第31話 15ヶ月編②

 多くの人の気配。

 知っているのが複数。

 なんで?

 このログハウスはワンルーム仕様で、僕のベッドから、ダイニングテーブルを通して、玄関扉が見える。

 僕は、緊張して、玄関扉を見つめた。


 ギー


 小さな、音を立てて、木の扉が開かれる。

 外の方が明るくて、最初に入ってきた人はシルエット。

 ここの住人より一回り、いや二回りはでかい影。

 それが、勝手知ったるなんとやら、と言わんばかりに、なんのためらいもなく、こちらへと普通の速度でまっすぐにやってくる。


 「よぉ、大きくなったな。」

 その男は、ごくごく普通の表情で、普通のテンションで、僕の両脇に手を差し入れて、ぶっとい腕で抱きあげた。

 ニカッと人を小馬鹿にしたような笑顔。

 数ヶ月前と何一つ変わらないひょうひょうとした雰囲気。

 僕がまともに魔法を使えるようにした人。


 僕は、高い高いをするように僕を揺さぶる男に、渾身の力で蹴りを喰らわした!


 うん。なんだろう。なんだかむちゃくちゃ腹が立ったんだ。

 僕の蹴りは、男の鼻にクリーンヒット。

 「ッテ!」

 思わず、叫ぶ男。のけぞりはしたが、この僕の蹴りを受けても、僕を落とさないように、掴む力する変わらない。うん。ノーダメージ。分かってた。分かってたけど、泣いていい?


 ゾロゾロと続いて入室してきた面々、僕の暴挙に一瞬唖然。

 だって僕は良い子。出会い頭に蹴りなんて、あり得ません。と、僕も思ってました・・・勝手に体が動いたんだよ、マジで。


 「ッテ!」

 て叫んだ男=ゴーダンに一瞬唖然とした人たちだったけど・・・

 ワハハハ・・・

 次の瞬間、大爆笑が起こった。中には腹を抱えて笑う人も。

 たぶん、最後に入室したんだろうママ。

 なんでみんな笑ってるの、と、前に出て、固まった。

 愛する我が子がエアでキックの型。ゴーダンはのけぞって止まっている。

 「なんてこと!」

 ママはビックリしてこっちへ走り寄る。

 「ごめんなさい。ごめんなさいゴーダンさん。うちのダーがなんてこと。」

 おろおろするママ。

 「ハッハッハッ。」

 それを見て、ゴーダンは陽気に笑う。

 「いやはや元気で何よりだ。まぁ足癖悪いガキにはお仕置きが必要だけどな。」

 そう言うと、僕を自分の左腕に座らせ、右手でわしゃわしゃと頭を乱暴に撫でた。

 「イタい、イタい。」

 僕は悲鳴を上げる。

 「ほぉ、随分おしゃべりも上達したじゃないか。」

 ワハハ笑いながら、ゴーダンは撫で続ける。

 ママはおろおろして、僕を受け取ろうとするけど、ゴーダンはそのまま、テーブルへ。

 「もう、およしよ。まったくあんたがそんなに子煩悩だなんて知らなかったよ。」

 あきれたようにアンが言った。

 ヒヒ、とゴーダンは笑い声で答え、やっと右手を僕の頭から離す。そのまま、僕を左腕に座らせたまま、ダイニングテーブルに設置された椅子にドカリと腰を下ろした。


 はぁー、と大げさなため息をつくアン。

 そして、ゴーダンから目を離すと、笑ったり、生暖かい目で見てたり、おろおろしたりしている他の面々に向かって言った。

 「あんたたちもぼけっと立ってないで、適当に座りな。」

 言われて、みんながわらわらと座る。

 このテーブル、全部で10脚の椅子が並べられている大きなものだ。

 ワンルームだけど、面積自体はでかい。

 奥側は、雑魚含めると10名が寝られるだけの空間がある。

 内容は・・・

 キッチンに水回りが奥に向かって壁側に続く。

 反対の壁側には5台のベッドが連なっている(ベビーベッド除く)。

 ほぼベッドと同じか少し広い空間がその間にあり、寝ようと思えばそこに転がれる。

 とまぁ、大空間です。


 まぁ、それはいいとして、応接兼ダイニングテーブルについたのは全部で6名。僕を入れれば7名が席に着いたのだった。



 席に着いたのは、僕を除き、ママとアン、そしてゴーダン。

 逆側の席に、なぜか平服のミランダさん、見たことある兵士さんと見たことのない眼鏡さん。ひょっとして、おっさん下手こいて追っ手に捕まった、とか?

 そんな風に思ってたら、ポンポンと頭をタップされる。痛くないけど、重いよ。

 (誰が下手こくか。仲間だ仲間。こいつらは仲間だ。)

 突然の念話。目はまっすぐ前を見てるから、話してるのばれたくない?てか、そうだった、接触したら心がばれるんだっけ。えっと、ご飯と眠たいとママ大好きだけ考えてろ?だったっけ・・・

 (俺にはいらん。てか、もう手遅れだろ。いいから今からの話、しっかり聞いとけ。疑問はあとでゆっくり聞いてやるから。)

 そんな攻防をしている僕らに、いぶかしげな視線?

 あ、ミランダさんが見てる。

 「なんだよ。」

 と、ゴーダン。

 「いえ。本当にダー君にべたぼれなんだな、と。」

 「へん。俺たちは相思相愛なんだよ。誰かさんみたいに怖がられてないんだ。」

 へへへ、とむかつく笑いをするゴーダン。

 ミランダさんがむっとしているよ。

 ごめんね、ミランダさんに触られると、僕のことバレるかもって言われて、逃げてただけなんだ。ママにも不思議がられてたけど、別に嫌いとか怖いとか思ってないからね。このおっさんの入れ知恵のせいでマジごめん。

 僕は心の中でおおいにあやまるけど、なんとなくミランダさん、寂しそう。

 「私は怖がられてません。大体相思相愛は隊長の勘違いじゃないんですか。思いっきりキックされてましたよね。」

 ミランダさん反撃です。

 ちょっとむっとするゴーダン。

 「はいはい、無駄口はそのへんで。ダーについては、ミミが一番、その他はドローでいいじゃないか。」

 「ちっ。まぁいい。まずは状況確認と自己紹介だな。」

 「それだよ。だいたいあんた、これはどういう状況だい?あんた一人で来る、ていうから、待機していたんだけどね。」

 アンは向かいの席に座る3人を見回しながら言った。

 へぇ、アンも知らないんだ、この状況。

 「まぁ待てって。こわいおばさんに睨まれて、うちの若いもんがびびってるじゃないか。」

 「はぁ、誰がこわいおばさんだって?」

 「まぁまぁ。ああ、おまえら、この怖い顔してるのが、昔俺の冒険者時代のパーティ仲間だったアンナだ。知ってる者もいるとは思うが・・・」

 え?初耳ですけど。二人ってパーティ組んでたの?てか冒険者にパーティって、まんまそういう世界観?

 「え、隊長とパーティって。え?アンナ。まさか灼熱の砦のアンナ、さん?」

 なんとなく見覚えのある方の兵士さんが言った。

 何、それ?灼熱の砦?二つ名ってやつか?もしかしてアンおばさんて有名人?

 「まぁ、そういうこった。」

 「うわぁ、感激です。本物のアンナさんに会えるなんて。僕、ラッセイっていいます。夢の傀儡に憧れて冒険者になろうと思ったんですけど、その前に活動を休止されて。偶然ミサリタノボア子爵の護衛として弾刃撲滅のゴーダンさんが雇われたと聞いて子爵の傭兵になったんです。ゴーダンさんだけでも嬉しいけど、まさかアンナさんまで。」

 ご主人様、子爵、だったんだ。今初めて知った事実。

 それにしても・・・うん。この人、そっち系の人だったんだね・・・てか、何?「夢の傀儡」に「弾刃撲滅」?うわぁ・・・

 思わず、振り仰いで、眇めた目でゴーダンをみてしまう。何やってんだ、このおっさん?

 僕の態度に、ちょっと黒歴史を反省したのか、慌てて、言う。

 「まぁ、昔の話だ。とにかく、このメンバーは俺が保証する。仲良くやってくれ。」

 いや、おっさんに保証されてもねぇ。

 「ふん、まぁいいさ。ラッセイとやら、つまり、ゴーダンに憧れて子爵に雇われてたけど、こいつがクビになったから、さっさと辞めて、くっついて来た、そんなとこかね。」

 アンがまとめる。

 「正確には僕もクビになりました。」

 本当にクビなんだ。

 「本当の正確には、強引にクビを勝ち取った、というところですね。二人とも。まぁ、私もですか?この3人は、一応無事にクビになっています。」

 ミランダさん、無事クビとか、クビを勝ち取る、とかおかしいよね。

 「あんたは?」

 「ミランダと言います。ゴーダン隊長の副官をしてました。夢の傀儡は私も憧れていましたが、まさか伝説の剣士の性格がこんな人だったとは、と思いつつ、補佐をしていました。」

 「そりゃ、苦労しただろうね。」

 「はい、それはもう。最大は今回のことですね。隊長は地下牢の鍵束を返し忘れ、しかも勤務中お酒を飲んでいるようなアリバイ工作をして、出張したんです。後のことは全部私に丸投げにして。あの酒瓶を目にして、あ、これはわざとだな、と分かったんで、隊長のフォローに徹しましたが。」

 「まぁ、それは悪かったな。でもよくおまえさんみたいな堅物が、主人を裏切るようなまねをしてくれたもんだ。」

 「それは、・・・それは、私は騎士ですから。騎士として、未成年に、しかもこんないたいけな赤ん坊に、奴隷契約なんて許せません。逃げられるなら逃げて欲しい、そう思うのは変ですか?」

 そうだね。そういうことにしておこう。そっちも本音、ではあるんだろうし。

 「なるほど。二人は主人よりゴーダンやミミ達を選んだ、と。で、あんたは?」

 アンがミランダさんに、ちょっと引きながらも、残る一人、僕の知らない男の人に目を向けた。

 そうそう、ここに来て、ラッセイっていう人、思い出したよ。

 確か家畜小屋に来た護衛のもう一人だ。ゴーダンとラッセイ。この人だったんだね。てことは、わざわざご主人様が選抜した護衛なら相当腕が立つ、てことだろうか?

 僕がそんな風に思っていると、眼鏡さんが、眼鏡を鼻の上でクイって上げながら、座ったまま軽くお辞儀した。

 「私はヨシュアと言います。お見知りおきを。衛兵隊の事務方をしておりました。」

 「へぇ、事務方、ねぇ。」

 「まぁ、縁の下の力持ち全般と言いますか、記録・経理・裏取り・折衝その他諸々、担当しておりました。」

 へぇ。そんな部署もあるんだね。どうりで知らないはずだ。

 「そんなわけですから、奴隷を含め雇用人の素性はすべて把握しております。13年前の、あの事件のことも、ですね。」

 「なんだって。」

 アンが険呑な声を出した。

 「その上で、ここにいます。」

 アンの圧にも屈せず、にこりと笑う眼鏡改めヨシュアだった。  

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