第27話 1歳編⑩

 ゴーダンは、言っていたとおり、その後地下牢を訪れることはなかった。

 僕とママは相変わらず地下牢に避難していて、護衛にと、警備兵の人が入れ替わり立ち替わりやってくる。

 一番やってくるのは、ミランダさん。美人で優しいけど、優秀な魔法使いで、僕が魔法を使えるとばれないか、びくびくもんだ。ミランダさんは、ゴーダンのおっさんのことについてだけ口が悪い。副官とかで、いろいろ迷惑をかけられているからと言ってるけど、本当はリスペクトしていて、ちょっぴり気になる存在なんじゃないかな、と、僕は思っている。

 ミランダさんや他の警備兵さんに聞いた話では、ゴーダンのおっさんが最後にここに来た日、やっぱり領主様のところに行って、襲撃の話と奴隷化の話を通したらしい。そしてすぐに帰ってきて、お昼になる前にはもう、王都に向かい、出発したんだって。おっさんをはじめ、全部で5人の警備を連れての、馬車旅らしい。



 そのあと、しばらくは変わりばえしない生活が続いた。

 朝昼夜の食事は届けられる。

 ときおり、お行儀のレッスンにメイドのパリーさんがやってくる。おトイレとお風呂以外は、基本地下牢を動かない。動くときは、必ず警備兵が2人以上ついてくる。


 おっさんたちが出かけた夜、実はちょっとした騒動があった。

 牢屋の鍵が見つからなかったんだ。

 安全のために、と言う名目で、警備兵がいない間は、牢屋の鍵を閉めることになっている。夜は、ゆっくり眠れるように、と、警備の人たちは地下牢に至る1階の部屋で見張りをすることとなっていた。そのかわりに、しっかりと施錠して。


 その日、さて、就寝。鍵を閉めよう、となったとき、鍵が置いてあるはずの場所から、鍵束ごと消失していることに気づいたんだ。それはもう大騒ぎになったよ。

その日担当の人は、責任者代理であるミランダさんに報告。大量の警備の人たちが総出で、地下牢や牢番部屋を中心に、屋敷中を大捜索。が、鍵束はどこにもなかった。

 そうして、疲れ切って、地下牢付近に集まった人たちに

 「そういえば、なくしちゃダメだからって、隊長がベルトにずっとつけてたわよね。」

 と、ぽつりとミランダさんが言ったんだ。

 一瞬の空白があり、「あ~。」と他の警備の人たちも納得顔で頷いた。

 「あの人、どっか抜けてんだよね。」

 誰からともなく、ため息がこぼれた。

 持ってっちゃったんだな、みんなの総意は一瞬に決まった。

 「仕方ないわ。今日から、牢番部屋での夜間警護に変えましょう。そうね、誰かシーツか何か持ってきて。休みやすいように鉄格子にシーツを張りましょう。ご主人はミミやダーの健康にとても気を遣っています。絶対に寝不足とかにさせないよう、細心の注意を。では解散!」

 こうして、ゴーダンがいなくなった日から、地下牢は目隠しの布がはられるようになったんだ。


 そうして、20日ぐらいが何もなく過ぎた。

 相も変わらず、退屈で単調な日が続いていた。

 でも、僕の気持ちは、けっこう焦っていて・・・

 焦っても、何も変わることはないんだけど・・・

 ゴーダンが言っていた、その時がくれば分かる、というのは、あの鍵がないことを言ってたんじゃないか、もう逃げる機会を僕は逃したんじゃないか、とか、そんなネガティブな気持ちでおしつぶされそうだった。

 僕がそんな風でも、ママは、良い子良い子と優しく頭を撫でてくれる。慈愛に満ちた表情で僕は癒やされるけど、それと同時にこのすてきなママをなんとしても守らなきゃならないのに、と、心の中は大嵐だ。

 今日もまた1日が終わるのか。


 そんなときだった。

 その日はジャックという、ちょっとすさんだ感じの男が警備を担当していた。僕はこの男が大嫌い。ママに向かって、いやらしい感情を向けている。ミランダさんの目が光ってるし、職を失いたくないから手を出さないだけだ。内心は、奴隷の分際で俺様の手を煩わせやがって、お詫びに俺様に奉仕しろや!と、ずっとののしっている。

 下手すりゃ、ママ、寝込み襲われるぞ、と、僕はジャックを警戒していた。

 ジャックは、しかし、幸いなことにというべきか、相当へたれだ。心の中ではママにいやらしいことをしてるけど(これだけで万死に値する!)、表面上は卑屈に笑っているだけだ。ママに色目を使うも、ママが一切気にせず、僕を嬉しそうにあやしているのを見て、チッと舌打ちする。

 そんなこんなで、だらしなく椅子に座っていたが、ふと奴は、壁に取り付けられた小さな戸棚に目をとめた。本来、そこに鍵束が入れられていて、あとは、ちょっとした食器が入れられている。牢番の合間に軽い飲食ができるように、というものだが、ジャックは、そこを見てにやりとした。

 「確か、あのとき・・・」

 ジャックは戸棚に手をかけると、そぉっと扉を開けた。

 「やっぱりだ!」

 喜色を浮かべ、ジャックは1本の瓶を取り出した。

 「へへへ、隊長、ゴチになります。」

 ついでにコップを持ち出すジャック。

 嬉しそうに、椅子に戻ると、瓶を高々と持ち上げた。

 「へぇ、これは上物だ。さすが隊長様様。良いもん飲んでるねぇ。警護だっていいながら、一人でこんなん楽しむなんて、いけねぇなぁ。いけねぇよ。仕方がない、俺様が付き合って差し上げますよ。ヒヒヒ、ちっとぐらい減っても気づきゃしないよな。」

 一人で興奮してしゃべっているジャック。

 瓶の中身をコップに注ぎ、一気に飲み干した。

 「ヒィー、これはたまらん。」

 再び、その琥珀色の液体をコップに注ぐ。

 明らかに強いアルコールの匂いが部屋に充満した。

 驚き、その様子を息を潜めて見ているママ。


 僕は、そのとき確信したんだ。

 ゴーダンが、こんな風にここで酒を飲んだ事なんてない。

 では別の誰かが、飲むためにここに置いておいた?

 否だ。

 牢番部屋で酒を飲むなんてありえない。

 そりゃ、士気がむちゃくちゃ低い、とかならあり得るけど、ほとんどの人はまじめで、仕事熱心だ。たまに、ジャックみたいなのが混じるけど、それは組織であったらやむを得ないことだろう。不真面目でだらしない人間を完全に排除、なんてできはしない。

 だったら、簡単だ。

 これは、ゴーダンが仕込んだんだ。

 ほら見てみろ。

 たった2杯目にして、もうジャックはつぶれそうだ。

 いかに強い酒でも強い人は強い。潰そうと思ったら、僕だったら、さらに毒か、最低でも睡眠薬を仕込む。

 ほら、グラスを落としたぞ。

 もう、ジャックは大いびきをかいている。

 これこそがゴーダンの仕込みに違いない。


 『ミミ、今の状況分かる?』

 僕はママに語りかけた。

 ママは、緊張気味に、でも、しっかりと頷いた。

 そして、ママは、衣装箱の中から、肩掛けを取り出す。これは僕が以前にお師様として伝えていたことだ。バッグ代わりに風呂敷として使える。肩掛けに僕とママの着替えを1組ずつ。そして、隠していたパン3つ。これも僕がママにアドバイスして、2つか3つ、いつでも持って出られるようにと、衣装箱の中に隠していたものだ。もちろん、常に古いものから食べるようにして、賞味期限には気をつけていたよ。これらを肩掛けでくるむと、斜めがけになるように、身体に結ぶ。

 ここまでが、予定通りの脱出準備。

 僕は、意識を澄ませて、辺りの様子を伺う。これはテレパシーの応用だ。人がいれば、当然そこに感情がある。そうやって人の有無がある程度正確に分かるようになっている。

 ご主人様不在で、この本邸にはそもそも人が少ない。そろそろ夜のとばりが降りようとする頃、幸いにして、玄関付近には、寝てしまったジャック以外の人の気配はなかった。


 『よし、行こう。』

 ママは、僕を抱き上げる。

 おっかなびっくり、寝ているジャックの横を通り抜け、音を立てないように気をつけながら、階段を上る。

 やっぱり人はいない。そぉっと、廊下を進み、玄関へ。

 ここまでは大丈夫。でも庭には警備兵がいる。

 警備兵は今はみんな門の近く。ママに指示して、物陰を伝い、使用人棟の裏まで来た。ここら辺は明かりもなく、たよりは半分だけの月明かりのみ。

 『ここから大回りをして広場を突っ切る。そして、あそこの草原から林になっているところ、奥側に獣道があるから、その右手をダーの指さす方へまっすぐ歩いて。』

 ママは、お師様がダーとは気づいてないけど、ダーをお師様が操れると思っている。何度かシュミレーションして、ダーを抱いてダーの指さす方向へ歩く練習はバッチリだ。僕はあの日、覚えた道をたどって、例の巨木にたどり着く。

 『今日はこの木の根で休もう。』

 真っ暗の中をこのまま進むのはさすがに不安だ。追っ手がかかるかもしれなくて、さほど林を進んだわけではないけど、ここは大丈夫な気がする。ママは、僕が指示するまま、前回ゴーダンが腰掛けていた木の根に座る。


 「何かしら?」

 ママは座ると同時におしりの下から、何かを引き抜いて、言った。

 ママが持っていたのは、小ぶりのナイフ。そして、ぼろぼろのヒモ?

 僕はママの方に腕を伸ばして、それらを触った。

 「あぶない。」

 ママはびっくりして引っ込めた。が、一瞬、ナイフの柄に触れたんだ。と、同時に強烈な思念が頭に流れ込んできた。

 (切れ!)

 たったそれだけ。

 僕は驚くと同時に、その思念が嫌って程浴びたゴーダンの魔力と同じ感じがすることに気づいた。

 何を切るんだよ。

 まったく不親切なことだ。だが、その時、僕は、さっきは気づかなかった、僕の手に残る「それ」に気づいた。ヒモ?ママが一緒に取り出したヒモのかけらが僕の手のひらに残っていた。

 これは・・・・

 僕は、足下を見る。そういえば、僕が知らず魔力を放出してゴーダンを傷つけてしまったとき、僕の魔力が、所有の魔力を焼き切った、て、ゴーダンが言ってたっけ。足輪にかけられていた魔方陣が焼き切れて、魔道具じゃなくなった、と。それに魔力だけでなく、ヒモも熔けたような焦げたようなことになっていて、ゴーダンが引きちぎったんだった。そのまま僕は寝てしまって、その後どうしたのか知らなかったけど、ここにそのまま隠してたのか。

 「ダー君。これは危ないから触ったらメなの。分かった?」

 あちゃー。ママが珍しく怒ってるよ。

 でも、これがここにあるってことは、切れってのはこのヒモのことだよね。それにこのナイフ、持ってけってことかも。

 「ママ、それゴーダンおじちゃんのれしゅ。しょれで切るの。」

 僕は、ママの足話を引っ張って、一生懸命言ってみた。お師様で伝えても良かったんだけど、なんだかゴーダンと精霊の接点を勘ぐられたくなかったんだ。

 「ゴーダンさん?そういえばゴーダンさんとお散歩に行って帰ってきたとき、ダーの足輪なかったわね。でも、これって魔導具でしょ。切っても大丈夫なのかしら。」

 ママは、考え込んでしまう。

 僕は、ゴーダンに開いてもらった魔力の通り道を開いて、そおっと手のひらに力を流し込むと、ママの足輪に向かって流し込んだ。表面上はママに催促するように、足輪を引っ張ってるように見えるはず・・・

 そんな僕とナイフを見ながら、ママは、分かった分かった、と僕にほほえみかけた。そして、ナイフを足輪に突っ込むと、外側に向かって、プチッと切った。

 切れた瞬間、足輪は引っ張っていた僕の手の中に転がり込んだ。僕は間髪を入れず、ぎゅっと手のひらに力を流す。瞬く間にそれは朽ちていき、粉々のかけらに。

 「ぽいっ。」

 僕は、そう言ってそれを地面に捨てた。ママは、びっくりしたようにそれを見つめていたけど、僕を見ると優しく微笑んだ。

 「ダー君。ここでおねんねしようか。なんだかこの木の根元だと妙に安心するの。」

 僕は笑って頷いた。

 僕も、この木の周りは安心だ、と、感じていた。なんだか、とっても慣れ親しんだ魔力の感じがする。感謝するのは癪だし、まだまだ時期尚早だと思うけど、今は気分がいいんだ。

 生まれて初めて誰の所有者でもない、そんな開放感が僕を包んでいた。 

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