第79話 2歳編⑬
王都タクテリアーナ。言わずと知れたタクテリア聖王国の首都である。王都の中心には小高い丘がある。丘の頂上はなだらかで、大きな湖がある。その湖の中心に、石でできた宮殿があった。
また、湖からは一筋の川が流れている。
川は、丘の表面に一筆書きで螺旋を描くかのように下へとつながり、最後は裾野を一周する。そして、平地にいたって、細かい水路となり、城下町を潤す水源となる。
伝説によれば、その昔、魔物が跋扈する湿地帯であったここタクテリアーナに、ドラゴンが舞い降りたという。ドラゴンは、この地で細々と生きていた人間に襲いかかった。そこに現れた一人の英雄。彼の者は、魔法を用いて地を隆起させ、今まさにブレスを吐こうとしたドラゴンの顎を突き上げた。これによりブレスは空の彼方へ。また、ドラゴンは空高く打ち上げられ、突き上げた地面の中央に墜落した。ドラゴンの空へと打ち上げられたブレスのせいで、この地方に三日三晩雨が降り続き、ドラゴンが落ちて開いた穴に水が溜まったため、ドラゴンは湖の底に沈んだまま。生きているか死んでいるか、分からない状態であることから、ドラゴンの上に岩で封印を施し、その封印を守るべく、その英雄は宮殿を封印の上に建ててこの地を守護することとした。こうしてできたのが、この丘であり、湖であり、宮殿である。そして、英雄の子孫が代々宮殿に住み、この封印を守護する聖王となった。
とまあ、これがこの国の建国物語だそうです。ミランダ大先生のそんな講義を受けながら、僕は、目の前の風景を見た。巨大な塀で囲まれた王都。
そこで目にしたのは、緑色のお皿に乗せられてちょっと溶けたソフトクリーム、にしか見えなかったかな?ハハハ。
というわけで、今、僕は初めての王都です。
海から始まって、森、雪山、砂漠のダンジョンとなかなかにワイルドな旅程だったけど、初めての都会。今まではトレネの領都とか、アッカネロの領都とか、せいぜいがその程度が都会だった。十分、それでも領都は都会だなぁ、と思ってたんだけど、王都はレベルが全然違う。
まず都会には塀が巡らせてあるけど、この塀は左右どちらも終点が見えなかった。
話に聞くと、王都を中心に放射線状に街道は出ていて、その数は16。そのうちの1本を僕らはたどってきたらしい。
遠目に王都の塀が見え隠れする辺りから、街道は徐々に広がる。そして、塀まで来たら、ちょっとした広場みたいになっているんだ。
塀には、もちろん兵隊さんがいる。いくつかの門があって、並ぶところが決められているらしい。馬車用、徒歩用。それぞれに庶民用、貴族用。さらには、住人用、非居住者用。
冒険者B以上なら、貴族用を通れる。僕らは徒歩だけど、基本的には貴族は馬車。なので、実質貴族徒歩用は、一番すいてる。ほとんど、近場で活動する高ランク冒険者専用みたいなもんだからね。
パーティ枠で、僕ら全員、徒歩で入る。
ナッタジ・ダンジョンを出てから2ヶ月ほど。別にずっと徒歩だった訳じゃないよ。砂漠を抜けてすぐの町で馬車を調達。のんびりと狩りをしながら、馬車の旅をしてきたよ。で、一番近くの宿場町で2日前に馬車は返却した。大きな商店では、複数の町に支店があり、馬車の乗り捨てが出来る。手数料は若干高いけど、各地を転々とする冒険者にはありがたいシステムだね。もともとは、商店での流通をよくするためのシステムだったらしい。適当な間隔で馬車をシューバごと替えれば、早く移動できるし、メンテが細かく出来るから、結局は馬車も長持ちする。大手ならではのこのシステム、片道通行の移動やまだ馬車を持てない行商人にも貸し出すことで、立派な新手の商売になってるんだ。
そんなレンタル馬車を使っていたんだけど、レンタル馬車では庶民ゲートしか使えない、という難点がある。一応商人ゲートならヨシュ兄がギルドカードを持ってるし入れるけどね。でもどちらもむちゃくちゃ時間がかかるんだって。そのために門の前で入場待ちのテントが張られる。うん。この広場、日をまたいで並ばなくちゃならない人用の宿泊場所も兼ねてるらしいよ。
徒歩でも馬車でもそんなに速度が変わらない宵の明星。みんな門まで来てお預けはいやだ、ということで、手前で馬車を返して、徒歩で王都入りする、ということになりました。おかげで待ち時間10分(?)、それぞれ冒険者カードを掲げるだけで、簡単入場です。ちなみに荷物はリュックの中だから、手荷物検査も簡単でした。
王都は塀の内側に入っても、すぐに町、というわけじゃなかったよ。まず最初に穀倉地帯があるんだ。穀倉地帯を抜けると、ちょっとした集落みたいな塊がポチポチとある。住宅地だったり、鍛冶屋とか、木工、石工なんかの工房が集まるものだったり、とか、そういった人が中心となった集落なんだって。
そのまま進むと、商店街の様相を見せる。商店街の建物は大体2階建て。たまに3階もある。道路に面した1階が店舗2階が住居、といったものが多い。
さらに進むと、徐々に高そうな店が立ち並ぶようになる。ここまで来ると裾野の川が見えて、川沿いにでっかい屋敷が並ぶ。
裾野の川を超えると丘に入る。丘は貴族のための町だ。
丘の至る所にでっかい屋敷が競うように建っている。
上に行くほどエライ人なんだって。一番てっぺんはもちろん王族だよ。
丘の中には、貴族の屋敷以外に、王立の学校や兵隊用の施設もある。でも店舗とか食堂はない。学校の中とか兵舎の中には購買部とか食堂もあるけど、これはそこに所属する人用。普通の買い物は川を越えていく。というか、ぶっちゃけ、この丘に住むお貴族様は、商人もシェフも呼びつけるから需要がないんだよね。
そんな感じの話を聞きながら、僕らはゴーダンに引き連れられて、丘の裾野、川のあるところまでやってきた。
川は、お堀のようになっていて、直接丘側に行く道はなかった。聞いてみると橋もないらしい。どうするの、と尋ねると、大小様々な船が繋げられた船着き場へと連れてこられた。
川の向こうに行くのは基本船なんだって。
しかもこの川は一本道で、ぐるぐると回ることになるけど、最終地点は宮殿のある湖なんだ。終点まで、かなりの数の桟橋があって、どこまで行けるかは船の免許、ていうか、ランクで決まってくる。上流への許可が出るほど信頼が必要になるし、税金も高いんだって。丘の上に住む貴族は自分の家と同じ高さ以下の船着き場まで通行できる船を所持できるらしい。
ゴーダンは、船着き場に行き、何かを交渉していた。
どうやら、船はタクシーのような役割のものも多く、行き先と値段の交渉をするんだって。
僕らは人間だけなので、馬車の乗るような大きなものじゃなくて、席が12個のゴンドラ型の船に乗ることになったよ。
この船は、小さいけど、スピードは速いんだって。なんと、燃料は魔力。おや、魔力で動かすのは普通は予備バッテリーじゃなかった?聞いたら、自分は魔力たっぷりだから大丈夫、だって。この丘では船の船頭さんてかなりのエリートで、あこがれの職業なんだって。いざというときには宮殿を守る兵士にだってなるから、ここの学校を出ていることが条件となる。で、僕らの船頭さんは魔導師養成校をいい成績で卒業した魔力量の多いすごい人(本人談)なんだって。道理で、ここに来てからゴーダンが僕をしっかりホールドしてるよ。僕の魔力が漏れないようにフォローしてたんだね。
それで、僕らはどこに行くんだろうか?
聞くと、さっき出発したところが正面とすると、グルッと裏側に回ったところらしい。こっちと反対側は、多くが王家直轄地となる。いっても王家がつかうんじゃなくて、王立のいろんな施設がある、と思ったら良いんだって。
一番裾に近い辺りは、各種訓練施設がある。
その上に、技術者養成校と医療者養成校が並行してあり、その上に魔導師養成校と剣使養成校が並行している。そしてさらに上に治世者養成校。各養成校には複数の寮もある。
その上は軍の施設とか、官僚用の施設とか、そういったものが連なる感じ。
この上下は丘をグルグル回っている川によって設定されるが、裾野とは違い、複数の橋もあって、上下の行き来は割と自由。ただ、学生は各養成校ごとの制服を着ているし、兵士さんも所属ごとに服があるから、制服でない人は目立つ。うん、僕らみたいに冒険者です、という格好をした人間はすごく目立つね。
僕は、ちょっとドキドキしたけど、他の人は気にしないみたい。
船で裾野を半周回って丘側で船を下りた僕たちは、丘を登り、川を2回渡る。そこは左側に行くと魔導師養成校、右側は剣使養成校らしい。
ゴーダンは左に曲がると、大きな建物の前に立った。
「ここは?」
「鍵を預けている奴がここにいるんだ。」
どんな人なんだろうね。
建物に、僕らは入っていく。
数段の階段を登ると、開けられたままの扉があり、それなりの人の出入りがあった。僕らを怪訝そうに見ているけど、これ、通報されない?
中に入ると、1回はロビー、というか談話室?シンプルで大きな机と椅子がパーティションで区切られてあちこちに並べられ、いくつかのスペースでは、何か熱く語り合っているグループもある。
そんな風景を見るともなしに見ていると、ゴーダンは僕を抱いたまま玄関を入ってすぐにある階段を登っていった。
4階まで来ると、折れ曲がって、廊下を進む。廊下の片面は壁で、反対側は、定間隔に扉が並んでいる。扉にはそれぞれ名前が書かれていて、それぞれ教授の研究室なのだという。
廊下の真ん中ぐらいの扉の前で、ゴーダンは歩を止めた。
『ワージッポ博士』
扉にはそう書かれていた。
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