第33話 15ヶ月編④
「では、13年前の事件の概要ですが、公式概要は『ナッタジ商会トレネ支店強盗殺人事件』と知られています。」
ナッタジ商会?
「当時慈善家としても知られていた当主エッセル氏は、その前日孫娘の誕生日パーティをトレネー支店にて開催。一家でトレネーに滞在していました。エッセル氏はじめ妻のニア、娘パーメラ、その夫で婿養子のセバスは遺体で発見されています。当時1歳の娘ミミセリアの消息は不明。その他、主立った家令も全滅でした。逃れた従業員等もいたようですが、詳しい記録はありません。事件のあったトレネー支店ですが、エッセル氏と親交の深かったトレネー領主ワーレン伯爵より下賜されたもの。大変立地の良いところでした。もともと伯爵がナッタジ商会の扱う乳製品をいつでも購入できるように、トレネー支店の設置を要望した、とされています。しかし、エッセル氏死亡、また、食料品を扱うのに死亡事件のあった屋敷では外聞がよろしくない、ということで、すでに売却。現在ザンギ子爵の別邸となっております。その後のナッタジ商会ですが、たまたま当時の番頭の一人が本店の留守番で生存しておりまして、ナッタジ商会お取りつぶしはならぬとしたダンシュタ領主ザンギ子爵の意向で、その者が店主を相続し、現在に至っております。」
「・・・良くあると言えばよくある。怪しいといえば怪しい事件ですね。」
ミランダが感想を言った。
僕もそう思う。
「それだけか。」
ゴーダンが聞く。
「事件自体はそれだけです。私がここにいる要素となった情報は別にもありますが。」
「それは?」
「夢の傀儡とナッタジ商会との関係です。」
アンが、目を眇めた。聞きます?とヨシュアは肩をすくめながらたずねる。
「お言い。」
「では。まず慈善家エッセル氏ですが、成人するまでの身寄りのない子や行き場のない子を保護教育することで慈善家の評を得ていました。」
ヨシュアはアンとゴーダンに問いかけるように視線を送った。二人の目線が続きを促す。
「彼は自分の屋敷にその子らを住まわせ、本人の望む教育を与えていたようです。その中に、ゴーダン隊長、アンナ女史、セバス氏といった将来の『夢の傀儡』メンバーもいた。」
セバス?どこかで・・・そうか。さっき殺されていたと言ってた娘婿。てことは僕のじいちゃん?
「ここからは私の推測ですが、ゴーダン隊長やアンナ女史もこの襲撃場所にいたのでは?元メンバーと恩人の娘との間の子の誕生日パーティです。参加してても不思議ではない。」
「・・・俺もあの誕生日パーティには出席した。だが、当時拠点を別に移していて仕事を中抜けしていた俺は、襲撃当時はもう、トレネーを出ていたんだ。」
「13年前といえば、もう夢の傀儡は休止していましたよね。ひょっとしてセバスさんが結婚したからですか。」
夢の傀儡ファンのラッセイが聞く。ファンの間でも、休止の理由は知られていないんだろうか。
「それもあったけど、私が妊娠したからよ。」
まさかのカミングアウト。アンおばさん、まさかの子持ち?
「まぁ、死産だったけどね。」
あ、テンション上がってごめんなさい。
「誰とのお子さんか伺っても。」
聞いて良いのかまずいのか、でも聞きたい!が勝った、のが丸わかりですよ、ラッセイさん。
「俺だよ。」
頭を掻きながらゴーダンが言う?まさかのゴーダンおじちゃん&アンおばさん、そういう関係?びっくりが止まらないよ。
聞いた当の本人、やっぱりね、と満足そうに頷いている。
「まぁ、分かってるとは思うけど、ミミはエッセル様の孫に当たる。妊娠中に、エッセル様が同じく妊娠したパーメラ様の話し相手兼乳母役に古巣に戻らないか、と、声をかけてくれてね。こっちも妊娠で体調を崩し、渡りに船で引き受けた。ミミの生まれる一月ほど前にあいにく私は流産したんだが、幸い乳は出てね。乳母兼警護役に丁度良い、と、そのままパーメラ様のメイドみたいな位置に納まったのさ。」
アンが、当時の状況をそう語り出した。
「では襲撃の時は支店に?」
「ああ。不覚にも眠りこけていたよ。しかしいくらパーティで盛り上がったからって、みんながみんな眠りこける、なんて、あり得ない。主人一家は元メンバーのセバスだけじゃなくて、それぞれ自分の身ぐらい守れる力はあったんだ。それに、そもそもパーメラ様は授乳中だ。私も乳母としていつでも授乳できるように酒は断っていた。前後不覚に眠りこけるなんて、あり得ないんだ。」
「睡眠薬か何かが仕込まれていた、と?」
「だろうね。幸い私やパーメラ様はそういった理由で酒はほとんど飲んでいなかったから、症状が軽くて目を覚ますことができたんだろう。」
「パーメラ女史も生きて?」
「私が主人たちの寝室にたどり着いたときは、パーメラ様は虫の息だった。敵は完全に訓練された奴らだったよ。単なる盗賊なんかじゃない。パーメラ様は目を覚まさない家族を必死に守っていたよ。でも多勢に無勢。もうだめだという時に、私が魔法をぶちまけて、そこにいた敵は一掃した。パーメラ様はワードローブにミミを隠していると告げて、ミミを頼むと言い残し、そのまま・・・私は、ミミを連れ、必死にあの町を出たんだ。」
「アンナ女史は、あの事件ははめられたものだと?」
ヨシュアは問う。
「それは間違いない。あんな手練れをよこす相手だ。かなりの有力者が裏にいる。このままこの町にいては危険だ。私はそう判断し、そのまま町を出た。とにかく安全な場所へ、と、ミミを抱いて、本邸へと向かったのさ。翌朝、なんとか本邸についた私は、けど、まず、違和感を感じたんだ。本邸は静まりかえっていた。私は自分の勘を信じ、息を潜めて、本邸へと入っていった。そこで私は主寝室で眠りこけるカバヤを見たんだ。信じられなかったよ。腰の低いいつも愛想笑いを浮かべていたあいつが主人の部屋でどうどうと眠りこけていたのさ。」
「カバヤ、といいますと、商会を相続したという番頭の?」
「ああ。あいつが噛んでいることは間違いない。あれだけ世話になっていながら、なんてことを・・・・」
当時を思い出したのか、アンはクッと唇を噛む。
「でもさすがに、奴だけでこんなことはできないだろう。バックに誰がいるのか。私には想像もつかなかった。とにかくミミを安全なところへ。私はここにミミを連れてきた。ここはね、エッセル様が私たち被保護者をまず保護する場所なんだよ。問題ある奴ばかりだからね。ど田舎とはいえ、はじめから屋敷に連れて行くわけにはいかない場合も多い。ここで精神的肉体的に落ち着かせ、希望者は屋敷へ連れて行く。そんな御仁だったよ。」
アンの独り言のようなつぶやきに、しばらくは静寂が場を包むのだった。
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