第30話 15ヶ月編①

 アンと再会して約1月半。僕は産まれて最も心身ともにゆっくりと過ごせてるんじゃないだろうか。

 あの日、僕は目が覚めると、ここの赤ちゃん用ベッドに寝かされていた。


 アンは多くは語らない。

 ただ、僕らがいなくなって間もなく、自分もあの家畜小屋から出たこと。自分はもともと冒険者で、あの程度の拘束はいつでも破壊できたこと。僕らの様子は、もともとの知り合いのゴーダンから聞いていたこと。奴隷契約がなされる前に、救出するべく、ゴーダンと計画していたこと。襲撃事件で、僕らの奴隷化計画が、前倒しされたことを知ったこと。救出すべく動こうとしたところ、僕らが自力で脱出するから、身柄をここで保護するようにと、ゴーダンに言われていたこと。あの日、森の中に、焚き火の煙が見えたこと。慌てて、その場所に行くと、木のうろの中で、僕とママが無防備に眠っていたこと。起こさず、寝ずの番をしていたこと。なんかをポツリポツリと語ってくれた。


 ここは、あの木のうろから、さほど離れていなかったらしい。ママの足でも地球時間で1時間くらい。僕が泣きながら眠ってしまった後、アンが僕を抱き、この森の奥にひっそりと建つログハウスみたいな隠れ家にやってきた。それからずっとここに住んでいる。


 なんでこんなところの隠れ家に赤ちゃん用ベッドがあるかって?実はこれはママのベッドなんだって。ママが僕くらいの年にも、ここで隠れて暮らしていたらしい。アンおばさんは、ここでずっと暮らしていれば良かった、と後悔してるみたい。その辺のいきさつは、語ってくれない。


 ここらあたりは獣や魔物が出るそうだ。アンおばさんは、冒険者として、それなりの腕があるから、たまに狩りに出る。自分たちの食事用にって、獣や魔物を狩ってくるんだ。動物だけでなく、キノコや果物といった食べられる植物も採ってくる。

 最近は、おばさんにママもついて行くようになった。やっぱりおばさんは、魔法使い=魔導師だったよ。僕がゴーダンにされたみたいに、強引に魔力を引き出されるんじゃなく、なんか両手を向かい合ってつないで、ちょっとずつ魔力の流れをつかんでいく。ママは、一週間ぐらいかけて、魔力をとらえ、さらに3日かけて、魔力を引き出せるようになった。自分で、その魔力を使えるようになるのに、さらに一週間。アンおばさんに、この早さは尋常じゃない、天才だ!て褒められてた。うん。ゴーダンが僕にしたことは、めちゃくちゃだった、と、分かった瞬間だったよ。


 ママの魔法はとっても珍しく、治癒魔法がメインだった。僕がこけてすりむいた時、痛いの痛いの飛んでけ~てやってくれたけど、あの時、痛みが本当に和らいだのは、無意識でこの力を使ってくれてたのかもしれない。

 他には光を出す魔法。そして、土を柔らかくする魔法。この二つが使える。まだぎこちないけど、どれも直接戦うんじゃなくて、お役立ち魔法なところが、ママらしくていいでしょ?3つも魔法が使えるのは、かなり珍しいらしい。


 魔法が使えるようになり、また短剣の使い方もアンから学んだママは、最近アン先生の許可が出て、一緒に狩り&採集のお仕事に出るようになった。冒険者登録が出きるのは成人になってからだけど、冒険者見習いは、中級以上の冒険者につく形で何歳でもなることができる。この隠れ家生活じゃそんなルールあってないようなもの、なんだけどね。今後、どうするか未定だけど、一つの選択肢として、冒険者かよろずやは視野に入れなければならないだろう。ママは、アンに頼み込んで、冒険者見習いをすることになったんだ。


 僕は、ここに来て、産まれて初めて、人間らしいというか、赤ちゃんらしい生活を送っている。僕たち三人以外、誰もいない、敵対する者の存在しない、そんな当たり前の生活。ママは、僕が守らなくても、僕よりずっと強くて、物知りなアンおばさんが守ってくれる。僕はただ、食べて寝ていればいい。二人には、溢れんばかりの愛情が惜しみなく注がれ、怖いぐらいに幸せだ。

 いつまでもこの生活が続けばいい。

 いつまでこの生活が続けられる?


 アンは、間もなくゴーダンが仕事をなくして、ここに来ると言う。強引にクビにされるだろう、と、笑っていた。ゴーダンが来たら今後のことを、みんなで話し合うんだそうだ。赤ちゃんの僕はみんなの中には入ってなさそうだけど。ひさしぶりにお師様登場させる?ゴーダンにはバレてるから、なんか意地悪されそうだ。アンおばさんも知ってるのかな?魔導師として、相当なやり手みたいだし、魔力の流れぐらい見れる?ゴーダンのおっさん曰わく、ダダ漏れらしいからなぁ。バレてると見た方がいいのかな?バレてるとしたらけっこう恥ずかしいぞ。精霊様とアンは、それなりの量の会話をしてたからな。バレてたら、恥ずかしくて立ち直れそうもない。この年で黒歴史、うわあ。


 一人残された安全地帯。柵付きのベビーベッドから脱出するわけにもいかず、僕は無為に時間を過ごす。この自由な頭脳だけを行使して。

 なんて難しく言ってみた。

 なんてことはない。

 ヒマだ~。

 ・・・

 なんて思ってるんじゃないよ、僕。馬鹿だな。思いっきりフラグ立ててしまった。

 うん、そうだよ。

 ママ達が、お仕事から帰ってきた。 

 二人だけじゃない、複数の気配を引き連れて・・・

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