第29話 1歳編⑫
夜が明けた。
結論から言うと、焚き火がばれました。
僕はママに抱きしめられていて、目が覚めたら、木のうろの入り口に、こちらに背を向けている人間の背中を目にしたんだ。
僕は、いっぺんに目が覚めた。
誰だ?
追っ手か?
寝ていると思っているからか、こちらに今のところ害意を向けてないけど。
僕は、そいつの感情を探ろうと思って躊躇した。
その一つにくくられた髪が外からの陽をうっすらと跳ね返し、赤く輝くように見えたから。
濃い色の髪を持つ者は、強い魔法使いの場合が多い。そんな人は、他人の魔力の流れが見える。考えてみれば、ゴーダンに魔力の道を開けられらて以降、僕もかなり他人の魔力の流れが見えるようになっている。見えないのは、魔力が薄い人間と、逆に見えないようにできる人間。ちなみにミランダさんの魔力は普段は全く見えない。
そして、入り口に座る人間から、魔力の流れを感じることはできなかった。
僕がそうやって、観察していたとき。
ママが、ゆっくりと目を覚ました。
「おはよ。ダー。」
ママは、僕を見てにこりと挨拶してくる。
ガサッ。
声が聞こえたのだろうか。
その時、入り口に座っていた人が、腰を浮かせてこちらを振り返った。
その気配に僕から目を離して、そちらに目を向けるママ。
ピクッと、緊張に身を震わせる。
まだ、暗く、うっすらと明けた日も、逆光となって、より黒くシルエットを 浮き立たせるだけ。
後ろ姿では分からなかったけど、女か。女にしてはがたいが良く、定番のゲームに出てくる初期装備の皮鎧のようなものを着ているみたい。
「目が覚めた?」
女は、優しげに声をかけ、こちらに近づいてきた。
ママの警戒値があがったのか、さらに目を見開く。
抱かれた僕の身体に、震えているのだろうか、振動が伝わってくる。
接触するからこそ分かる、ママの戸惑い、警戒、そして・・・・
歓喜!
え?
気がつくと、僕はママの腕から地面に優しく降ろされていた。
ママの喉から、異様な嗚咽?
ママは、うなされたように、ゆっくりとよろけながら立ち上がる。
その目は、件の女に縫い付けられたまま・・・
「・・・ア・・・・ン・・・・?」
かすれた声。
「アン?アン?アン!」
ママは、消えていた焚き火を避けもせず踏み越えて、その女の胸に飛び込んだ!
え?
アン?
あの、アン?
僕の見たことのないママ。女の胸に顔を埋め、その体の中に入ってやろうというかのように全身で体をこすりつけ、言葉にならない言葉で、アン、アン、アンと繰り返しつつ泣きじゃくるママ。それを優しく包み込み、背中や頭をいとおしそうに撫でる女。
アン、なの?
もちろん、僕だってアンのことは覚えているけど、あれがアン?
その人は僕の知るより、筋肉質で、いかにも荒事で生きてます、という感じだし、アンは、みんなのおっかさん的なイメージだったから・・・
同一人物?
ほんとに?
でも、僕よりずっと長く一緒だったママの、あの様子はただごとじゃない。
僕だってママとはぐれて、やっと出会ったら、ああなるか?
でも、
本当に本当にアンだとして。
いや、間違いなくアンなんだろうけど。
・・・・
(アソコにママを連れて行ったのはアンナ、おまえさんたちのいうアンだ)
ゴーダンの言葉が頭に響く。僕がゴーダンと二人、あの木の下で話したときに出た言葉。
なんでアンがこんなところにいる?
あんな風に、ママは懐いているけど、信用して良いのか。
僕は、警戒して、アンを観察する。
「ダー、大きくなったね。」
そんなママをあやしながら、アンは僕の方を見た。
「覚えてるかな?アンおばさん?小さいから忘れちまったかな?」
僕のよく知っているアンおばさん。彼女と同じやさしくいたわるような声。
彼女はポンポンとママの肩を叩き、あやしながら、僕の側にゆっくりと歩み寄った。
ママはなされるがまま。
一切警戒心を抱いていない。
僕は、安心できない。
だって、なんで家畜奴隷のアンがここにいるんだよ。
アンの足下を見る。足輪はどうした?
いつも裸足だった足には皮のブーツ。
怪しすぎるだろ?
僕はなんとかママに気づかせたいけど、今は、引きはがすのは無理?
僕はアンを精一杯、睨み付ける。
アンはやさしげなまなざしを僕に向けていた。
まるで手負いの獣に怖くないよ、とでも言うように、やさしく僕を見つめてくる。
怖くない、怖くないよ。
心の中にまるであやすように入ってくる感情。
これは、僕が読み取っているのか、それとも、テレパシーで押しつけられてるのか?
ついつい安心したくなる感情を、頑張って奮い立たせて、僕は、さらに警戒心を上げる。
ツー
その時、アンの鼻から一筋の赤いものが流れたのが見えた。
え?
血?
大丈夫、私は大丈夫だよ。
それでも送られる優しい感情。
僕はふと、あのときのゴーダンを思い出す。
口から血を流しながらも、僕を抱きしめるゴーダン。
同じだ。
同じじゃないか。
だったら、アンは味方?
ママがあんなに安心しきっている。
ママは、悪意に鈍感だけど、大丈夫な人には敏感だ。
悪い人に悪いことされてるって思わないけど、本当に愛してくれる人は本能で受け入れる。これもママの魔力故か?
それにしてもあの血。
僕は、また、知らず、魔力を漏らしていたのか?僕を保護しようとしてくれた人に?
僕は戸惑い、フリーズする。
僕からの敵意が戸惑いになったのを見極めたのだろうか。
ママを支えるのとは別の腕を僕にそおっと差し出す。
そして僕が拒否しないのを確かめるように、そおっとその腕の中に僕を包み込む。
今度は肉声で
「怖くない。怖くない。よくがんばったね。ダーはよく頑張ってママを守った。エライ子だ。よく頑張った。」
つぶやき続ける優しい言葉。
僕はたまらず泣き声をあげた。
ママに負けず劣らずアンにしがみつく。
そして、やっぱりあのときと同じように泣きじゃくりながら、意識を手放したのだった。
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