◆ ◇ ◆



「ただいま戻りましたー」

「おお、お帰り」

 玄関で一度荷物を下ろしていると、ミサト様とポチさんが様子を見に来てくれました。


「うう……。結局、メイド服で買い物まで行ってしまいました……」

 スーパーに入った時の視線が……、とても、痛かったです……。

「もう、お嫁にいけません……」

「大げさだワン」

「こういうのは文化祭とか、お祭り気分だから許されるんですよ……。

 普段からこの格好で出歩いてたら、ちょっと痛いコじゃないですか」

「ふむ、そういうものか?」

 ミサト様は、やっぱりあまりピンときていないみたいでした。


「気を取り直して、晩ご飯の準備、始めますね!」

 スーパーの袋を持ってキッチンへ。出かける前にチェックしたところ、

キッチンもあまり使っている気配がなかったので、最低限の調味料も

買ってきました。

 調理器具なんかはそろっていますし、そこそこ広めでいいキッチンなのに……。

もったいないですよね。


 ミサト様は、「食事の時間になったら呼んでくれ」といって、先ほどの

工房みたいな部屋に戻っていきました。ポチさんも、それについていくみたいです。

 私は、すぐに使わない食材やらは整理しながら冷蔵庫や棚へしまっていきます。

代わりにフライパン、お鍋、まな板、包丁を取り出して、お料理開始です!


「ふん、ふん、ふん、ふふふふん♪ ふん、ふん、ふふん、ふん、ふ~ん♪」

 鼻歌交じりに、タマネギ、にんじん、ジャガイモを切っていきます。

 一度に持って帰れる荷物の量も限界があるので、今日はお手軽メニューに

することにしました。


 タマネギは電子レンジとフライパンで飴色に。他のお野菜とお肉も炒めて水を加えます。

 後はアクを取りながら煮込んで、最後にルーとタマネギを入れて味付けです。


「うーん、味の調整が難しいですね」

 残念ながら、味覚に関するセンサーはあまり鋭くないようで、

大雑把な味の違いしかわからないようです。

 とりあえずは、勘でカバーするしかないでしょうか。


「うん、こんなものですかね」

 家庭料理の定番、みんな大好きカレーライスの完成です。



                ◆ ◇ ◆



 コンコン。

 三階にある先ほどのミサト様の作業部屋のドアをノックします。

「ミサト様、晩ご飯の準備ができました」

「ああ、今行く」


 先に一階まで降りて待っていると、すぐにミサト様もやってきました。

「ああ、カレーか」

「はい!」

 カレーっていい匂いですよね。カレーの匂いだけで、なんだかわくわくしちゃいます。


 お皿にご飯とカレーをよそって、ミサト様の前へ。

「さ、どうぞ」

「ああ、いただきます」

 ミサト様はスプーンでひとすくい、口に運びました。

「うん、おいしい」

「ふふ、良かったです」

 思わず出てしまった感じの感想に、こちらはにっこりしてしまいます。

「なんだ、あまりこっちを見るな」

 それに気がついて、ミサト様は少し顔を赤くしてしまいました。

「はい、ごめんなさい、ミサト様」

 とはいえ、私は食事をご一緒できません。

 ミサト様が、何も言わずに黙々と食事をしてくれる姿を見守るのは、

お許しいただくことにいたしましょう。

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