第25話 1歳編⑧
「さてと、ミミも心配してるだろうし、そろそろ帰るか。」
ゴーダンは、僕を抱き上げると、立ち上がった。
(ここを覚えてられるか?)
ゴーダンは、念話に切り替えて、話しかけてくる。
(ここ?)
(今、俺が座ってた木だ。)
大きな木だ。他よりも根もはって、ベンチにするにはもってこいの木だ。
僕は覚えてられると答える。
(じゃあ、ここまでの道もしっかり覚えろ。できれば何度か散歩に連れてきてやりたいが、最悪、もう来れんかもしれない。)
どういうこと?
(いいか。逃げるときはまずあの木を探せ。で、あの木に着いたら座ってた根の反対側にまっすぐ進むんだ。まっすぐ進めば、あとは分かるようになってる。)
ニヤリと笑う。僕は頷いた。
僕の様子を見て、ゴーダンはゆっくりと歩き出す。ここまでたいした道じゃない。すぐに草っぱら、そして広場。もう従業員邸は見えている。
(この屋敷で、接触に注意するのは、俺を除けば2人。まずはミランダ。夕べ、俺に食ってかかった、緑の髪の女兵士。もう一人は執事の一人で、紫の髪の若い男。ジャンて名だ。こいつはご主人が離さないから、接触の機会はないとは思うが、おまえさんのダダ漏れの魔力が、ミミに流れ込むのを見れるかもしれん。)
え?またまた新情報。僕の魔力がママに流れ込むの?
そう思った僕を見て、ハァーと大げさに息を吐いた。
(それも無自覚ってか?いいか。おまえが精霊騙ってミミに話してるとき、とんでもない魔力がミミに向かってるからな。俺レベルだと、丸見えだぞ。あの初めて会った馬車の中で、ミミに何か言ってたろ。とんでもない魔力にギョッとして、剣を抜きかけたんだからな。)
げっ、じゃあそんなときから、おっさんに注目されてたってか?
(あの時は、俺ぐらいしか、見える人間いなかったし、ミミがじいさんの孫だって分かってたから、おまえらに軽く認識阻害の魔法をかけてごまかしたけどな。)
それは、どうも・・・知らない間におっさんには世話になってたのか・・・
そんな、ここで今それ話す?な話題をしながら、僕らは、ママの下へと帰り着いた。
(おっと。まさかの難題発生だ。いいか坊主、お前から話しかけるんじゃないぞ。思うだけでいい。それと、誰かに抱かれる危機になったら、とりあえずは、メシか寝ることだけ考えとけ。あとはママ大好き、迄なら大丈夫。間違っても論理だって考え事するな。念話はもってのほかだ。)
言葉にするとそんな内容を、おっさんは瞬く間に僕に言った。念話だからできることかもしれないけど、このゴーダンというおっさん、見かけによらず、相当なやり手だな。
僕は、とりあえず小さく頷く。
「隊長、持ち場を離れてどういうつもりですか?」
そこには怖い顔をした、女兵士がいた。
「どうって、ちゃんと仕事してますよ~。このガキのお守り。」
「あなたの仕事は、ここでこの二人の護衛をする事です。外に連れ出すなんて、何考えてるんですか。」
「俺がついてれば百人力だろうが。こんなところで、ガキにビービー泣かれてみろ。反響で頭がおかしくなるわ。」
「それは分かりますが・・・」
「それに、代わりのミミの護衛も寄越してたハズだが?」
「クロードとは、私が替わりました。こんな綺麗な子と二人っきりにされて、真面目なクロードは困ってましたし。」
「どっちにしろ問題ないだろが。」
「おおいにある、と、言ってるんです。だいたい、あなたが赤ん坊の世話なんてできるわけないでしょう?」
「失礼な。ほら見ろ。ダーとはこんなに仲良しだ。」
おっさんは、僕の繊細なほっぺに自分の頬をグリグリくっつけてきた。痛いって。髭面を近づけないで!ジョリジョリが痛い!
「ほら、ダー君も嫌がってるじゃないですか。貸して下さい。」
ミランダさんが、僕に手を伸ばしてくる。
ミランダさんに触られるな、というアドバイスが頭に浮かび、思わずその手から逃れようと、ゴーダンのおっさんにしがみついてしまった。
行き場をなくした両手を宙に浮かし、ミランダさんは、むちゃくちゃショックな顔をした。ごめんミランダさん。つい条件反射で・・・
「ハッハッハ!坊主はこれで人見知りでな。おっかないオバサンは怖いとよ。ハッハッハ。」
「な、誰がオバサンですか!」
僕、オバサンなんて思ってませんよ。きれいなお姉さんです。このおっさんのせいなんです。このおっさんが、ミランダさんのこと警戒するように言うんです。
思わず、ミランダさんの方へ身を乗り出しつつ、そんな思いをぶつける僕の頭をでっかい手ががっしりと掴み、顔を自分の胸板に押し付けやがった。だから幼児虐待だって。
「あの、ミランダさん、ダーは別にミランダさんが怖くて隠れたんじゃないですよ。ほとんど、私以外の人に懐かないんです。ゴーダンさんみたいに、懐くのが珍しいくらいで。」
ママ、ナイスフォロー!
て、ママの僕の評価ってそんななの?そんな風に見られてた、なんて、ちょっとショック!ゴーダンのおっさん、僕を見てイシシって笑いやがった。ムカつく。そう思って渾身のパンチをボディに打ち込んでやった!て、蚊ほどの威力も感じてないや。僕、泣いていい?
「あの、そんな、私気にしてませんから。隊長の口の悪いのは元々ですし。でもミミさん、ダー君の教育の為にも、こんな素行不良のオヤジに預けない方がいいと思いますよ。」
まったくだ。ミランダさんに一票!
「フフフ。ダーはいい人にしか懐きませんから。こんなに懐いてるゴーダンさんは、とってもいい人ですよ。」
う~。ママ、本当にいい人なのは、あなたです!
「う・・・まぁいいでしょう。でも、さすがにこれだけの時間、持ち場を離れるのは問題ですよ。泣いてる赤ちゃんをあやしに行ったとは聞きましたが、いくら何でも長すぎます。」
「いや、泣き疲れて、こいつ寝ちまってな。起きるまで、ずっと俺の足の中で寝かしてたの。起こすわけにもいかんでしょう?」
「・・・とにかく、今後、気をつけて下さいね。」
「へいへい。」
「それはそうと、旦那様がお戻りです。お話があるそうですので、明朝、食事が済んだら、御前に参るようにとのことです。」
「・・・分かった。」
「遅れないで下さいよ。では私はこれで。」
一礼すると、女兵士は踵を返した。
「さてと、正念場だ。ミミ、さっきの提案、覚えてるか?今夜中に結論付けろ。精霊様と相談するなり、とにかく、今夜でリミットだ。」
ゴーダンは、顔をキリッと引き締め、僕をママに返しながら、そう言うと、牢番部屋に置かれた椅子に座り、目を閉じたのだった。
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