第24話 1歳編⑦

 ゴーダンに抱かれ、僕は庭に出た。

 昨日の今日ではあるが、でこぼこになっていた地面はきれいにならされている。でこぼこにしたのも、ならしたのも、魔法の力、ということなんだろうね。残念ながら、美しかった庭は、ほとんど更地になっていて、花や木はどこかにいってしまった。これからの庭師の腕の見せ所、なんだろうけど。


 僕は、なぜ自分が泣いているのか分からないまま、ゴーダンに運ばれていた。僕らが暮らしていた使用人邸を超えて裏へ行く。僕はこの辺りに来たことがなかったけど、未開林とでもいうのか、小さな広場から草っ原になり、その奥は林になっている。ゴーダンは、林に入って行くと、大きな木の下、根っこが土から出ているところに、根を椅子代わりとして、座った。

 僕は、ようやく落ち着いてきて、すすり泣きになっている。ゴーダンは、そのごつい見かけによらず、分厚い手で優しく僕の背中をタップし続けていた。


 「なんだかんだで、ガキなんだよなぁ。安心したぜ。」

 泣き止んできた僕に、クスリと笑いながらゴーダンが言った。

 僕は、まだ何も言い返せない。

 「なんで、おまえを抱いたか分かるか?」

 唐突に、そんなことを言う。

 「おまえと念話で話そうと思ったからなんだがな・・・」

 ?

 「知ってたか?念話ってのは普通は接触してなきゃうまくできないもんなんだ。」

 え?

 「おまえさん、触れずにできるんだろ?」

 ・・・・確かに。テレパシーなんてそれじゃなきゃ意味ないんじゃないの?僕は首を傾げた。

 「やっぱり知らなかったんだな。あのな、離れていて会話をするのは、相当レベルの高い魔法なんだ。できるのは精神魔法を専門とする上級魔導師ぐらいだ。」

 え、僕、普通にできるけど・・・

 「心外だ、て顔してやがるな。あのな、接触すれば、精神魔法を学んだ魔導師どうしなら会話に近いことはできる。が、ここまで普通の会話と同じレベルでできるのは、それなりのレベルの精神魔法を使えるもんどうしに限る。まぁ、片方がものすごいレベルの精神魔法の使い手なら、そんなことができる、という噂ぐらい聞いたことがあるがな。」

 ゴーダンは真剣な顔で僕を見つめた。

 「おまえさんのやってることはな、世界に片手の人数いるかいないか、てぐらいのむちゃくちゃな魔法なんだ。」

 ・・・そんなこと言ったって・・・

 「それにだな。おまえさんの素質は、おそらく精神魔法じゃねぇ。鍛え方次第では、火も水も風も土も、そのレベルまで行くんじゃないのか」

 え、僕ってすごいの?将来はトップクラスの魔導師とか?なんかかっこうよくない?僕の将来安泰じゃん。

 パチン。

 そんな風に考えていたら、眉間がはじけるかと思うような痛みが走った。見るとおっさん、怖い顔をしながら、目の前に手をちらちらさせている。

 はぁ、おっさん、デコピンしたのか?こんないたいけな赤ん坊に暴力ですか?幼児虐待だよ。意味わかんない。

 とか思ってたら、頭をがしっと捕まれてブンブン揺らされる。痛い、イタいって!

 「まったく、ほんと分かってねぇな。言っとくが、ブロックされてないおまえの感情を読み取ることぐらいの力、俺にだってあるんだぞ。何考えてるか、言わんでも大体分かるからな。」

 だから、おっさん、手に力を入れるなよ。おっさんと違って僕の頭は繊細なんだ!知らず、また、目から涙がこぼれる。

 「おっと、だから泣くなって。悪かった。俺が悪かった。どんだけこまっしゃくれていようが、おまえは子供だ。世間の常識、なんてなんもわかっちゃいない子供だってことがようく分かった。おまえには常識を教える保護者が必要だ。分かるか?」

 ゴーダンは、僕の顔をのぞき込む。

 確かに、僕はこの世界の常識なんて知らない。そんなの分かるわけ無いじゃないか。自分が生き延びて、ママと生き延びて、ちょっとでもいい暮らしをするにはどうしたらいいか、それを探るのに精一杯だったんだから。保護者?保護者はママだよ。でも、ママだってあんな生活しかしてこなかったんだ。何も知らないのはママの責任じゃない。僕の情報源なんて、この目と耳で手に入れられるものだけ。たまたまいたアンという不思議な人から、小出しに情報を仕入れるのが精一杯。それを責めるというの?何も知らないくせに、偉そうに言うんじゃねぇ!

 「だからそんなに突っかかるなって。気づいてるか?俺じゃなきゃ今やばいぞ。魔力ダダ漏れで、俺に攻撃しているの気づいてるか?」

 ゴーダンは悲しそうな、苦しそうな顔で僕を見つめている。

 僕が、攻撃?

 「おまえは今、簡単に人が死ぬほどの魔力を俺に向かって放ってるんだ。わかるか?なぁに、俺なら耐えるのは屁でもないけどな。だけどな、別の人にやったら、確実に死ぬぞ。」

 冗談交じりに言うゴーダンの唇から赤いしずくがスーッと落ちる。

 え?血?

 僕は狼狽した。

 そんな、そんなつもりはなかったんだ。どうしよう。どうしたらいい?僕が殺す?助けてくれたゴーダンを殺す?

 その時、ゴーダンが両手で僕をしっかりハグした。

 「よぉし、よぉし。落ち着け。大丈夫。大丈夫。ダーは何も悪くない。悪くないから落ち着いて。ゆっくり深呼吸だ。良い子だ。よぉし。そうだ。良い子だ。」

 僕はヒックヒックと泣いていた。

 でっかい手が、僕をしっかりと包んでいる。力強い安心できるぬくもり。

 どのくらいそうしていたのだろう。僕は気を失うように寝入っていたらしい。



 気がつくと、僕はあぐらをかいた足の上に寝かされていたようだった。

 「よぉ、お目覚めか。」

 僕が起きたのに気づいて、男はからかうような声をかけてきた。

 「俺が誰か分かるか?」

 うん分かる。ゴーダンのおっさんだ。

 僕は小さく頷く。

 「良い子だ。誤解して怒るなよ。おまえさんが寝る前、俺はおまえさんに保護者が必要だ、と言ってたのを覚えているか?」

 僕は再び頷く。

 「あれなぁ、俺がその保護者になってやろうか、つぅ意味だ。」

 え?僕は目を見開く。だって、赤の他人じゃん。僕、まもなく奴隷にされる身寄りのない赤ん坊だよ。

 「不思議か?あのな、俺にはそうしてもいい立派な理由があるんだよ。」

 なんだか照れたように、おっさんは鼻の頭をかいた。

 「理由?」

 僕は、舌っ足らずな口を開いた。おっさんは少しビックリしたような顔をしたけど、すぐに破顔して、優しく僕の頭をなでてくれた。

 「俺もな、おまえさんほどじゃないが、随分な子供時代を送ったんだ。俺の両親は冒険者でな、ずっと旅をしていたんだが、その途中、依頼を受けた村で俺を置いて仕事に出たまま、帰ることがなかった。・・・魔物に二人してやられちまってな。」

 おっさんは遠い目をして語り始めた。

 「両親たち冒険者が敗れたお陰で、魔物は村を襲った。村は壊滅。俺は残った村人と一緒に必死で逃げた。6歳の時だ。俺は両親に剣も魔法も使い方を教えて貰ってたけどな、まぁガキだ。さすがに素人の大人に勝てるかどうか、というレベルだったんだ。」

 まぁ、天才だから素人の大人には負けることはなかったがな?と、おどけると、ゴーダンは続けた。


 「なんとか、ある町にたどり着いた。けど、親のないガキのたどる道なんてのは決まったもんだ。俺は、かっぱらいや置き引きや、まぁ、せこい盗みでなんとか生きていた。そんな時だ。俺は、お前さんのひぃじいさんに救われた。」

 「ひぃじいしゃん?」

 「ああ。ママのじいちゃんだ。俺は7歳になってた。じいさんの持ち物を盗もうとして、まぁつかまっちまったんだな。そん時な、じいさん、俺のことを褒めた。」

 「褒めたの?怒ったじゃなく?」

 「ああ。じいさんは、その年でその技術、たいしたもんだ、と褒めてな。俺をそのまま連れ帰った。俺の夢を聞かれてな、両親と同じ冒険者になりたいと言った俺に、それでは、と、剣と魔法を学ばせ、成人になるまで養ってくれた。」

 凄い人もいたもんだなぁ。

 「俺は無事成人になると、念願の冒険者になった。」

 ゴーダンは僕を見つめる。

 「俺には返しきれない恩がある。」


 不思議な気分だった。

 僕のひぃじいちゃん。

 ママのおじいちゃんてことなんだろうけど・・・

 ん?なんか妙だ。

 ママは、家畜奴隷だった。

 物心ついた時にはアソコにいたっぽい。以前、ママはここしか知らないから、と言ってた。

 そんななのに、なんで、そのおじいちゃんが誰かとか、知ってるの?


 「不思議か?」

 僕の表情からか、身体が接してるから分かるのか、ゴーダンはそんな風に聞いてきた。僕は素直に頷いた。

 「お前のママはな、本当はアソコにいる必要はなかったんだ。アソコにママを連れて行ったのはアンナ、おまえさんたちのいうアンだ。」

 え?アン?アンて言った?

 「あいつのやろうとしてたことは分からんではないがな。」

 ?どういうこと?

  「ま、それは今はいい。な、お前たち親子を助けたいという俺の動機ぐらいはわかっただろ?」

 ・・・・

 分かったような分からないような。

 なんか謎は増えた気がする。

 でも、一つだけは確実に分かること。

 この人は、僕らのことを本当に思ってくれている。心を接するから分かること。

 僕は、この人の被保護者になってあげてもいい気がした。


 

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