第28話 1歳編⑪
早朝。木の根に座り幹に身体をもたせかけて、僕を抱きながら寝ていたママは、目を覚ました。
まだ赤ちゃんの僕は、抱っこしてると暖かくて、湯たんぽ替わりになるよ。
ママが起きて身じろぎしたことで僕も目を覚ました。
「ママ、ごはん。」
僕は、片言で言った。体力つけて歩いてもらわないとね。パンを食べて、というつもりで言ったんだけど、ママは、まず僕のことを気にかける。僕にお乳をくれて、嬉しそうにしてる。ご主人様(今はもう違うけど)の所に来て、ママは栄養が満たされた。おかげで、母乳だけで僕は生きていける。
僕にお乳をくれたママは、パンを取り出して、もぐもぐと、かじりだした。昨日確保していたパンだから、かなりモソモソだろう。ここでちょっと驚かせよう。僕は、ちょっぴりいたずら心を出した。今はママと二人きり。僕がしっかり守らなきゃ。もう隠してやっていける状況じゃない。僕はママに魔法が使えることをアピールすることにしたんだ。
「ママ、お手てちょうだい。」
僕は、両手を、水をすくう形にして突き出しながら、そう言った。ママは首を傾げたが、パンを置いて、まねをしてくれる。こんな風に素直にやってくれるから、ママ大好き。
「ウォーター」
僕は、ママの手の平の上に、自分の右手を開いて掲げ、小さくそうつぶやく。呪文、のつもりだが、完全にオリジナル、ていうか、前世のゲーム風。ゴーダンに魔力の流し方を強引に教えられた僕は、あのとき襲撃者を倒した、僕の手から出た魔法が岩のようなものだったことに、あの後気づいたんだ。ゴーダンの髪の毛はダークブラウン。土の道を作ったことといい、適性は土系なんだろう。そして。僕は複数属性が使えるらしい。だったら、魔力を流して、そこに属性を加えれば良いんじゃないの?という、まぁ、前世では定番のイメージ戦略。しっかり属性を科学的に理解し、イメージを持って魔力を通せば、魔法が使える、って物語では定番のやつ。ありがたいことにこのやり方で魔法は発動することは確認済み。お風呂の時、こっそり水魔法を試してみたら、簡単にできたんだ。他はまだ未検証だけど、そんなに間違ってはいないはず。
で、すでに検証済みの水魔法。水魔法なら「ウォーター」が呪文かな、と、僕にとっての魔法イメージそのままに唱えるのが一番簡単。
呪文と、蛇口のイメージを持って、僕は右手の手のひらに魔力をそおっと流す。そおっと流したのだけど、そこそこの勢いで、水が溢れてきた。
「きゃっ。」
ママはびっくりして手を引っ込める。あ、濡れちゃった。
「うわぁ、びっくりした。ダー君すごいね。これお水?」
でも、僕がやってること。ママは一切の忌避感を持たずにマジマジと水が出ている僕の手のひらをのぞき込んだ。
「ママ、おみじゅ飲む。」
僕は、なんだか恥ずかしくて、ぶっきらぼうに言った。といっても舌足らず、全然すごみはないんだけどね。
「はいはい。ダー君のお水飲みましょうね。」
ママは手で受けるのかと思いきや、僕の手のひらの下に口を開き、直接、水を飲み出した。うわぁ、ビックリです。躊躇なさすぎじゃない?
「フフフ、ダー君のお水、おいしい。ありがとうね、もういいわ。」
飲み終わると僕の頭を撫でながら、嬉しそうに笑う。
ママが嬉しいと僕は嬉しい。僕は魔法を止めにっこり笑う。
「ママ、ごはんどうぞ。おみじゅも、欲しいのどうぞ。」
ママは、ありがと、と答えると、パン食べを再開した。
食事を終えたママは、肩掛けバッグを身体に結いつけ、置いてあったナイフを腰ベルトにはさむと、僕を抱き上げた。
「ここにいてもダメよねぇ。」
一人、つぶやいたつもりだったんだろうけど、僕はダーとして「あっち」と木の根と逆のほうを指さした。
「あっち?」
「ゴーダャンおじちゃん、言った。あっち行け。」
「ゴーダンさんとお散歩来たとき?ダー君は覚えてるの?エライねぇ。あっちか。そうね、あっちに行きましょう。」
ママは、僕に優しく語りかける。
そして、僕の指さす方向にためらいもせず歩き始めた。
どのくらい歩いただろうか。
林は森と言って良いだろうぐらいに、緑を増し、時折獣の声が聞こえる。
ママは、時折休憩を挟みながら、僕のお水を飲んで、歩き続けた。
正直、僕はちょっと不安。こっちの方へ行くように言われてたけど、森の中。ほんとうにこっちで合ってるのか?幸い、というべきか、僕がこの方法で方向を把握するとゴーダンが読んでいたのかはわからないけど、木の幹とかに一番多く苔が生えている方向へと進んでいる。こっちは北、なんだろうか?同じように見えて、森の生き物は小さな環境にでも適応する。太陽を好まないコケ類は、太陽の一番当たらない方向に繁る。木の根の反対側にはびっしり苔が生えていたので、そのことに思い至った僕は、ひたすら苔むした方向を指していたんだけど・・・
時間がたつにつれ、不安は増していく。でも、追っ手を考えると前進するしかないんだ。
森の中は太陽がほとんど当たらない。
でも、そろそろ日が落ちてきたようだ。文句も言わず僕の指さす方向にママはひたすら歩いてくれた。木々はどんどん大きくなってきて、屋敷と繋がった林がこんなに奥深い森だったんだ、と、改めて感心する。
幸い、大きな木が立ち枯れ、うろのようになっている場所を見つけた。僕とママは、今晩の寝床にと、そこに入る。
ママは、荷物と僕をその中に降ろすと、動いちゃダメよ、と言って、外に出る。僕の目の届く範囲でいて欲しいけど、あっという間に行ってしまった。
僕は、どうしようと、心配でウロウロしてたけど、ママはすぐに帰ってきた。そう遠くには行ってなかったようでほっとする。
ママは、小さな枯れ枝を運んできた。暖を取るつもりだろうけど、火をおこせるの?ママは、小石を一生懸命打ち合わせている。が、当然、つかないよね。
「おかしいな、なんか、こんな風にやってたと思ったんだけど?」
うんそうだね。火打ち石使って、メイドさん達、火をおこしてたね。でも、その辺の転がっている石で、難しいんじゃないかな。
僕はよちよち歩いて行く。
やったことないけど、たぶんできる。
問題は威力。強すぎると大けがどころの騒ぎではない。
何より僕らは逃げているし、火や煙で見つからないかな?
そう思わないでもないけど、僕は石を打ち続けているママを放置できなかった。
できるだけそおっと。小さく小さく火種を作らなきゃ。
「ファイア」
僕は、右手人差し指でマッチをイメージして言った。
ボッ。
成功だ!
小さな音がして、こぶし大の炎が、枯れ枝の真ん中に現れる。
すぐさま、火は枝に移り大きくなる。
「ダー君すごぉい。」
ママは、火打ち石(?)を放り投げ、僕をハグした。
せっかく火をつけるところだったのに横取りしてごめんね。
そんな風にちょっと思ったけど、ママは全く気にせず、すごいすごいと喜んでいる。
ひとしきりハグしたり、拍手したりして、喜んだママは、ご飯にしましょ、と言って、僕にお乳を飲ませた。
そして固くなったパンを取り出して、自分の食事。
あ、そうだ。せめて温めれば?
僕は、ママに頂戴、とパンに手を伸ばした。
僕は食べないのに、ママはにこにこと、手にしたパンを渡してくれる。
ママが拾ってきた枝でしっかりしてそうなのを持ってきて、僕はママのパンに刺した・・・・つもりだったけど、刺さらないよぉ。
僕は、非力だった・・・
ママは、僕が枝をパンに刺そうとしているとわかり、優しく枝を取り上げると、簡単に、パンに突き刺した。
はい、と、僕に手渡そうとしたけど、僕は首を振る。
僕に差し出されたパンに、
「ミスト」
朝よりももっと、少ない魔力を流して、霧をイメージ。
うん、上々。
ちょっと濡れすぎたけど気にしない。
「火、温か。」
僕はジェスチャーで、そのパンを火であぶるように伝える。
ママは、あぁ、と納得したのか、器用にパンをあぶり始めた。
水で濡らしていたおかげで、パンはこげることなく、良い感じで温められた。水分が増えて、小麦の良い香りが立ち上がる。
「ダー君はお師様みたいに賢いね。」
ママは、上機嫌でパンにかぶりつきながら、そんな風に言った。
ギクッ。
上機嫌なママは、お師様が僕だと知ったらどうするだろうか?
気味悪がる?
喜ぶ?
扱いに困ることは確かだろうな。いや、案外ふうんそうだったんだ、とか簡単に納得しちゃうんだろうか。
まぁ、いい。
お師様だろうが、ダーだろうが、僕はママが守れれば良いんだ。
ばれたらばれたとき。そのとき考えれば良い。
パンがおいしくなって上機嫌なママを見ながら僕は、そんな風に考えていた。
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