第35話 15ヶ月編⑥
ママの言葉、どう判断するか難しいところだね。でも、仕方ないところもあるだろうし、深いところもある、と、僕は思うよ。
「なあミミよ、お前さんの精霊様はなんも言ってないのか?」
ゴーダンが、ママを見て言った。はぁ?ここで僕?まあ思うところはあるけどさ。
「うーん、分かんない。お願いしてみるけど・・・」
(お師様、お師様、お師様は聞いていましたか?お師様は、どう思いますか?)
お祈りするように必死で話そうとするママは可愛い。なんだか和むぅ。
僕がそんな風に、ママを見ていると、ズンズンとお尻に振動が。おっさん、肘を上下するのやめろ!
はぁ、と、赤ちゃんらしくないため息をついて、僕はママに語りかけた。
『僕の意見でいいの?』
「はい、お願いします!」
ひさしぶりの僕の念話に、大きな声で嬉しそうに応えるママ。兵士たち3人組、驚いたような顔をしている。口々に本当にいるのか?とか、精霊は見えないのか?とか言っているよ。
相変わらずママは、どこか上空を見て話しかけてくる。兵士たちがママの視線の方向を見ているのが、なんか笑える。
『僕は、ミミとダーの幸せを優先したい。でも、人間の世界に詳しくないから、どうすれば二人が幸せなのかは、分かんない。それでもいい?』
「はい、もちろんです。」
『まず、ミミが何になりたいか?だね。』
「私?私はダーに自慢のママになりたい。」
う、なんて可愛いいこと言ってくれるの。もう、とっくに大自慢のママだよ!
『じゃあ、仕事は?何がしたいの?』
「・・・なんでもいい。でも、ちゃんとお仕事したいの。畑仕事も動物たちのお世話も、お掃除やご飯作りも、みんなの役に立ててる、て、思うと楽しかったの。でも、ご主人様の所は違った。きれいな服着て、お腹いっぱい食べて、お部屋もあったけど、何もさせてもらえなくて・・・今は、アンにいろいろ教えてもらって、森で狩りをして、それが一番楽しいかも。」
『うん。アンといたら冒険者とか楽しいかもね。アンは商人になって欲しそうだけど。』
「商人、は、やったことないから分からない。私なんかにできるのかなぁ。」
『お勉強、いっぱいいるね。』
「お勉強は好きよ。いろいろできるようになるのは楽しい。」
『だったらね、ミミはまだ若いから、いろいろ選択肢を残したら良いと思うよ。』
「選択肢を残す?」
『冒険者は楽しいかもしれない。やってみたら商人も楽しいかもしれない。一流になればどっちでもお金持ちになれるさ。ダーも大きくなったら、一緒にお手伝いできるだろ?』
「そうね、ダーにも選択肢(?)あげたいな。」
『いいね。だったら、すぐにできるのは、冒険者みならいかな?今アンとやってるよね。それをしながら、商人や他の職業について勉強すれば良い。でもね、僕はどうやったら、どんな仕事に就けるのか、人間のやりかたを知らないんだ。』
「そっか。ねぇ、アン。お師様は、選択肢を残したら良いって。冒険者みならいをしながら、他の職業について勉強すれば?て、言われたの。でもお師様、どうやって人間が職業につくのか知らないって。」
「おいおい、他の職業てなんだよ。貴族の子は貴族、商人の子は商人、そんなの産まれた時におおかた決まってる。親と違う職業に就くなんてのは、10歳ぐらいまでに奉公に出て、そこで世話になるか、冒険者やよろずや、傭兵みたいなならず者になって一旗揚げるか、しかないぜ。」
ゴーダンはあきれたように言う。
あちゃあ、そういえばそういう世界か、ここ。てことは、ママが選ぶには遅い、のか?
「まぁ、選ばなければ下女として一生下働きをしつつ、認めてもらって出世を目指す、なんてことはできるでしょうが。一番の選択肢は、普通なら、冒険者として一旗揚げることでしょうね。たぶん、質の良い魔導師になれそうですし。ミミちゃんの場合、ナッタジ商会を取り戻し、商人になるという選択肢がないともいえない、ですが。」
眼鏡をあげながら、ヨシュアが言う。
なるほど、これが一般常識なんだね。
『だとしたら、商会をとりあえず取り戻すのはいいかもしれないね。』
「商会を取り戻す?取り戻しても私は何もできないよ。」
『お師様としていいことを教えてあげよう。いいかい。自分にできないことは人にやってもらうんだ。これができる人がエライ人になれるんだよ。』
「でも・・・」
『大丈夫。ここにいる人たちは絶対味方になってくれるだろう?ミミとダーのために死ぬ思いで働いてもらおう。きっと、喜んでそうするさ。』
僕がおどけた口調で言うと、ママは声をたてて笑った。
「ダメですよ、お師様。みんな助けてくれるけどそんな風に言っちゃダメです。」
「おいおい、おまえの精霊様はいったい何を言ってるんだ?」
ゴーダンが顔をしかめた。あれ?触れているのに僕の言葉は届いていないみたいだね。念話だと指向性を込めるから、以外と内緒話できる?いい発見をしたな。僕は内心ほくそ笑む。するとゴーダンの僕を抱く腕がギューッと締められた。うっ、痛いって!
(おい、何吹き込んだんだ?内緒話がどうした?)
(別に、なんでもないって。ママが頼めばここにいるみんな助けてくれるよって言っただけだよ。)
嘘ではない。嘘ではないことがわかるからゴーダンのおっさん、しぶしぶ引っ込んだ。
「お師様はみんなに助けてもらって、商会を取り戻そうって・・・」
おぉ、っとアンが歓声をあげた。嬉しそうに上空を見て、祈ってる。兵士3人も互いに顔を見合わせて、嬉しそうに頷いている。
なんだ、みんな結局それがしたかったのか。でもね・・・
『ただし、それはもうちょっと後の話だよ。』
「お師様は、それはもうちょっと後の話だって。」
え?という顔をする4人。
『結局、13年前にあった正確なできごとは分かってないんでしょ?誰がどんな計画を立て、誰がどんな風に実行し、どんな結末に至ったか。もし間違った人に対して復讐みたいな事をしてしまったら、今度はこっちが悪者だよ。まずは証拠。状況証拠だけじゃない、ちゃんとした証拠を手に入れなきゃね。えん罪は絶対にダメ!』
「えん罪?」
『悪いことをしてないのに、したと決めつけて、罰を与えることだよ。』
「今、えん罪と言いました?」
突然、ヨシュアが食いついた。
「よく、そんな言葉知っていますね。」
「お師様が、悪いことをしてないのに、したと決めつけて、罰を与えることだよって。」
「知の精霊・・・本当かもしれませんね。皆さんの中でこの言葉を知っていた方はいますか?」
ミランダさんを除き、首を横に振る。
「私は昔、法の書の授業で習った気がするわ。」
「ええ。法を専門に学ぶ施政者か神殿でもなければ出会わない言葉です。意味も実に簡易にかみ砕いていますが、正確だ。知の精霊様ですか。私はあなたの存在を信じます。どうか、私たちをお導きください。」
うわぁ、ヨシュアさんが、椅子から立って、跪いちゃった。どうしたらいい?僕、そんな大げさなこと言ってないし・・・そんな責任とれないけど?
僕はちらちらゴーダンのおっさんを見上げるけど、ゴーダンのおっさん、難しい顔をして、宙を睨んでるよ。使えねぇー。
「あのね、お師様は、証拠?状況証拠じゃないちゃんとした証拠を見つけなさいって。誰がどんな計画を立て、誰がどんな風に実行し、どんな結末に至ったか。それが分からないとダメだって。」
「なるほど。すべてはそれから、ということですね。素晴らしいご慧眼です。精霊様、このヨシュア、全身全霊をかけて、その証拠を手に入れて見せましょう。」
おとなしそうだったヨシュアさん。急にきらきらしだしたよ。視線が、どこか別の上空だから、余計にヤバさ爆発。でもこのメンバーじゃ、証拠集めは一番得意そう、だよね。
そんな風に考えていると、カタンと小さな音がした。ヨシュアさんの横に、同じように同じ方角に向かって、ミランダさんも跪く。その様子を見て、慌てて立ち上がったラッセイさんも・・・
ハァーッ
声を乗せた盛大なため息をゴーダンがついた。
「分かった分かった。おまえらみんな精霊様にたぶらかされた、てことでいいんだな。一つ言っておく。裏にどんだけデカい相手がいるかも分からない。安全の保証はできない。そもそもおまえらに、この件に関わる義理なんてこれっぽっちもない。それでも俺たちに付き合って、あわよくば商会を取り戻そうってしてくれるんなら、これからは俺たちはチームだ。」
ゴーダンは立ち上がった。
そして、ガバッと音がするような勢いで3人に向かって頭を下げる。
「どうか、ナッタジ商会を救ってくれ!」
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